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◆2002年12月の日記◆

021201 ひとを想うということについて。

愛とはいたって単純な方程式で説明出来ます。
「相手の欲するものを与え、欲しないものを与えない」
というだけのことです。

と、瀬戸内寂聴「愛のまわりに」に書いてありました。

なるほど、それはすごく正しいように感じる、そうだそれなんだよ、というわけで、さっそく実行しようとします。するとたちまち壁にぶつかります。相手の欲するもの、欲しないもの、それって何なんだろう、と、止まってしまうのです。

特に、不安だったり余裕がなかったりして、自分のことで手一杯になってしまうと、相手の欲するもの、欲しないものなんて全然見えなくなってしまいます。わからないのならば聞くというのももちろん一つの手なのだけれど、不安だったり余裕がなかったりすると、たずねることさえできなくなってしまいます。

余裕のないとき、自分のことしか見えていないときに限って、「こんなにあの人のことを想っているのに」なんて考えてしまうのですよね。実は自分のことしか考えていないのに。そういうときに抱いているのは、たぶん愛でもなんでもないのでしょう。もっと言えば、相手のことで頭がいっぱい、という時点で、ちょっと危険信号なのかもしれません。

それなりに落ち着いた気分の中でしみじみと想うことができたならば、「相手の欲するもの、欲しないもの」が少しは見えるようになるのではないかと、期待しているのです。そのためにはまず自分のコンディションを整えて、ですよね。

021202 悩みの身体的表現と現代の医学について。

昔、自分の思うことを言葉で表現することが苦手な友人がいました。あることでかなりシビアに悩んでいることが予測されたのでたずねていくと、「前代未聞に近い体調不良で」寝こんでいました。おそらく、身体で悩んでしまったのだろうと、わたしは考えたのでした。

物言わぬは腹ふくるるわざなれ、と書いたのは兼行法師でしたっけ。多分悩みというものはどうにかして表現されようとするもので、言葉がダメなら行動として、行動もダメなら身体の変調として現れるのかな、なんて思います。

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日々西洋医学を履修していると、病気というものはあくまで身体の問題で、身体に対する治療を行うことできっとよくなるかひょっとしてよくならないか、くらいのものなのですけれど、実際のところは気持ちの問題も多分にあるのではないかと思います。気持ちの問題は、純粋な身体の問題でさえ解決しきれていない今の医学ではまったく手の届かない領域で、たとえ何か言いたかったとしても責任のあることは決して言えないような状況で、だからこそ現在の医学はそこを知らん振りして通りすぎようとするのかもしれません。

021203 余裕が重要である理由。

ひとつうれしいニュースがあって、このところささくれだっていた気持ちに少し余裕ができました。

そして気づいたことは、このところのわたしは、ずいぶん気が短くなっていたのだなあ、ということでした。余裕があるときでないとうまく待つことができないのですね。ずいぶんといらいらして、ずいぶんとわけのわからないことを言ったりやったりした気がします。

気持ちに余裕を持たないと、うまく行くものも行かなくなってしまいます。その理由は、結局のところ、あと一瞬が待てるかどうか、ということなのかもしれません。

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余裕って大事だな、と気付いた、というのはわたしにとっては発見だったわけですけれど、もっと大きな発見だったのは、ほんの少しのことで180度気分を変えることのできる自分自身、だったのでした。実は。

021204 ジュゲムジュゲムあるいは墓石の戒名

今週は皮膚科の講義が行われています。

皮膚科の病気は、例えば「水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症」(すいほうがたせんてんせいぎょりんせんようこうひしょう)とかいうように、そもそも読めない、書くなんてもってのほか、のものがたくさんあります。ある本に「ジュゲムジュゲムあるいは墓石の戒名」と評されていました。まさにそんな感じです。実を言うと病名だけでなく病気の状態を示す言葉も(例えば赤くなっている=紅斑、膨らんでいる=膨疹など)も他の科と違っていて、聞き慣れません。

皮膚科という診療科を日本に作る際、訳したのが科学系の人間ではなく漢文学者だったからわかりにくいのだ、と聞きました。名前が長いぶん、慣れれば名前を見ただけでどんな病気かわかるようになっているのでしょう。あくまで慣れれば、の話です。

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漢字が書けないのなら英語でおぼえる、というのが原則です。ならば、と英語を見ると、上記の「水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症」は英語でbullous erythrodermia ichthyosiformis congenitaてな具合です。これも確かめはしましたがどこか間違っていたりして。プリントも時々間違っています。先生がいけないというよりは、そもそも正確につづることなんて不可能な言葉が多いのではないかと考えています。

英語で書かれた教科書には、多分つづりが長すぎるからでしょう、略号が多用されています。しかし、皮膚筋炎dermatomyositisの略号であるDMは、糖尿病diabetes mellitusの略号とかぶっている、など、重複が多くてこれまた使いづらいのも事実です。

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「皮膚科わかんないよね」としばしば耳にするのは、この病名の書き取りづらさにも起因するのではないかと、思っています。病名も、整理されていないせいかやたらと多いですし。ややこしい名前の大量発生です。もうちょっと簡潔にまとめてほしいのですけれども問題はうちの先生達にあるのではなく皮膚科自体にあるので文句の持って行き先もありません。

「みる」ことがとても重要であり「みる」ことに熟練する余地がありそうだという意味では、魅力的な科ではあるのですけれども。

021207 手厳しい評価。

今、大学では、チュートリアルという教育法が行われています。遅刻・欠席はしなかったのにもかかわらず点数があまりに低かったので教授に問い合わせてみました。

すると、こんな返事が返ってきました。

君に対するテューターの評価は、知識が豊富であり、リード役を務めていると言 うよい評価がある反面、細かい知識にとらわれて全体を見ていない、人の話を聞かず 自分ひとりでしゃべりすぎる、自分のしたい話しにもっていく、シナリオを読む時間 も他人の邪魔をしている、などの指摘もあり、これらを平均すると知らせた様な評価 になります。

テユートリアルは、グループでの討議をとうして問題点を抽出し、それをグルー プ全員で共有化する作業であり、その為に必要なメンバーへの配慮もみている訳です。

君にアドバイスするとすれば、共同作業のあり方を考えること、周囲への気配り とは何かを考えることであり、これらは医師として身につける態度としても重要な事 かも知れません。

正直なところずいぶんへこみました。さらに正直に言うと、ここでこんなものを公開しているのは誰かに『そんなことないよ』と言ってもらえることを期待しているゆえではないかと思ったりもするのですけれども、やっぱりそういうことを期待してはいけないのだと自戒しています。もしそのように聞こえたらごめんなさい。そういう意図ではないのです。

勉強が足らないなら勉強すればいい。でも、このような、態度に関する問題はどうすればいいのでしょう。3年間で何とかなるのでしょうか?とりあえず、次からはできる限りおとなしくしようと思います。誰のじゃまにもならないくらいに。

021208 ミュージカル『源氏物語』

友人がミュージカルに出るというので観に行きました。お客さん多くてびっくり。この街でもこんな行列発生するんですか、なんて。

舞台の上で彼女を同定することは十分に可能でした。がんばったんだな、というのがよくわかる動きでした。かなり速い動きなのに滑らかで。迷いがなくて。ソロパートを聴いていると彼女の声ではないみたいでした。

このところ練習がたてこんでいたらしく、学校が終わったあと深夜までレッスン、というのも珍しくはなかったようです。そう言えば授業中寝ているのをしばしば見かけました。どちらかというと控えめな彼女がメールで「ここ最近の数年で何本の指に入るぐらいがんばった気がする。」とまで書くくらいだからほんとうにがんばったのでしょう。そして、その努力は報われたんだろうな、と、客席から見ていて思いました。彼女の主観としてどうだったか、というところまでは、わたしには判断がつかないのですけれど。

舞台の世界は、わたしが今生きている世界とはまったく別種の厳しさに満ちていると考えています。まねごとくらいにしか手を染めたことはないけれどそう思います。ほんとうによくがんばったんだなと。

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ちなみに内容は源氏物語で、わたしの精神状態のせいなのでしょうか、結構感情移入しやすかった気がします。すごくすごくデフォルメされた動きと声とで構成されていて、『リアル』とは程遠いはずなのに、その気持ちわかるなあ なんてわたしに思わせるとはなかなかあなどれないものがあります。何かエネルギーみたいなものが舞台から伝わってきたのでしょうか。

今晩あたり、瀬戸内寂聴の『女人源氏物語』を読み返すかもしれません。

021212 ディスカッション参加態度改善の第一歩。

12月7日の日記で、わたしの学校チュートリ中の態度について かなり手厳しい批判をされた、と書きました。

先日チュートリの話し合いが再び行われました。予告通りなるべく静かに話の流れをじゃましないようにしてみました。自分が何か言う時にもなるべく人に話を振るようにして。

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おしなべて、わたしがどんどんしゃべるよりいい感じでディスカッションが進んだと思います。これを認めるのはちょっとつらいものがありましたがしかたありません。

家事を完璧にこなしてきた一家の主婦が、2、3日留守にしていて帰ってきて、夫と子供がどれだけ困っているかと思いきや、日頃よりずいぶん楽しそうに暮らしているのをみて愕然とする、そんな気分に近いのかもしれません。

でも、貢献しているとわたしが感じる感じないにかかわらず、わたしがでしゃばらないほうが話がうまく進んだのは明らかで、口数は少なくともそのほうが、貢献度は高いはずなのでした。

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自分がしゃべらないぶん(というほど黙ってもいなかったけど)話の流れみたいなものを冷静に見ることができたと思います。次のセリフを用意するでもなく話を聞くことに集中していると、あちらこちらでクラッシュが起こってていることに気付きました。同時に発言したり前の発言を無視したり同じことを繰り返してみたり。そのへんに気付いてケアするのが司会なんだろうなあと、日ごろ無視していた司会の役割を再認識しました。

もう一つ気づいたことがあります。わたし、人の話を聞いていませんでした。人が話している間に自分のセリフを組み立てていました。聞いてないことにすら、気付いていませんでした。

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「自分で気付いた」からにはたぶんこれからは改善に向かうでしょう。きっと。まだまだ、特に社会的な面においては向上する余地が残っているのです。そう、まだまだ。

021214 デパ地下お菓子売り場。

年末に出かける際のお土産を買いに、某デパート地下にあるお菓子売り場に行ってきました。焼き菓子の甘い香りときらきらした包装にうきうきして、かけなくてもいい電話をかけてみたりして。「ねえねえ、お菓子売り場って楽しいね」

そういえばそんな場所に足を踏み入れるのもずいぶん久しぶりだったように思います。

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そのデパートには「各地の特産お菓子」のコーナーがあって、そこにはそれこそ北海道のバター飴から沖縄のちんすこうまで並んでいます。

お土産を、選びにくい時代になりました。どこでもなんでも、手に入ってしまいます。美味しいものはどこで食べても美味しいのですから、輸送手段の発達した今日、美味しいものが全国化してしまうのは当然といえば当然なのでしょうけれど。

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この街の特産といっても思いつかないので、産地は気にしないことにしました。訪問先で作られたものでなければいいや、と開き直って、美味しいものを選ぶことにしました。

021216 「わかる」ことにこだわるわたし。

物事を細かく細かく分解してラベルを貼って整理整頓していつでも手の届くようにして「わかった」という安心感を得て何とか精神の安定を保っている側面が、わたしにはあるのかもしれません。「べてる」の本を読んでそう思いました。だからこそ、混沌とした世界に憧れもするし反発もするのだろうと思います。そんなことを、べてるを紹介してくれたクラスメイトと話しました。

「だからどんな科目にもそれなりに『はまる』ことができるのかもしれないと思う」

「ああそれあるよね、Nokoさんの情熱は、単に知ることが楽しいというだけでは説明がつかないような気がする」

「あんまりそういうの好きじゃないなあ、でも学校ではそれが評価されてしまうためにそういう在り方に依存しているのも自覚しているんだよ。くだらないと思いつつ依存するその構図がイヤ。ないものねだりで判断が正確とは言えなくなっている可能性もなくはないけど」

「でもさ、そういう、それってちょっとまずいんじゃないかと思ってるからいいんだよ。これが最高だとか思ってごらん、それってすごく思いあがってやなやつだと思う。それはさ、Nokoさんが背負っていかなければならないしんどさとか苦労とかいうものじゃないの?」

「わかった」ということに固執するのを、やめる必要はなくて、それにまつわるしんどさを「背負っていかなければならないもの」として引き受けることさえできればオッケーなのかもしれません。それっていい考えだ、と思いました。「べてる」で言われていることが、ほんの少し自分のこととして「わかった」気がします。たとえそれが誤解だとしてもその考え方はわたしにとって有用であると感じます。彼女に感謝です。

021218 自画像製作中。

自画像を描きはじめました。冬休みが終わるまでに仕上げるつもりです。

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まずキャンパスの下塗りをしました。油絵を描くときには、キャンバスにあらかじめ、毒にも薬にもならない色をべたっと塗ってからはじめるのです。よい色が思いつかなかったので、grey of greyをチューブから出したまま使いました。そういう手抜きはダメだと、先生に怒られるかもしれません。

そして2日おいて乾かして、下塗りした上に直接木炭で下書きをして、定着液をスプレーしました。そういうスプレーは本来屋外でかけたほうがいいのですけれど寒いので部屋の中で。

そこで終わらせようと思ったのですけれどなんだか気になったので色をつけました。描いたものすべてに色をつけてはみ出した部分をgrey of greyで消して、気がついたら三時間経っていました。

台所に降りて湯を沸かしてリプトンのアップルシナモンティーのティーバッグに湯を注いでパソコンの電源を入れてティーバッグを取り出してメールチェックしながら全部飲みました。パソコンを切って部屋に戻ると、油のにおいが充満していました。絵を見ると、顔の色を白くしすぎたことに気がつきました。そういえばカラーの自画像は初めて描く気がします。人物画自体、色をつけるのは二度目でしょうか。

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今の自分自身を、自分の手で、きっちりと観察・記録しようと思ったのです。今を少し過ぎたら、かなりの速さで変わっていくような気がしているのです。今だってどんどん変わっていっているのかもしれません。だから。

021220 学校終了。

午前中3コマ、午後1コマの授業を終え、自習時間に図書館で勉強して、1時間の制限時間のテストを受け15分で早々に提出して教室を後にしました。先週・先々週・さらにその前と大差のない一日でした。でも、そういえば今日で『二学期』はおしまいです。

数日後に追試を控えた人がクラスの過半数を占めるので、忘年会は追試が終わるまでお預けです。帰省しようにも、年末・年明けに追試があるために帰れないとぼやいている人が数名います。『明日から休み』モードとはずいぶんかけはなれた雰囲気でした。2週間もしないうちにやってくる『来年』まで顔をあわせない人も多いのに、そういえば誰にも『よいお年を』と言わずに、誰よりも早くテストを終わらせて一人で勝手に学校を後にしてしまったことに、家に着いてから気がつきました。

というわけで、これからしばらく冬休みです。

021225 得意・不得意と想像力の射程。

机の上に鳥の羽根が置いてあったので広告の裏に鉛筆で写しとってみました。調子に乗って4枚描きました。

「ほらほら、ずいぶん感じが出たよ、見て見て」と隣のひとに見せると、「だいたいそんなものが写し取れるだなんて信じられない」みたいなことを言われました。「でも目の前のものをそのまま写し取るだけだよ?」

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こんなに簡単、と言いかけて、ふと、できること/できないことって、そんなものなのかな、と思いました。

走っている人に的確にボールが渡るようにパスすること、雪の積もったつるつるの路面で停止線をきちっと守ること、くねくねと曲がってきた道を頭に描いた地図上に再現して的確に口頭で表現すること、これらはわたしが「そんなことができる人がいるとしてもわたしにはできないしそういうことができる自分というのも想像がつかないし何をどうやったらできるようになるのかさっぱりわからない」ことのほんの一部です。たぶん、できてしまう人には『こんなに簡単』なんだろうと想像しています。けれど。

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できること、がんばってもたぶんなかなかできないこと、それだけを取りあげてもこんなにも違います。そして違いがあるとき、他者の状態を想像することはとても難しい。ひょっとしたら正確に想像することなんて無理なのかもしれません。

他人がわからない、だから相対的な位置がつかめず結果的に自分のこともおぼろげにしかわからない。その結果、自分を過大評価したり過小評価したりその両者を行ったり来たりしてしまいます。自慢したり卑下したりないものねだりをしてみたり。

そんな中で救いとなるのは、無理だとは思いつつ敢えて想像しようとする姿勢ではないかと、漠然と感じています。姿勢こそが、なんていう言い方はいいわけじみてて好きになれないのですけれど。

021228 後悔について。

「Nokoさん、後悔ってしたことある?」

ある昼休み、ある同級生がわたしに聞きました。

「あるけど、どうして?」

「わたし、後悔ってしたことないんだよね。だってそんなん、したってしょうがないし、必要もないじゃん。次から別の方法を取ろうと思うだけで。Nokoさんはどんなときに後悔したの?」

そこにいたもう一人の同級生も彼女に同意しました。

「うん、わたしも後悔ってわからない」

あまりよく考えずに返事をしていたわたしはここで言葉に詰まりました。そういえば厳密な意味で後悔したことってあるだろうか。というか厳密な意味で後悔って何だろう。わたしは何を指して、後悔するって言ったのだろう。 そしてうまく言葉が探せないまま昼休みは終わり、授業が始まって、その話は終わりました。

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まずは後悔の定義からはっきりさせましょう。何かやったあるいはやらなかった後で、あーあんなことするんじゃなかった、と思うこと、と、ここでは定義しておきます。

ここでいきなり問題が発生します。気持ちは動くのです。あーあんなことするんじゃなかった、と思い、それから、そのときの状況を考えると仕方なかったよね、これからどうにかすればいいじゃん、あるいは、たいしたことじゃないよね、などとと思いなおす、そういう動きは一般的ですよね。で、最初に出てきて、じきに乗り越えられてしまった「あーあんなことするんじゃなかった」を、後悔と呼ぶのかどうか。あとで思いなおすことができたら後悔ではないのでしょうか。それとも、意識したらそれが後悔、なのでしょうか?

後悔っていうのは、なにかよくないことが起こったとして、それを受け入れられるまでの葛藤を指す言葉のように思えてきました。そして、後悔という葛藤の大きさ(しんどさと持続時間)は、ダメージの大きさと、そのひとの受け入れ能力によって決まるのでしょう。意識されないレベルの後悔もあれば、一生苦しまなければならないたぐいの後悔もあるでしょう。

今現在進行形の後悔は──かすかになら、あるかな?

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そういえばわたしが「取り返しのつかない昔のこと」について、ある程度時間がたったあとにつぶやくのは、あんなことするんじゃなかった、ではありません。ごめんなさい、です。許しを求めているということでしょうか。誰に?当事者にでしょうか。つぶやいても決して届きはしないのに。それとも何か別のものに、祈っているのでしょうか。

後悔すると言ったとき指していたのはこれだったように思います。

021229 忘年会。

昨日は忘年会でした。モスコミュールとカルーアミルクの材料(=ウオッカとライムとジンジャーエール、カルーア)、そしていくらかのお菓子をリュックに詰めて友人宅に赴きました。

「今年のこと忘れてしまえるくらいは」飲もうよ、ということで、モスコミュールとカルーアミルクを片手に日頃はなかなかできない話などを。「Nokoさん、新たに作るたびにだんだんお酒の割合が多くなってるよ」「調節できるのが自作のいいところだってばさ。」

今年については、特に忘れなければならないことなどありません。でも、今年に入るまでのことで忘れてしまいたいことはいくつかあったので、どさくさにまぎれてそのへんを忘れてしまうことにしました。ああ、そんなこともあったな、とちらっと思い出して、もう大丈夫だと確認して、くいっとグラスをあけて。

これで少しは、新しいことを入れるためのスペースが空いたかなと期待しているのです。

021230 近況報告。

夜は枕元に本を積み上げ、昼は机に本を積み上げ、片端からページをくって最後まで読み終えては、しばしぼーっとしています。まだ少しエネルギーが足らないので読んでいる本はほとんどが再読です。主に毒にも薬にもならなくてでもその世界に浸かっていられるものを選んでいます。

合間には絵を描きます。座布団の上に座りこんで鏡を前に自画像を描いています。始めのころよりはずいぶん「らしく」なりました。

今日は年賀状を描きました。久々に、「絵」を描くために色鉛筆を用いました。スケッチブックをひっぱりだしてやっぱりイーゼルを立てて鉛筆でスケッチしてトレースして転写して色をつけました。パレットで色をまぜるかわりに、いちばん近いと思える一本を選び出します。あんまり変わらないけどやっぱりこっちのほうがいいかな、とか、迷うのは楽しいものです。

なんていう生活を送っている間にだんだん気持ちが落ち着いてくるのを感じています。明日で2002年もおしまいです。

021231 年越しに際してのごあいさつ。

遍路日記を、4月3日=帰宅の日まですべてアップしました。これで心置きなく年が越せます。

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ちりんの部屋、というかその中の日記(最北医学生の日常)が今日で一周年なのだそうです。おめでとうございます。私信でした。

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2002年の総括を、と口にして、2002年の前半がとてもとても昔に思えるのに気付いてびっくりしたのです。「遍路日記書き終わったよ」「あれ、お姉ちゃんお遍路っていつ行ったんだっけ」「今年の3月だよ」「ああ、今年だったっけ」そう、今年だったんです。

年々「らしさ」が失われていく年の瀬に、便利なんだけどな、と苦笑しています。店も開いているし紅白は見る気しないしおせち料理は黒豆と昆布くらいしかないし。でも明日からは日付の欄に03なんて書くのです。カレンダーもあらかた入れ替わったのです。それってやっぱり区切り、ですよね。

区切りがないと人間なかなか成長できません、区切りって竹の節みたいなものですからね、と教えてくれたのは、中学時代の恩師だった気がします。

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ではでは。これがさすがに、年内最後の更新となるでしょう。サイト上のそんなあいさつも、なんと3度目です。つづけられるのは読んでくださるひとがいるからです。ありがとうございます。

2003年もよろしくお願いいたします。 よいお年を。


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