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◆2003年1月の日記◆

030101 あけましておめでとうございます。

年内最後の更新とか何とか書いてから12時間も経っていません。12月31日と1月1日は連続していると実感しています。でも区切りは区切り。あけましておめでとうございます。

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年賀状はごく一部の例外を除いて書かないつもりでいたのですけれど、旧友から何通か届いているのを見るとやっぱり生存報告は必要だよなあと思い直しやっぱり書くことにしました。いまさらながらだけど書かないよりマシかなと自分を納得させつつ。わたしは元気です。日々あるいは日常というやつと、それなりにうまくつきあえるようになってきました。なんて。

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最近、自分がどうなるのかの予測が立ちにくくなって気がします。未来なんて見えないのがあたりまえだし、昔描いた自分自身の像をよきにつけあしきにつけ実現しているかというとそういうわけでもないのですけれど。

それでもなにかを予測したくて、約束したくて、確信したくて。どこに向かっているかわからないとしても一つ一つ選択することは必要で、その選択の積み重ねがわたしをどこかに連れて行くことだけはおそらく確実で。

そんなふうに感じている今年の抱負は、自分の感情には自分で責任を持つ、です。さみしくても不安でも、自分で引き受けて行こうと思っています。そして、待てるようになりたいですね。不安になると待てる時間が極度に短くなってそれが悪循環の引き金になる、というのがこれまでのトラブルにおけるパターンですから。不安を自分の中でなんとかできれば、この悪循環も止められるのではないかと思っているのです。

030103 正月という人為的な区切りの意味について。

「そもそも新年がめでたい理由はわからない。」と、ちりんの部屋(のなかの最北医学生の日常一月一日分)に書いてあって、そんなものかなあ、と、首をかしげていたのです。

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一年を一区切りとする、というのは、一年365日で気候(四季、もっと正確に言うと太陽の運動)が一周して元に戻ること、気候が生活に大きな影響を及ぼすことを考えると、それなりに意義のあることだと思います。

さて、一年を一つの単位とするとして、いつからはじめるか。おとといという日がどうして一月一日=2003年の始まりの日でなければならなかったのか。

理由は、あるのかもしれないけれど、ないのかもしれません。でも、たとえ理由がないにしても、一年という単位を採用する限りは、どこかで一年に始まってもらう必要があるでしょう。そして、いったん始まりが決まってしまえば、来年も再来年も百年後も、その日から一年が始まります。そもそもの始まりに理由がなかったにせよ、理由はあったんだけど忘れられてしまったにせよ、いつか、その日=一月一日と定義された日は、その日が一月一日であるがゆえに、一年の始まりという意義のある日だとみなされるようになるでしょう。

今例えば一月三日とされている日が、元旦だったかもしれなかった、でも、今はとにかく、今日からみたおとといという日が元旦とされているわけで、その日は元旦と(ひょっとしたら偶然にも)決められてしまったがゆえにそれなりの重みを持っているのです。

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そんなふうに考えると、一月一日それ自体に「おめでとうございます」といわねばならない理由は見つからないだろうと思えてきます。祝うことになっている日だから祝っている、それくらいが妥当なところでしょう。

祝うことになっている、といって、何を祝っているのでしょう。去年の一月一日から一年たって、それでもなんとか生きていること、なのではないかと考えています。

誕生日もそうだろうと思うのです。誕生日を迎えられたということは、自分があるいは相手が、その前の誕生日から一年間、無事だったかどうかは知らないけどとにかく死なずに生きてきたわけで、それって見方によってはけっこう「ありがたい」ことなんじゃないのかなと思うのです。

そういうことももちろん正月だから、誕生日だからといわずに常にあるいは随時考えられたらそのほうがいいのでしょう。けれども、何か特定の日でも設定しないことには日常にまぎれて忘れてしまいますから、どこかに目印があったほうが便利です。そんな目印は個々人が思い思いに設定してもいいのだけれど、いつでもいいのなら決まっていたほうが楽ですよね。習慣に組み込んでしまえばいいのだから。

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正月は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし と詠んだのは一休禅師でしたっけ。それでもなんとか生きているからといって、確実に余命は短くなっているわけで、それが本当にめでたいのかというのは別の問題ですね。

030105 雪。

朝起きると雪が積もっていました。積もっていたといっても一センチくらいなのですけれど。この程度では、地域によっては、雪が降ったとさえ形容されないでしょう。でも、この街ではじゅうぶんニュースになります。

昼になっても積もった雪は消えていませんでした。珍しいことです。小学生が二人、手に雪の玉を大事そうに捧げて通りすぎました。どの車のボンネットも雪で覆われていて、その雪には手でかきとったとおぼしきあとがついていました。

橋の上に氷が見えたので自転車を降りました。しゃりしゃりしていました。

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小学生だったころ、校庭に数センチ雪が積もったことがあります。生徒がリクエストしたのだったかしら、その日の授業は中止になってみんなで外に出て雪だるまとかまくらを作りました。当時住んでいたマンションの非常階段の下、一日中日が差さないささやかなスペースに、友人と二人で雪だるまを作って安置しました。学校から帰って来たらずいぶん小さくなって形が定かでなくなっていました。

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こんなのんきなことを言っていられるのは、雪が非日常だからです。

030106 あれもこれも欠けているかもしれないけれど。

わたしが今抱えている問題の少なくとも一部はわたしの過去の過ごし方に起因しているようです。当時の精神状態を考えるとそれは仕方なかったような気もします。たとえ他にやりようがあったのだとしても、当時のわたしを責めたところで何も出てこないでしょう。誰のせいでもなかったと思っています。わたしのせいでもなかったと思いたいです。

そのころの記憶がもっと幸せでもっと充実したものであったならばと、今でもつい願ってしまいます。考えるだけ無駄なのになかなかあきらめきれません。頭ではわかっているのに感情が残っています。

そしてそのころ、クリアすべきであったのにクリアできず積み残してしまった発達課題が、今のわたしの人格に影を落としています。

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そんな積み残しや欠落を抱えているわたしは、その欠落のゆえに価値がないのだと、思考が短絡していた時期がありました。今でも、油断するとそちらへ引きずられそうになります。

でもたぶんそんなことはないのです。欠落している部分があるからといってわたしができることすべてがキャンセルされることはないでしょう。

気づいて分かって直視した上で、背負っていかなくてはならないものもあるのかもしれないと思いました。持っている限りの時間とエネルギーをすべて投資すればひょっとしてその欠落を埋めることができるのかもしれないけれど、その方法は採らずに行こうと思います。

生活に支障を来たさないレベルで、うまくつきあっていく方法を模索中です。

030107 いろいろあった結果。

過去にはいろいろありました。ああいう目には二度とあいたくないという経験もたくさんありました。

もろもろの、『そうでなかったほうがよかったとわたしが今思っていること』がなくても、ひょっとしたら同じような人間ができあがっていたのかもしれないけれど、そういう時期があったこと、その中でわたし自身がいろいろ変化したこと、それらもろもろの結果として今のわたしが存在しているのは事実です。

はじめに立っていた位置を考えると、結構がんばった気がするのです。ひとにそう言ってもらってそうかなと安堵したことはこれまで何度もあるけれど、自分でそうだなとしみじみ思えたのははじめてだったかもしれません。なんだかすごくうれしかったです。

030110 そういうときにできること。

親しい人がしんどそうな状況にいたとして、どのような言葉をかけるか、それはなかなか難しい問題です。本人がしんどいと訴えてきたわけではない、でも気になる、そんなときにはとくに難しいと思います。去年の1月16日にも似たようなことを書いていますけれどもう一度考えてみます。

同情したり哀れんだりお悔やみの言葉を述べたりする、というのがよくある反応でしょう。それって、相手に『しんどいと感じること』を強要することにならないでしょうか。『かわいそうなアナタ』の役割を押し付けて、自分が優位に立つ、もしそんなつもりがないとしてもそういうふうに理解あるいは誤解することが可能な表現だなと思うのです。

だったらどうしたらいいのか。具体的になにもできないとき、せめてなにか伝えたいと思います。なにを伝えたいのか、どういう言葉なら適切に伝わるのか。

現時点でのわたしの答えは、まず「たいへんなのではないかと思うのですけれどもどうですか?」と問い掛けることです。ひょっとしたらたずねることさえ失礼かもしれないけれど。

そして、答えを聞いて、あるいは答えが返ってこないという反応を受けとって、その上で気にかけるのが適切だと判断したら、「わたしはここにいるから」がいいかなと思います。気にかけてるよって。時間を割く用意はあるよって。

030111 持っているものを。

今持っているものを、それをなくしてしまうまで、正当に評価できない、それは悲しいことです。何かが今、手の中にないということよりも、たぶん、ずっと。

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自分の持っているものを、自分が持っているというそれだけの理由でうまく評価できないときがあります。失ったらずいぶん悲しむのでしょうけれど。

黄金がとてもとても好きだった王様の話を思い出しました。手に触れたものすべてが黄金になる魔法をかけられて自分の娘を黄金に変えてしまって、それからどうなるのでしたっけ。

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他人に認められることにこだわるのは自分が自分をうまく認められないからなのでしょう。他人に認めてもらっても、それによって生じる自信の持続時間は驚くほど短い、でもそれに頼らずにはいられない。

自己顕示欲が強くてかっこわるいから何とかしたいと思っていました。何とかすべきは、自己顕示欲そのものでもそれを行動に移してしまう回路でもないのかもしれないと思えてきました。

もうちょっと、自分に対してフェアになろうよ。今年の目標、といいたいところですけれど、いつまでかかるかわからないので、なんとかなるまでしばらく課題とすることにします。

030114 立体造形。

学校から帰ってかばんを置くとすぐ文房具屋まで歩いていき、紙粘土を一パック(一キロ)買いました。『対象年齢三歳以上』の雰囲気を漂わせているパッケージぎりぎりいっぱいに、ほぼ直方体の粘土が包まれていました。思ったより平べったかったです。岩波新書を二冊重ねたくらいでしょうか。

部屋で机にビニールを敷き、プラスチック容器に水を汲んで作業開始、です。粘土を扱うなんて数年ぶり、下手をすると十年ぶりくらいだったでしょうか。ひんやりした粘土が心地よいです。ハンバーグをこねるのとは少し感覚が違います。無機質な冷たさ、なのかしら。

手の筋を総動員している感覚がしました。毎日、シャープペンシルで字を書いたり絵を描いたり、あるいはキーボードを打ったりしていますけれど、そういうのは手の筋の動きとしてはずいぶん単調なのかもしれないなあとか。

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で、何を作っていたかというと、肺の模型です。肺の各部位の立体構造(肺は、気管支の枝分かれに沿って、いくつかの部分に分けられます)が、図譜を見てもなかなか頭に入らないので、ならば模型を作ればわかるのではないかと、思ったのでした。最終目的は、病変が肺のどこにあるか、X線写真上で特定できるようになることです。

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今、部屋の隅には、ほぼ手のひらサイズの肺が二個、コンビニのビニール袋の上に乗っています。週末には乾いているでしょう。百円ショップで絵の具を買ってきて色づけすれば完成です。

030119 現実直視。

プライドと自尊心は違います。前者は幻想に、後者は現実あるいは確信に基づきます。

日頃は会うことのない多くのひとにいっぺんに会って話をして、会話を円滑に進めることのできない自分に気づきました。学校では、『優等生』ということで優遇されていて、不当に楽をしているようです。狭い世界にいるというのは、そういうことなのでしょう。普通の優等生じゃないつもり、っていうのは幻想に過ぎなかったみたいです。典型的、ですね。

棚に上げるとか見なかったことにするとか、苦手だから時間の無駄だと切り捨てるとか、そうやっていろいろなところから逃げてきました。退却を転進と言いくるめるように、自分をごまかしたりして。

そんな自分の状況を認識するというのが、現実直視、ってことなのでしょうか。自分にまつわる幻想がほんの少し減ったような気がして、それはいいことだと思っています。

030121 ここではない、どこかへ。

わたしは現在、実家から学校に通っています。

一人暮しの人からは、窮屈でしょうと同情されたり、楽であるいはさみしくなくていいねとうらやましがられたりします。どちらの言い分もよくわかります。まあそれなりに窮屈なこともありますけれど快適に暮らしています。

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そんな中で、一つ不便だな、と思うのは、「これ以上実家に帰れない」ことです。

一人暮しのころ何度か、「あぁもう実家に帰る!」と思ったことがありました。そう思ったからという理由で実際に帰ったことは一度しかありませんけれども。

今でも、ときにそういう気分がわたしの中に再現されます。そんなとき、『帰らない』という選択さえできないのは少しさみしい気がします。

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現在は両親と住んでいるのですから両親に会いたいというのは違う気がします。実家に帰りたい気分というのは、わたしの場合、旅に出るほどのエネルギーは投資する気になれないけれど自分にまとわりついたムードや気分ややらなければならないことややったほうがいいこと、その他もろもろを振り切りたいということのようです。

現在、「実家に帰りたい」欲求が高まっています。ルーティンから外れてみる必要が、あるのかもしれません。

030126 久留米にて。

土日は久留米にいました。とある勉強会に参加していたのです。

普段と違う人と会って話をするのを、楽しんでいることに気づいて、ちょっと嬉しくなりました。必ずしも『意味のある話』をしなくてもいい。認めてもらおうと躍起になる必要もない。挨拶して、名乗って、二言三言言葉を交わす、それだけでも、悪くない。

そう感じられたのは、ひょっとしたら、周りにいた人が(実年齢に関わらず)みんな大人で、まだ学生でしかも幼く見えるわたしに気を使ってくださっていたからなのかもしれません。そこはたぶん、思いあがってはいけないポイントだと思います。

でも、その可能性を割り引いても、なんとなく自分がよい方向に向かっているような気がします。そういう感覚は、悪くないです。

030129 自分を知る。

某MLにおける話し合いに参加しています。そのMLにおいては、かなりアクティブなメンバーであると、自認しています。これまでに、あまり発言のない他のメンバーに向けて、「まちがってもちっとも構わないからどんどん発言しようよ」と、何度か書いて送りました。

ここ2、3日、わたし自身のメールにたくさんの間違いが見つかりました。その多くは、他のメンバーのの指摘によって明らかになりました。まちがいには、下調べ不足・考え不足・その他もろもろ、いろいろな「不足」が表れていました。

そしてわたしは、「あぁ、発言しないほうがよかったかな」と思ったのでした。正直なところ。

間違えてもかまわないと考えていると、自分で思っているにもかかわらず、自分自身が間違えることは結構気に病んでいます。これを発見できたのは、おそらくわたしにとってプラスなのでしょう。あまり愉快な発見ではありませんけれど。

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「間違えるくらいなら黙っておけば」というのは、そこに存在する自分の至らなさが『発覚』するのを恐れるからこそ出てくる気持ちです。考えてみれば、他人が知ろうと知るまいと、自分の至らなさはそこに存在します。まさに、気にしてもしかたがない。

そこまでわかっているのにうまく行かないのは、他人事みたいにだけど「なんだかおもしろい」ので、しばらく自分を観察してみようと思います。何かわかるかもしれません。その上で、なおすか、それとも「ま、そういうことで」として付き合うか、決めることにしましょう。決めなくても何とかなってたりして、という希望的観測も、そこはかとなくまぎれこませて。


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