淡々としていなくもない日常。>日記・雑記目次>2002年10月の日記

◆2002年10月の日記◆

021004 大幅遅刻で絵を習いに行く。

9月から、絵を習い始めました。昨年度一年間も通っていましたので、再開した、といったほうが正確な表現になるかもしれませんね。

今日は1時間15分遅刻して到着しました。たった2時間のレッスンなのに。寄生虫をスケッチする実習が(例によって例のごとく)終わらなかったためです。実習説明に遅れて到着したあげく、実習開始前によくわからない旅行の自慢話をはじめた助教授に、じつはかなり腹を立てています。あれがなければひょっとして間に合ったかもしれないのに。

それでも、45分間でも、行って描いてよかったな、と思いました。

ひとつには、大幅遅刻だけれどそれでも行って少しでも描こう、そう思える自分は評価できると思ったからです。45分間というのは、実際書き始めるのに準備が必要なことを考えると、決して長い時間ではありません。正直なところ少し迷いました。教室まで行くと、まっすぐ帰宅する場合と比べて約45分よけいに自転車に乗ることになるのに、描くのが45分じゃ、割に合わないかなと。でも、こういう技術系は、なるべく定期的に練習するのが肝要ですからね。家で描くほどの余裕がなかなか持てない今日このごろ、金曜の夜くらいは絵に費やさないと。

そしてもうひとつ。今書いているのは2枚目のデッサンです。たった1枚書き上げただけでも、進歩するものだな、と、驚きました。これまで進歩といえば何十回、何百回と繰り返してはじめて起こるはずだと思っていたのです。そういうわけでもないのですね。もちろん、何十回、何百回と繰り返せばその分進歩するのでしょうけれど、たった一回やり遂げるだけでも、なにがしかの進歩は得られる。それはわたしにとって驚くべきことで、これをしみじみ体感すれば、いろいろなことに挑戦するさいのハードルはずいぶん低くなるのではないかと思っています。

ちなみに今回と前回何が変わったかについて。前回点と線で描いていたところを、今回は線と面で描くように気をつけています。『角度を写し取る』こと、『まずは大まかな面としてとらえいっぺんに影をつけてしまう』ことができるようになりました。その結果、全体→細部の流れができて、作業がずいぶんスムーズになった気がします。また、形も前回よりかなりましになっているようです。

021005 恋愛論。

あなたのことだけ考えているとか、いつもあなたのことを考えているとか、そんなセリフが恋愛においてはしばしば使われます。特に女性に多いですね。少女マンガとか。

それは違うだろう、と、10月3日の「最北医学生の日常」にありました。わたしもそう思います。

あなたのことだけ考えているとかそういうのは、人生のある一時期(例えばまだ乳児であるわが子に対してとか、全力で立ち向かわなければどうにもなりそうもないアクシデントのときとか)には、望ましいことなのかもしれないのですけれど、日頃から「あなたのことだけ」である必要はない。まあ、仕事や趣味に自分のエネルギーの大部分を費やすのと同じ要領で、「あなたのことだけ」にエネルギーを費やしてもいけないとは言いませんけれど、逆の立場で、どうなんでしょうね。困りませんか?そういうの。他にすることはないのか、って感じで。

だれかのために過剰にエネルギーを使ってしまうと、傲慢になってしまいそうな気がします。「わたしがこんなに○○しているのに」と、相手への要求が高くなるのではないでしょうか。過干渉の親みたいですね。そんなこと言われるくらいならそこまでしてくれなくてよかったんだよ、なんて反発したりして。

そんなふうにあからさまな要求を突きつけないにしても、過剰な献身は、相手にプレッシャーを与えてしまうかもしれません。

もちろん、何かしてあげたいときにはすればいいのです。ただ、それは自分がしたいと思ったことをやるのであって、それを自覚するのが自分の行動に責任を持つということだと思うのです。そしてそういう自覚があれば、さまざまな「やりたいこと」の並列の中に「あのひとのため(に何かすること、あるいはしようと計画することで、自分が楽しむこと)」なんてのをさりげなく紛れ込ませることも可能で、そうすることではじめて、自然な形で好意や善意をやりとりすることができるのではないでしょうか。

そして、たとえ自分の好きでやっていると自覚していても、だれか他人のことが生活のあまりに多くの部分を占めていると感じたら、それは意図的に是正したほうがいいのかもしれません。そういう自覚を持ちつづけられるほど人間はたぶん強くないから、たぶん早晩「わたしがこんなに○○しているのに」のわなにはまってしまうでしょう。

相手も自分のことを想っていると仮定するならば、まずは自分が幸せにしていることが重要である、ということになるでしょう。まずはそこからだと、思うのです。

021012 学校チュートリアル現状報告。

今週、うちの大学における第一回本格的チュートリアルが行われました。科目は病理学です。本格的、とわざわざ断ったのは、本格的ではないチュートリアルが過去にも行われたことを示します。

症例がシナリオとして提示され、コアタイムに疑問点を出し合って、チューターがリストと照らし合わせて補足し(!)自習時間にそれぞれ勉強し、次の日行われたグループ学習の時間(教官の立会いはなし)に 各々学習したことを共有して、クラスでの発表に備えました。クラス発表があたるかどうかは、その時間が始まるまでわからないのですけれども。

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自習時間はふんだんにとられています。病理学以外のことを調べることも可能ですし、いろいろな文献を読んでまわる過程で以前習ったはずなのに忘れていることを復習することもできます。講義をただ聞くよりおそらく学習効果は高いでしょう。

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でも、何か違和感がありました。

わたしを含めて、多くの学生が、「いかに求められている答えを見つけるか」に終始しているのでした。「どんなに勉強したって、教授の考えていることと違ったら、(単位という意味では)、ゼロなんでしょ?」自由に学習するようにといわれながらも、実際のところちっとも自由になれていません。はっきりとした指示がないぶん、憶測でがんじがらめになってしまっているのです。

「病理を勉強して『ほしい』んだよね、疾患自体は調べなくてもいいんだ」

「どうせ病理の総論を求めているのならシナリオなんて提示しないでもいいのに」

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結局、自由にしなさいといわれてもそれを信じることができない、ということなのでしょうか。それとも単に、そういう自由にわたしたちが慣れていないだけなのでしょうか?

単位がかかっているかぎりはひょっとすると、義務の部分が前面に出てしまい、純粋に楽しむことが少し難しいのかもしれません。やっても単位など出ないほうが、かえって楽しめるのかもしれません。現にわたしはこれまで主にそうやって勉強してきたわけですから。

021014 優等生について。

わたしはなんで勉強なんかしているんだろう、長いこと、そんなことを思っていました。

世の中、優等生の評判はすこぶる悪くて、学校で劣等生をやってるほうが後日大物になれると言いますよね。今回のノーベル賞受賞者だってそうでしょう。偉くなった人はたいていそんなことを言っています。学校の成績なんて関係ないとだれもが言います。だったら学校で勉強なんか、することはまったくの無駄なのでしょう。で、それでもわたしが勉強するとすれば、それは何のためなのでしょうか。机上の勉強に価値を見出せないにもかかわらずそこに価値を見出さなければ他によりどころがないからなのでしょうか。

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そんなことを中学・高校時代に考えて、いたく反省した結果、京都にいたころは、「まずは勉強『しない』こと」を目標に大学生活を送ってみました。部活にバイト、飲み会に長電話、本を読んで絵を描いて。そういう、『優等生でない自分』が、誇らしくてしかたなかった記憶があります。

そして研究室に入って、自分が何も知らないことが、じつは許されないことであると気付き始めました。「ほかのことで忙しかったんです」というのは、自分への言い訳にはなるかもしれないけれど、結局のところ事態をまったく解決しない。

まあそれでも当座に必要なことからやっつけてなんとか乗りきってでも付け焼刃であることは自分がいちばん承知していて、の段階でわたしは研究室を去りました。医学部に入りなおしました。

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医学部に入って、いわゆる『学生時代謳歌系』の活動に、自分がすでに満足していることに気付きました。せっかくわざわざ二度目の大学生活をしているわけだし、ここはひとつちゃんと学問とやらを積み上げてみようかな、と思って一つ一つの科目をなるべくきちんと学ぶように心がけてみました。

そうすると、話題ってあちこちでリンクしているのですね。「ああ、あの科目でそういえばそんなこと言ってたよ」とか、「こんなところで話がつながっていたのかぁ」とか。話がつながるというのはとても嬉しい。

そして最近気づきました。わたしは結局、ものを知るのが楽しいと思ってるんですね。しなきゃいけないから、ではなくて、単に楽しいからやってたんです。

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わたしは結局、ものを知るのが楽しいと思ってるんだ、と、いまさら気付いた、と言うと、違和感をもたれる方が多いかもしれません。自分の好きなものくらい、自分で把握しておけよ、と。

おそらくそういう違和感を持つ人のほうが、より自然な生活をしているのではないかと思います。

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何が好きかとか何をしたいかとかそういうことがわからなくなって、あるいはもし思いついたとしても立ち消えになるまで後回しにして、やるべきこと、やったほうがいいと思われることだけをやっていた時期がありました。自分の中にある感覚に自信が持てなくなって、しかたがないから自分の想定する『社会』が期待しているであろう『あるべき姿』を追求していたのですね。

自分が何をしたいのか、感じられなくなっていたのだろうと思います。こうしたい、がないから、こうあるべき、に占領されてしまったのでしょう。

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そんなことを思い返すに、自分は勉強することが好きだし、だからやってるんだし、それでいいんだし、それ自体特に悩むようなことでもないんだなあ、と『思いついた』ということは、わたしにとってたいへん喜ぶべきことだったのです。

中学・高校時代を中心に『いろいろたいへんだった時期』というのがあって、その後『リハビリの時期』というのが来て、もうリハビリは終わったんだよう、なんてわたしは時々つぶやきます。でもひょっとしたらリハビリは終わったわけじゃなくて終わるわけでもなくて、いつか単なる適応とか成長とか呼ばれるプロセスとまじりあって、続いていくのかもしれません。

021020 24年の歳月。

北朝鮮に拉致されていた人達が日本に帰ってきたという報道で、テレビはもちきりですね。

親や兄弟が期待するほど「日本最高、北朝鮮最低」とか「是非永住帰国を」というコメントが出てこないみたいです。親兄弟の一部は、そこに少し苛立ちを感じているように思われます。せっかく帰ってきたんだろう。こっちだってとても心配で、長いこと待っていたのをやっと会えたんだ。北朝鮮の生活より、日本の生活のほうが素晴らしいだろう。しかもキミの親や兄弟、旧友がいるんだぞ。そんなところでしょうか。

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その気持ちは想像がつきます。でも、わたしが拉致被害者だったら、そんなふうには振舞えないんじゃないかなあと、テレビを見ながら思っていました。

北朝鮮の監視があるかもしれない。北朝鮮に残してきた子供達には何も言っていないわけだし。

それもあると思います。でも、たとえそういうことがなかったとしても、「日本最高、北朝鮮最低」「是非永住帰国を」とはちょっといいづらいのではないかと思うのです。

それはなんていうのかな、洗脳とも違うのです。それもあるかもしれないけれど。

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ここでその、北朝鮮で過ごした24年間を否定し去るって、彼らにとってとてもしんどいことなのではないかな、と思うのです。拉致されて何年もたつうちに生活も確立したでしょう。仕事も得たし言葉も覚えたし結婚もしたし子供も生まれた。その中で、彼らはもう、日本には帰れないものとしてあきらめて、北朝鮮に適応することを優先して、生きていくことを決めたのではないかと推測しています。現状は変えられないと判断する、よってそれを受け入れると決める、しんどいプロセスだったことでしょう。

そのプロセスをなんとか超えて、北朝鮮での生活にも楽しみややりがいやなんやかやを見つけて、日々暮らしていたわけですよね。そして、日本での生活は、手の届かない過去、に位置付けられたと思うのです。手の届かない過去がいきなり現実として目の前に現れて、手放しで喜べるでしょうか。やっと手に入れた、安定した生活を否定して?

そしてその、現在の生活を否定するということは、自分がこの24年間非常に不幸だったと認めることになります。もちろん彼らが悪いわけじゃない。被害者です。堂々としていればいい。たいへんだったと、いう権利はある。

でも、そんなにすぐに、認められるでしょうか。認めないと始まらないかもしれないけれど、彼らはこれまでそういう生活をしてきたわけだし、それによって積み上げてきたものがあるわけだし、そして差し当たってはその生活に戻らなければならないのです。戻らなければいい、という意見もありそうですけれど、子供もいるし、もし日本に帰国したとしても生活は一からやりなおしだし、いまは歓迎ムード満開だけどいつまで続くかわからないし、そんな中でそんなに現実的な選択肢でもなくて。

だからどうしたというわけではないのですけれど、ああ、たいへんだっただろうし今もたいへんだろうなあ、とテレビを見ながら思ったのでした。できるだけ、そっとしてあげてほしい、それくらいしか言えないのだけれど。

021024 相性および縁と呼ばれるものについて。

何度も引用している、吉本ばななの「新婚さん」の一節があります;

どこの国のものでもない、あなたと、わたしにしか通じない言葉で話している。すべての人どうしにそういう言葉がある。本当はね。あなたと誰か、あなたと奥さん、あなたと前に一緒にいた女、あなたと父親、あなたと友達、その人たちどうしのためのたった一種類の言葉が。

ある組み合わせの人たちに対して、その人たちどうしのためのたった一種類の言葉がある、というのは、誰でも相手によって(たとえ下心がなくても)態度が変わる、あるいは変わってしまうことと同じなのだろうなあ、と考えていました。変えるのではなく、変わってしまう、そういう側面はあるように思います。立場によってももちろん変わりますし、相手の人柄にももちろんよるでしょう。

Aさんといる時間が長く、また、その時間が自分にとって重要なものであれば、Aさんと過ごしている自分が、自分全体に占める割合が大きくなります。ということは、日常において誰と時間を過ごすことを選ぶのか、というのはかなり大事なことではないかと思うのです。

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ともにいる相手によって自分が変わる、というならば、親しくつきあう相手を決めるときには、その相手に対して好意が持てることももちろんですけれど、その相手といるときの自分を気に入ることができるかどうかも、かなり重要なファクターであるといえるのではないでしょうか。リラックスできるとか、ちょっとがんばれるとか、まあいつもよりはかわいげがあるとか、悪いところを必要以上に意識せずにすむとか、いいところを隠さなくてもいいとか。

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相手に好意が持てるかどうか、その相手と一緒にいるときの自分に好感が持てるかどうかは、やはり組み合わせの問題ではないかと思うのです。相手だけでの問題でもなく、自分だけの問題でもなく。そして、そういう組み合わせの問題を指す言葉が相性と呼ばれるものなのだと思います。

そして、上に書いた意味で「よい相性」である相手と会えるかどうかは、努力ももちろんだけど運の要素も無視できません。その、運の要素を指す言葉が、縁という言葉なのでしょう。ラッキーなことにそういう相手と出会うことができたならば、その相手を大事にするのはもちろんですけれど、その相手と出会えた偶然にも、たまには思いをはせてみると楽しいかなあ、なんて思ったりするのです。

021025 かっこいい無理とかっこよくない無理。

明らかに無理をしている友人がいます。外から見ても体調の悪さが一目瞭然です。でも、そのことを彼女自身は認めたくない様子です。必ずしも今彼女がやらなくてもいいことを、さらに抱え込もうとしています。大してやりたいことでもなさそうなのに。

「そこまでしなくてもいいんじゃないの」と、外野のわたしはつい言ってしまいます。「手伝おうか」とも言ってみます。もちろん聞きいれられはしません。「ま、倒れたらその時はその時だから」さてどうしたものか。

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なんて言いながらも、わたしにも、そんなふうに周りを心配させていた時期はあったのです。そのころを思い返すと、自分で自分を追いつめている時ってそんな感じだよなあ、と、思い当たりました。ものすごく突き放した言い方をすれば、自分がどうしてもやらなければならないこととじつは自分がやらなくてもいいことの区別がつかなくなっていて、自分が他人の仕事を奪っていることに気付かないようなそんな状況なのでしょう。そして、そこまでする自分に酔っていて、おそらくは休むことに罪悪感を感じている。

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今のわたしにもそんな傾向は残っていないわけではなくて、ややもすると常に何かをしていっぱいいっぱいで、疲れた顔を始終さらしていることをよしとしてしまうような、そんなところはあるのです。

まあもちろんそんなのは個人の勝手でわたしがそれでどうなろうと周りに影響はない、そういうときにはそんなふうに考えて無理をする自分に酔ってみたりもするのですけれど、今回の友人のように他人にそれをやられてみるとそれをかなりなストレスであると感じている自分がいて、始終疲れた顔をさらしてしんどいしんどいと言っているだけでも周りにはそれなりに申し訳ないことをしているんだなあと考えを新たにしたのでした。

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無理をしなければいけないときがあるのは、わかっています。ちょっといっぱいいっぱいなくらいの生き方が、いちばんかっこいいとも、思っているのです。ちょっとくらいしんどいのはぜんぜんありだとも、思っているのです。

ただ、もしもやっていることが自ら選んだことなのだとしたら、ひょっとしたらやらなくてもいいことを自ら望んでやっているのだとしたら、そして、じつはそのしんどさの中に多少なりとも楽しみを見出しているのだとしたら、「でも楽しいんだよね、わたしは幸せにやっているよ」というメッセージを発信することは、自分がいっぱいいっぱいであればあるだけ、必要になってくる気がするのです。悲劇のヒロインを演じる誘惑は常にあるけど、自ら望んだことならば、笑顔でこなしたほうがきっとずっとかっこいいと、わたしは思うのです。そしてそれがどうしても無理ならば、一度立ち止まって本当にそれが必要なことなのか、考えなおしてみてもいいんじゃないかとさえ思うのです。

せっかくがんばるんなら、かっこよくいきましょうよ。

021027 恋愛のゴール。

kaoruさんのBe Angelに、こんなセリフが出ていました;

「恋愛のゴールはね、葬式だよ。」

結婚が恋愛のゴールか否かはしばしば議論の対象となります。結婚がゴール、というのは、なんだか違うような気がしています。しかし、結婚がゴールでないとすればどこがゴールなのか。ちょっと気になっていたのですね。葬式だ、とは、なんていうかとても素敵な答えだと思ったのです。

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結婚がゴール、というのは、なんだか違うような気がする、とは書いたけれど、結婚によってその二人の関係に何らかの変化が生じるというのはなんとなく想像できるのです。でも、そんな中でも、恋愛めいた部分がどこかで続いてくれるといいなあ、というのはわたしの少女趣味でしょうか。

「どちらかの葬式までこの関係は継続させるつもりなのです。それまでお互い幸せに過ごせるよう努力していきましょう。というわけでこれからもどうぞよろしく。」なんていうのはいま一つムードに欠ける発言のような気がしなくもないですが、そういうつもりで関係構築の努力をするというのはとても望ましい姿であると、わたしには思えるのです。

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どちらかの葬式まで、ならば、現在20代だとしてあとせいぜい100年でしょう。ゴールはあるのです。似たような場面でしばしば誓われる永遠なんてものよりも、有限なぶんだけ、ずいぶんなんとかなりそうな気がするのです。

とりあえずはたどりつくことを目標に。そんな耐久レースに、常に参加中の人生も、悪くなさそうだなあ、なんて思っています。

021029 記憶をよびさます風景。

今週の金曜日から油絵を描くことになりました。絵の具を入れるケースが要るのでもよりのホームセンターまで買いに行きました。もよりといっても自転車で30分くらいかかるところにあるそのホームセンターに行くのは、さあ、3年ぶりくらいだったでしょうか。

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電車通りに沿って南へ自転車を走らせるとだんだんと町並みが昔風になっていきました。

果物屋とか乾物屋とか手芸屋とか。ガラスケースに割烹着姿のおばあちゃん。小さなスーパーが大音響で、いわゆる歌謡曲を流していました。

どこかで見た風景だなあ、と思ったのはそこ自体の記憶なのでしょうか、それとも、旅の間に訪れたどこかの街の記憶なのでしょうか。ひょっとしたら、わたしの持つ「ちょっと昔」のイメージにすぎなかったのかもしれません。

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そしてホームセンターの前に立つと明らかにそのホームセンターではない、別のホームセンターにおける記憶がふわっとよみがえってきました。となりにいた人とその時の会話と。そういえば気温も明るさもちょうどそのくらいだったのでした。

なんでもないことだったんですけれどね。

021031 強制された自主性という矛盾。

「自主性を尊重する」という旗印を掲げた教育が盛んになっているようです。「自主的に参加してください。態度は評価に含めます。」しかし、自主的な参加、すなわち自主性が評価の対象になるという状況に、違和感を感じてしまうのはわたしだけでしょうか。

例えば医学部では、授業はすべて必修です。単位を落とすと進級できません。よって、単位をとることは至上命令です。その単位の一部でも、「自主性」を見せることで得られるとするならば、そこに「自主性」があるかのように振舞うのは当然です。でも、それって本当に「自主性」なんでしょうか。

動機がなんであれ、「積極的に」何かをする、というのはいいことだと思うのです。でもそれを、「自主性を尊重する」という美名のもとに、強制するのは止めてほしいのです。わたしたちに選択肢はないのです。単位を落としてもいいなら選択肢はある?そんなの選択肢ではありません。

学生は自主的に勉強するかもしれません。でも、それは「自主性が評価されるから」起こることではないと思うんです。「自主性が評価されるから」自主性を装う、ことはおそらくあるでしょうけれど。

これこれをしろ、と言われるのがいやだ、というわけではないのです。自由にしていいと言いながら実際に自由にすることは許さない、と言われるくらいなら、キミたちに選択肢はない、やれ、と言われたほうがマシ、それだけなのです。

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そしてわが身を振りかえるに、ストレートに強制するよりも、「好きにしなさい」と言って相手にいうことを聞かせたほうが自分としては気が楽なのでした。相手に強制した行為の責任を、とらなくて済む気がして。

でもそれはやはり欺瞞なのです。いわれたほうはおそらく完全に見抜いているのです。

「権力」を持てば持つほど、自分のいうことに対して厳しくなければならない、スジは通さなければならないと、改めて思ったのでした。


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