淡々としていなくもない日常。>日記・雑記目次 >2002年4月の日記

◆2002年4月の日記◆

020404 帰ってきました。

3月1日朝家を出て、4月3日夜家に帰ってまいりました。Dr.N改めNoko(のうこ)です。

その間は、020228 わたしが旅に出る理由。で予告したとおり、四国で歩き遍路をしていました。簡単に言うと、一日十時間前後、だいたい30キロから40キロくらいを、ひたすら歩き、お寺にお参りするという生活を、続けていたのです。

四国八十八ヶ所、といいます。地図やお寺の情報については、ウォーキングページが参考になります。今回は、19番立江寺から番号順にぐるっと回って高知・愛媛を抜け、88番大窪寺までお参りし、最後に1番霊山寺に「お礼参り」して帰ってきました。1番から19番までは、おととしの夏、歩いていたので。

これからおいおい、遍路日記を連載していきます。取り急ぎご挨拶まで。もし何か質問などありましたら、下のフォームからお送りください。できる限りお答えし、サイトにも掲載していく予定です。

020408 引っ越しちゃいました。

3月1日の日付で、ジオから「FTP転送サービスの停止」を告げるメールが届いていました。

3月1日といえばわたしはもう四国へと出発したあとです。そのメールに気づいたのは、したがって、4月4日でした。英文だったのでさらにしばらくほっといてました。FTP転送を数回失敗した後になって、きちんと読んだ次第です。

ちょうど、以前使っていたアドレスが、「送信サービスの停止」とやらで、受信にしか使えなくなっていたこともあり、これを機に、我が家のプロバイダで、アドレスを取得することにしました。本日、登録完了との手紙が届きました。あわただしいのですが、引っ越しました。なおさなきゃいけないところはたくさんあります。少しずつなおしていく予定です。

これでやっと、遍路日記をアップできました。書いたぶんだけ、アップしてしまいますね。トップページには、一話ずつ、毎日載せていきます。反則かもしれませんけれども。

関係者各位には、これからメールを書きます。メールが届く前にこのページをごらんになった方もいるかと存じます。その方々には、無礼をおわび申し上げます。

020409 日常に復帰。

学校が始まりました。医学部3年以上は、全科目必修なので、始めからいきなり授業です。延長さえ辞さない勢いです。

今年からシステムが変わり、6月まで、いわゆる生理学・生化学を、集中的に履修することになります。細胞組織機能学というのだそうです。

どの教官も、「自分のやっている学問がいかに大切か、いかに本質的か」を熱く語ります。生理学は500年の伝統を誇り、生化学はここ100年の進歩を主張します。

今日は4コマずっと同じ教室で、時間毎に変わる教官の話を聞いていました。明日も4コマずっと同じ教室で、時間毎に変わる教官の話を聞くでしょう。そういえば、4コマ連続座学だなんて、何ヶ月ぶりでしょう。何年ぶり、だったりして。

「今年は例年に比べて、講義の時間が半分になりましたから、みなさんに自分で勉強していただかなくてはならない部分がたくさんあります。では、これこれは次回までに」…次回って、明日なんですけど。これから勉強します。

020410 セクショナリズム

今年から、「組織細胞機能学」なる科目が始まりました。医学科3年生は、6月の終わりまで、「組織細胞機能学」のみを履修します。平たく言えば生理学・生化学です。「次、一生理だっけ。先生誰?」いまひとつ、科目を統合した意味がわかりません。3日前まで生理学と生化学の違いがわかっていなかったという事実からは目をそらしておきます。

ひとつの科目のわりには、どうも連絡がうまく行っていないのを感じます。「神経細胞の構造は…」去年、いやになるほど聞いたんですけど。「mEqというのは…みなさん、高校で習いましたね」習ってません。「じゃ、昨日の某先生の講義内容の復習になりますが」その話まで到達しなかったんですが。「生理学と生化学の違いは…」あの、もう5回目か6回目です。そもそも、その違いを意識するまいと、一つの科目名に統合したのではなかったのですか?

さらに、いろいろ、計算違いもあるみたいです。「この講義をあの講義と一緒に行なうのはよくないですねえ。来年からは…」われわれに言うなよ、と思ってしまいます。

前途多難。しばらくは自助努力しかなさそうです。

020413 それは、義務ではない。

子の曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。
(論語 雍也編、貝原茂樹による)

上に、論語の一節を掲げました。どんなことでもすぐに義務だと思いこもうとする、自分自身への警告です。

「〜しなければならない」と思うと、やる気が起きません。でもやらなければいけない、と思う。やるのもストレスならやらないのもストレスという、マイナス/マイナスの葛藤に落ち込んでしまいます。エネルギーの無駄遣いですね。

四国から帰ってからのたったの10日で、ずいぶん葛藤をためこんだものだと、我ながらあきれております。せっかくリセットしたのに。できないわけじゃない、やりたくないだけなんですね。やりたくないから、やらない。でもやらなきゃいけない。気にかかる。ストレスがたまる。ああ、たいぎい。

◆◇◆◇◆

本当にどうしても「やらなければならないこと」なんて、実は結構少ないのではないかと、思いました。いま義務だと思っていることが、例えば義務ではなかったとして、と仮定して、じゃ、やる?と自分自身に問いかけてみると、案外、やる、と、答えが返ってくることが多いことに、気づきました。

結局、やっていることは同じかもしれません。でも、「やりたいから」と思うと、それは自分の選択ですよね。そう考えたほうが、まっすぐ前もしくはやや上を向いて生きられそうな気がします。

◆◇◆◇◆

そしてもっと、いろんなものを捨てても、いいんじゃないかと思いました。

四国を歩いていたとき、必要な荷物の少なさに驚きました。これだけ持ってれば、わたしはずっと、旅を続けられるんだなあ、その「これだけ」は、出発時に考えたよりずいぶん少なかったのです。

たぶん、わたしがいま心の中に抱え込んでいる荷物も、最低限よりずっと多いんですよね。荷物が多いと、それだけ負担が大きいのです。とくに、自らの力で遠くへ行こうとするときには。

「〜しなければならない」と思っていることを、整理しつつあります、今。

020414 自由というストレスそして可能性。

「ひきこもる 小さな哲学者たちへ」(小柳晴生著、生活人新書)を、本屋で立ち読みしました。この本のいいたいことを一行でまとめると、「豊かな社会で生きるのって、結構しんどいよね」ということになると思います。漠然と感じていたことを明確に文字にしてくれた感じがしました。

例えば本屋に行くとします。本がたくさんあります。どれを読んでいいのか迷います。読んでない本の多さにがっくりします。

「昔は本も手に入らなかったんだから」と言われても、実際のところ、本も手に入らない状況なんか、知らないのです。それどころか、本が売られると聞けばどんな本かも聞かずに走って行って並んだというその時代を、少しうらやましく思ったりするのです。足らないから飢えているというのは、わかりやすいじゃないですか。どうすればいいのかも、わかりやすい。たいへんかもしれませんけどね。「そうなんだよ、たいへんだったんだよね、あのころは」そう話すおじさんたちはちょっと、楽しそうに見えます。

◆◇◆◇◆

ある科学者が書いてました。彼が若いころ、いかに苦労して実験材料を調達したかの話をしたら、今の学生にうらやましがられたと。「僕らの時代に、そういうモチベーションって、ないんですよね。」焼け跡でもないのに焼け跡のつもりで、復興でもないのに復興のつもりでなんて、実際に焼け跡から復興するよりきっと難しいと思います。じゃあ日本をもう一度焼け跡にしますかって、そういうわけにはもちろんいかない。

◆◇◆◇◆

今ある食べ物が、自分の食べたい量より少ないとしますよね。当然、全部食べるでしょう。自分の食べたい量より多いとしますよね。すると、自分で、選ばなきゃなりません。どれだけ食べるか選ぶのは自分ですし、食べた結果は自分で負わなきゃなりません。

選ぶ余地があるとなると、話がとたんにややこしくなります。食べたいだけ食べて太ったりすると、「自制心のないやつ」とレッテルを貼られる、なんて事態が起きたりします。それも困るなあ、と、食べる量を減らしてみたりします。なんと、わたしって、基本的な本能であるところの食欲さえコントロールできるじゃないの、と、自分をほめてあげたりしてみます。そんなことをしているうちに、基本的な本能であるところの食欲なるものがどのようなものだったのか、わかんなくなっていくのですよねえ。

食べ物がふんだんにあれば、少なくとも生存は脅かされないよね、そう思いますか。昨今、女子高校生の数十人に一人は、思春期やせ症らしいですよ。実際のところ、生存に支障が出てきている人たちがいるのです。

◆◇◆◇◆

モノがない時代を経験した人にとっては、モノがない=しんどい、モノがある=しあわせ、という等式が自明だと思うのです。だって、「モノがない」で困っていたんでしょう。「モノがある」を目標としていままでがんばって来たんでしょう。いまさら、それは違います、なんて言われても困るでしょう。

でも例えばわたしにとってはそうじゃない。なかったらそれはそれでたいへんだけれども、いま直面している問題はモノがないということではない。「キミたちは恵まれている」と言い切られると、ちょっと疑問を感じてしまうわけです。モノはなくては困るしあったほうがいい。そしてその、モノがあるという状態は、たくさんの人が一生懸命働いて作り出したものなのですよね。それはわかっているのです。でも、モノがある=しあわせ、という等式は、わたしにとって自明じゃない。少なくとも現在のところは。

◆◇◆◇◆

「なにかが、足らない」という、「なにか」が明確でないから、なんとなくまったりとしてしまうのでしょうか。食べ物もある本もあるその他いろいろ。そう言えば、明確な物欲ってあんまりないかもなあ。

とすると。足らない「なにか」を特定することから、始めなければならない。

ひょっとしたらその「なにか」を特定する前に、もっと具体的な「なにか」、例えば食糧が、足らなくなるかもしれません。そのときはそのときで食糧に向かってエネルギーを注げばいいですよね。

足らないものを埋め合わせる以外のことができるというのは、実は結構すごいことなのかもしれません。どこまで行けるか、乞うご期待、ですね。

020415 「この世で一番短い呪とは、名だ」

この世で一番短い呪とは、名だ。(陰陽師、夢枕獏、文春文庫)

四国を歩いていたころからときどき、この一文が頭に浮かんできます。気になっています。

「陰陽師」でいうところの「呪」とは、要するに、いろいろなものにいうことを聞かせるための言葉だとわたしは理解しています。名前を呼んで応えたとしたら、そのものはこちらの言うことに従わなくてはならないというのが、原則のようです。

◆◇◆◇◆

あるものが、そこにあると意識するということは、名前をつけるということなのではないかと、思います。とりあえずは、「机の上にある白い何か」でもいいんですよ。「このなんとも言いようのない感情」でもいいんです。ひょっとしたら、記号でもいいのかもしれません。

名をつける、の意味をそのように広くとったところで、わたしがその名を知らないような人はこの地球上に50億人くらいはいるでしょう。わたしがその名を知らないような生き物だって物質だってその他いろいろ、それこそ無数にあるに違いありません。

しかし。わたしがその名を知らず、また、どのような意味でも名をつけていないような人やものというのは、つまり、わたしがその存在を知らないということになりはしないでしょうか。そしてそれはある意味においては、わたしにとって、存在しないと同じであると言えると思います。これは、永久に存在しないという意味ではありません。次の瞬間には、存在するようになるかもしれないけれど、今のところは存在しない、ということです。

いまわたしが大いに時間を割いている医学の勉強を例にとりましょう。今日、dolicholという脂質が存在することを知りました。わたしが知ろうと知るまいと、dolicholはあったんですよ。でも、今日の午前10時ごろまで、わたしにとってdolicholは存在しなかった、そういう言い方もできるんじゃないかと思うのです。

◆◇◆◇◆

一度つけた名前を思い出すとき、意識のなかにそのものなり人なりを、呼び出しているわけですよね。

わたしが意識するからこそ、わたしにとってこの世界はある、と考えるならば、名前を思い出す=意識のなかに呼び出すという、その等号は、一番始めにあげた「呪=名」の等号に、とても近いような気がします。

020416 バックグラウンドレベル

「医学を選んだ君に問う」という題名のエッセイが、朝日新聞に載っていました。「よく学び、よく学べ」(誤植ではありません)という、なかなか厳しいお言葉でした。

ふと、研究室時代を思い出しました。あのとき、人生で一番、勉強不足を感じました。若いのだからしょうがない、とはいえないんですよ。教科書2冊を読んだだけで大学院入試を乗りきったつけでした。当然読んでいるべき教科書を読んでいない。生物学で大学を出たならばいくらなんでも知っているべき生化学的事項を知らない。器官の名前が出てきてもそれがどこにあって何をしているのかわからない。ごくごく狭い領域を除いては、生物選択の高校生以下の状態でした。そういうことが、毎日毎日後から後から出てきました。日々の実験もあるなか、当然、追いつきません。論文の抄読があたったときなどに集中して取り組んではみたものの、とても全体を網羅するまでには至りませんでした。

学ぶっていっても知識の集積にすぎないのに、なにが実力だ、と、ともすれば思ってしまいます。詰め込み主義反対、の延長線上で。でも、単なる知識の集積だからすぐに取り戻せるかというと、なかなかそうも行かなかったりするのですよね。実力と知識とは何の関係もないってわけじゃない。もちろん、ただ詰めこんだだけの知識は役に立たないかもしれないけれど、例えば言葉だって、知らなければ使えない。英語の実力が、語彙と切り離しては語れないように、学問における実力も、知識と切り離しては語れない。

そういえば帚木蓬生は、「頭蓋に立つ旗」で、石郷教授に、「すべての学問は、つきつめれば暗記なのだ」と言わせていましたっけ。

020419 信頼関係の崩壊。

4月19日付の、「うさぎの憂鬱な日々」を読んで、どきりとしました。

たったの一言で、信頼関係が壊れてしまうことがあるのですよね。こちらが何をしたかよくわからないうちに、相手が離れていってしまうこともあります。

◆◇◆◇◆

あるひとに聞いた話です。彼女はしばらく前、彼女の妹と旅行に行きました。旅行中、妹の態度にたいへん腹を立てました。その結果彼女は、妹と連絡をとらないことに決めました。妹は、何も伝えられていません。腹を立てているようだとは気づいているかもしれませんけれど、確かめる術はありません。

彼女によれば、気づかないほうが悪い、となるのでしょう。妹の感情を害するという危険をおかしてまで、自分の気持ちを伝える気には、なれないのかもしれません。

◆◇◆◇◆

相手のすることが気に入らなかったとして、それをとがめるには、エネルギーがいります。相手に対して思い入れがないとできないことだと思います。子供のころしばしば、「おこられるうちが花よ」と言われました。そのときはとても理不尽に感じたのですけれど、今になってみると、その通りだなあと思います。

誰々は、これこれの事情で気に入らない、近寄らずにいようと思う、と、聞かされることがあります。本人には何も伝えられることがないのでしょう。わたしだって、ちょっとね、と思いながら、何も言わずに遠ざかることは、しばしばあります。

関わりがなくなってもいい、と思ってしまったら、もう、何も伝える必要はないのですね。それでも関わりを続けようと思うから、文句を言ったり怒ったり泣いたりしてみるわけで。

◆◇◆◇◆

何も言わずに離れていった人は今までもいたし、これからもいるでしょう。わたしには理由が見えないこともあるでしょう。それは、悲しいけど、仕方のないことでもあると思います。誰しも、日々少しずつでも変化していきます。そして日々、新しい人に出会います。そんななかで同じ人とずっと、というのは、とても貴重なことでありましょう。

そんなふうに考えを進めてくると、今、わたしのまわりにいる人達が、愛想をつかすでもなくまわりにいてくれるというのは、とてもありがたいことだなあと思うのです。ありがたい、の、もともとの意味において。

020420 自分より他人の方が正しいという幻想

「たまごにっき」で、「医学を選んだ君に問う」が、取り上げられていました。

これを読んで、「やっちまった!」と、思いました。

日頃「ほんとうにそうかい?」と、とくにマスメディアで流される情報に対しては思っているはずなのに、その警戒心を全く解いていたなあと、思ったのですよ。考えた上で、それもそうだな、と思ったのではなく、何も考えずに、そのとおりだ!と賛成してしまったのでした。危ないなあ、と思いました。

◆◇◆◇◆

他人のいうことを、少なくとも瞬間的には、もっともだとうのみにしてしまうことが、不当なまでに多いのですよ。

だから、どうでもいいところで疲れたり落ち込んだりします。そこは疲れるべきところではない、わたしのことを言っているところではないとわかっていても、一瞬ぐさっとくる。

そして、とっさに意見を求められると、相手のいうことをそのまま返してしまったりします。おまえの主体性はどこにあるんだ、という感じですね。やっぱりおかしいなあと思うのは、しばらくあとになってからです。

だから最近、電話が苦手です。アドリブが、いまのわたしにはできないからです。メールでもしんどいくらいです。自分の日頃考えていることならばいい。考えていることを考えているように話すだけならばいい。でも、とっさには、相手の言うことに反論できない。時間をくださいと、そのくらいはとっさに言えるように、ならなきゃですね。

◆◇◆◇◆

ちょっと、ごめんなさいモードです。4月・5月は例年、調子が悪いので、今年もそうなのでしょう。今日はほとんど、寝たり起きたりでした。身体もすっきりしないのです。

調子は上がり下がりするものであり、いずれはまた調子がよくなるということはわかっておりますので、今のところはこんな感じで。

020421 靖国神社

小泉首相が、靖国神社に参拝したそうですね。

首相が靖国に参拝するか否かは、毎年、問題になります。こないだなんか中国の主席が「やめなさい。」と、日本語で言っていました。

参拝すればいいと思うのです。命がけで日本を守ろうとしてくれた彼らに対して、国家が礼をつくすことは、当然だと思うのです。

確かに、まつられている人達には、戦犯と呼ばれる人達が含まれているかもしれません。でも彼らは、日本のためと信じて、戦ったのでしょう。正しかったかどうかはわかりません。明らかに正しくないことはたくさんありました。必ずしも日本のためになったとは言えない作戦も、たくさんあったと思います。そして、望んでいないのに戦争に駆り出されてしまった人もきっといたことでしょう。それでも、彼らは、日本のためと信じて、戦った。信じていなかった人も、戦わざるをえなかった。例え、彼等のしたことが今考えたら間違っているとしても、当時の彼らに、それを予期せよというのは、酷なのではないかと思います。

「あなたたちが命がけで守ったこの日本を、これからも繁栄させていきます。あなたたちの犠牲のその上に、現在のわれわれのこの豊かな生活があるのです。あなたたちは、今の基準から見ると必ずしも正しくなかったかもしれない。でもわたしたちは、そこからたくさんのことを学んだのです。あなたたちなくしては、今のわたしたちはなかったのです。」それくらいは、言って当然だと思うんです。そういうのって、愛国心の、源だと思うのです。国のために戦った人達に対して哀悼の意さえ示せない国のために、どうして働こうと思えるでしょうか。

日本のためと信じて戦った彼らの霊に、礼を尽くすことは、彼等と同じことを繰り返そうという考えとは全く別のことだと思うのです。

020423 成仏できない。

生理学実習で、カエルを虐殺してきました。カエルを殺して、皮と神経をとるのです。班で一匹のカエルを殺す役は、当然のように、わたしにまわってきました。「カエルなんかよくさわれるね。俺ぜったいさわれんよ?」「あのさあ、誰もやらなきゃいつまでたっても実験おわんないんだよ?」こんなことだから、カエルを殺す役が回ってくるのでしょうか。

ものすごくブルーです。たった一本の神経のために、カエルをまるまる一匹殺さなくってもいいじゃないですか。無益な殺生ですよ。これでもう、わたしは、成仏できないことが決定しました。せっかく四国で功徳を積んだのに。

明日は二匹カエルを殺します。般若心経でも唱えて、寝ることにします。

020428 ただだらだらと読書をしてみる
/WISH YOU WERE HERE

ここしばらく、文章を書こうとしてパソコンの前に座っても、ほとんど何も書けませんでした。ならば、と本を開くと、いくらでも際限なく読めるのでした。全く目的なく読んでいる本ばかりではないですけれど、次から次へとただ、活字を脳に流し込む感覚は久しぶりで、かなり気持ちよかったです。必要だから、というわけではない、というのが、こんなに楽しいとは思いませんでした。

◆◇◆◇◆

金曜日に、学校及び県立図書館で、調べもの用の本を計8冊借りてきました。そのうちの7冊を読みました。これは、インターネットチュートリアルのための、老年痴呆についての勉強です。さらに今日の午後、本屋に行って2冊の本(冷静と情熱の間)を立ち読みし、立ち読みした本は買わずに他の本を4冊買いました。買った本のうち、2冊はすでに読みました。

本屋や図書館で、興味だけを基準に本を選ぶというのも、習慣なのだと思います。しばらく選ばないと、やっぱり選びづらくなります。活字自体は、読んではいるのです。でも、それは、教科書だったりもうすでに何度も読んでストーリーがわかっている小説であったりします。いずれにせよ、何が書いてあるかはわかっているのです。

全く予測もつかないものを読むということを、しばらくしていなかったなあ、と思いました。もっと正確に言えば、読んだことのないもの、予測のつかない著作に、投資することがなくなったなあと、思いました。そんなに忙しいのかといえばそうでもありません。単に気持ちの余裕がなかったみたいです。そんな、時間の無駄なんかやってられない、と、思っていたみたいです。本なんか読まないほうが有益な生活が送れる、と、思っていたような思っていなかったような。

◆◇◆◇◆

日頃、本なんか読まなくていいと言っているわりには、読んでないと不安になります。開き直って、読めるときには本を読むことに、しようと思いました。

読書に限らず、わたしには、自我理想というのでしょうか、「こうあるべき」な自分の姿が、あまりに具体的にイメージされすぎている傾向があるように思います。たいていは、単に自分と反対の人格を思い描いてそれを自我理想としているようです。そして、そのイメージに、なんとか自分を当てはめようとやっきになってしまう。ギリシャの、旅人をベッドに寝かせて、足が短すぎれば引き伸ばして殺し、長すぎればベッドの端のところで切って殺したという、宿屋の伝説を思い出します。わたしの自我理想はいつだって、身の丈には合わないのに。

◆◇◆◇◆

街に出たついでに、PINK FLOYDのアルバム、"WISH YOU WERE HERE"も買ってきました。今聞いています。なんで今まで買わなかったんだろう?PINK FLOYDのなかで、一番好きなアルバムになりそうです。

How I wish, How I wish you were here.

一生懸命呼びかけている感じが、今の気分になぜかぴったりです。

020429 わかってくれ、とか、わかってくれなくていい、とか。

実習中、今ひとつ調子がよくありませんでした。ずっと、いらいらしていました。結局、「誰もわかってくれないんだもん、いいもん」の一言に尽きるのではないかと思います。

学年において、わたしは「授業内容・実習内容を理解している人。聞いたらわかりやすく教えてくれる人」ということになっているみたいなんですね。とくに実習中は、実験のやり方に始まって、データ処理、課題文の意味、ありとあらゆることをいろいろな人から聞かれました。それはそれでかまわないのです。わたしにわかることならば、聞いてくれればいつでも付き合うつもりでいます。

そう、頼られるのは別にかまわないんですよ。「授業内容・実習内容を理解している人。聞いたらわかりやすく教えてくれる人」であることは、決して悪いことではありません。かくありたいと、つねづね思っています。

でも。「Nokoさんでも、わからないことってあるんですか」なんて言われてみたり、「Nokoさん、なんでそんなに何でもできるん?苦労がなくて、いいよね」なんて言われると、なんだかさみしくなってしまうのですよ。いったいどれだけできないことが多いか、どうして見えないのかなあ、と。

確かにわたしは、「できない自分」を見せまいとある程度肩肘張っていますから、「何でもできる」と見られるというのは、ある意味作戦成功、なのかもしれません。そういうふうに振舞っていながら、「何でもできる」と見られることに不満を持つというのは、きっと理不尽なんだろうなあ、と思います。

誰もわかってくれないんだもん、いいもん、とすねている自分を他人の目で観察すると、ちょっと笑えました。笑ったら、元気になりました。

020430 わかってないことが多すぎるんだよキミは。

昨日の日記で、「Nokoさんでも、わからないことってあるんですか」なんて言われた、と書きました。それを読んだ某氏いわく、「わからないことってあるんですかどころではなく誰でも知っているごく当たり前のことで知らないことが多すぎるんだよキミは」なのだそうです。おお、わかっている人はわかっている、世の中捨てたもんではありません。

そういえば、「つきあたり」や「最寄り」ということばの意味は高校生になって知りましたし、ミキサー車がコンクリートを一から混ぜるためにあるのではないということも、ごく最近知った気がします。

一般常識って、習得が難しいですね。


淡々としていなくもない日常。>日記・雑記目次 >2002年4月の日記