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◆2002年10月の日記◆

011014 地理は苦手。

今回のノーベル平和賞受賞者は、ガーナ出身ということですね。

母: 「ガーナって、南アメリカだったっけ」

N: 「…アフリカでしょう」

母: 「ああ、ガーナチョコレートってあったよね」(だから何?)

今回に限らず我が家では、この手の恥ずかしい無知がしばしば、自信たっぷりに披露されます。もちろん母だけではなく、わたしも地理は苦手です。父は口を出しませんけれども、彼だってわかっていないに違いありません。例をいくつか。誰の発言だったかは、伏せておきます。

「あのさあ、金沢県って…」(県庁所在地は石川市?)

「島根県と鳥取県、どっちが右だったっけ」(右って何)

「島根ってさあ、松山市があるほうじゃない?」(愛媛県松江市?)

これでは。「日本ではまだみなが和服で生活している」くらいに思っている人が地球上に何人いるか、わかったものではありません。世界地理編もいろいろあるのですけれども、それはまたのちほどにでも。

011021 ひっこしました。

ジオといろいろありまして、というか、ジオにいろいろありまして、引っ越しました。と言ってもジオと縁が切れたわけではなく、アメリカのジオに移籍しました。

ブックマークしてくださっていた方は、ぜひ、ブックマークの変更をお願いいたします。

また、これまで使っていた掲示板も、10月28日をもって、サービスを中止するとのことです。これを機に、掲示板は置かないことにしました。最近エネルギー不足のことが多く、迅速にして充分なレスができないことが多いからです。

011022 チュートリアルと上顎癌。

最近、岐阜大学医学教育開発研究センター(MEDC)なるところが主催する、楽位置楽The Tutorialというものに参加しています。一言で言うと、インターネット(おもにメーリングリスト)を使った、チュートリアル教育です。

チュートリアルというのは…小人数の学生がグループを作り、議論しながら学習を進めていくことです。議論によって自分の学習したいテーマを決め、自分で勉強します。チューターがついていて、議論の方向をある程度指導します。この、オンラインチュートリアルでは、やりとりはメーリングリストで行ないます。疑問が出てきたらそれを調べて発表する、などなどです。

で、今わたしが参加しているのは、「あなたならどうする?」というコースで、色々な状況の患者さん、あるいは患者の家族の立場から、直面した問題を考えてみるというものです。で、現在のシナリオ(これに基づいて議論を進める)が、上顎癌の患者さんについてのものなのですね。上顎癌で、拡大上顎全摘手術をするという、50歳の女性です。

拡大上顎全摘手術というのは、眼窩内容(眼球)と、上顎骨、その上の組織を取り除いてしまう手術です。

さて上顎骨はどこにあるか。だいたいの場所は…目じりから口の端まで直線を引きましょう。両目の目じりをつなぐ線と、口を閉じたときの線、それと、目じりから口の端までの直線で、四角形ができますね。そこから、鼻のある部分をのぞくと、それがだいたい、左右の上顎骨がある位置です。片方の上顎骨なら、正中線で分ければいいです。ちなみに、口の中の、「口蓋」(上の歯の内側。舌でさわれる硬い部分)も、上顎骨です。

つまり、目から上唇までごっそりなくなってしまうわけです。なくなったあとには、お腹や太ももから筋肉を移植します。

えらいこっちゃ、というわけで、「いったいどんな病気なんだ」「どういう手術なんだ」「受けたら治るのか」「治るといってもどうなるんだ」などなど、議論は盛り上がっております。

事実に基づいたシナリオかどうかは知りません。しかし、上顎癌の患者は、現在日本国内に2000人くらいいると、聞いたことがあります。広島市内だけでも、20人くらいいる計算になりますね。最近は治療法も進歩して、目立たないように治療できるようですけれども、進行してしまうとそれも難しいでしょう。早期発見の難しい癌だけに、今もなお、このような状況に置かれてしまう人は、数人はいることと思います。

画像は添付されていなかったので、わたしも、図書館に行って「上顎癌」(酒井俊一著、金原出版株式会社、1974年発行)という本を借りてきました。もう少し新しいのがよかったのですけれども、なかなかきちんと書いてある本がなかったのです。古い本だけあって、写真はたくさんありました。中でも、手術したものの長いあいだたって再発し、お亡くなりになった患者さんの、剖検時の写真は、目に焼き付いて離れません。

「こんな手術受けるくらいなら、死にます」なんて言われたら、それでも手術を勧めることが、私にはできるだろうか、そう思いました。

でもほうっておいた場合を調べてみて、考え直しつつあります。

状況を簡単にまとめると、鼻が詰まって口が開かなくて顔や口の中、鼻の中の変なところが膨らんできて、目が飛び出したりして耳が聞こえなくなって口が開かなくなったりして、顔や歯が痛くて、涙や鼻水が止まらない、と言うところでしょうか。三叉神経の圧迫による痛みは、激痛だと聞いています。また、上顎癌が進展すると、骨が破壊されますよね。これも顔面変形の一因となるでしょう。その上、皮膚に広がる可能性もなきにしもあらずです。局所症状として、皮膚着色、硬結もあるそうなので、これも顔の様子を一変させてしまうかもしれません。

もしも手術を選択しない、とした場合、 「もし手術を受けていればあんなこともこんなことも」 と思ってしまうかもしれません。

もしも手術を選択した場合、例えば失敗してしまったら、 「あのとき、医師の勧めに負けたばっかりに」 と思ってしまうかもしれません。

しかしこの手術が、ある程度成功する可能性が高いものであるならば、 やるだけのことはやった、と思えるまでは、積極的に治療したほうがいいのですかね え。あきらめて天に身を任せてしまうには、まだ若すぎるような気もします。

正直なところ、よくわからないのです。考えています。

011023 Everything (it's you)

Mr. Childrenの「Everything (it's you)」が頭から離れません。サビの部分ね。

STAY ─ 何を犠牲にしても 守るべきものがあるとして
STAY ─ 僕にとって君が それにあたると思うんだよ

「何を犠牲にしても守るべきもの」、わたしは今、そのようなものを、持っているでしょうか。「失うものは何もない」、そんな状態にあこがれた時もありました。しかし今は、守るべきものがある強さに、よりひかれています。

011025 右上第7番と本間先生。

今朝、定期検診で歯医者に行ったら、歯を抜かれてしまいました。前々から気にはなっていたのですけれども、このところ痛みと共存することに成功しつつあったために、なんとなく忘れていたのです。

で、その抜かれた歯というのが、右上の7番。歯の数は人にもよるのですけれども、標準的な大人で、親知らずを入れずに28本生えるとのことですから、いちばん奥の歯ということになりますね。

さて、歯を抜く、というと、「いったいどれだけほっといたんやお前」って感じですけど、言うほどではないのです。場所柄、たいへん治療しにくかったらしい(歯と歯のあいだが病巣)ことと、実は対合歯(かみ合せるべき歯)が存在せず、伸び放題だったこと、その二つの理由により、抜かれたのでした。このままほうっておくとどんどん伸びて(!)あごの運動に支障をきたすかもしれないとのことだったのです。レントゲンをとってもらって、問題の歯(右上第7番)が他の歯より2、3mm突出しているのを見たときには驚きました。ところでどうして対合歯が存在しないのだろう、と考えたら、そう言えばわたしは葉の矯正のとき、下の奥歯を抜いたのでした。某大学歯学部口腔外科で、まだ歯根も形成されていない親知らずを、下顎骨を砕きつつ引っこ抜かれて泣いた話はまあさておくとしても、そういえばいわゆる奥歯も抜いたのかもしれません。どう数えても、左右6本ずつしかないのです。こんなところで昔の矯正の影響が出てくるとは。無茶なことをしてはいけないなあ、って、もし矯正をしなかったら、今ごろわたしは恐らく、受け口のままで悩んでいるとは思うのですけれども。

さて、わたしの通っている歯医者さんは実は小児歯科なのですが、腕は確かで、雑談を入れて計1時間ぴったりで、全ての処置が終わりました。麻酔の効いたまま、「知覚麻痺ってこんな感じなのね。おおそうだ、三叉神経の枝の上顎神経、後上歯槽神経か」「いやしかし、右あごの皮膚も麻痺しているということは、麻酔液が漏れて舌やその周辺が麻酔されたな」などと日々の解剖学的知識を実感しながら、自転車で爆走(歯を抜いた直後に!)、2コマ目のドイツ語にはなんとか間に合いました。

抜いた歯は頂いて帰りました。たて3mm、よこ4mmくらいの穴が、ぽっかりとあいています。歯髄も見えていて、こりゃ痛いわ、という感じでした。その歯は一度、昔治療を受けたことがある歯で、何かはよくわからないのですけれどもパテのようなもので表面が固められています。正直、あんまりきれいじゃないです。技術がどうこう、ではなくて、恐らく、技術自体の限界なのではないかと思います。それに比べて、「自前の」歯の、なんと自然なことか。自然なんだからあたりまえなんでしょうけれども、人為的操作、ってやつの無理、ってやつを、なんだか実感したような気がしました。単純すぎる自然礼賛は危ないと知りつつ、敢えてここはそのように主張します。そしてこんな言葉を思い出しました。

「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」

これは、手塚治虫の「Black Jack」で、本間先生がブラックジャックに言い残す言葉です。

011027 コンビニ閉店。

そういえば日々、学校への行きかえり、寄っていたコンビニがこのところ、3軒たて続けに閉店しました。飴を買ったりビッグコミックスピリッツの「最終兵器彼女」を立ち読みしたりと、わたしの心のオアシスだったコンビニです。これで、学校からバイトに直行する際、少しばかりのおやつを買って、という楽しみがなくなってしまいました。「最終兵器彼女」も最近、読んでいません。ひょっとしてもう終わってしまったかしら?

それら閉店してしまったコンビニはすべて、地元の小さなコンビニで、やっぱり大手のほうが強いのかなあと、たいへんさびしく思っています。特に歴史のある店というわけではなくちょっとしたコンビニです。とるに足らないセンチメンタリズムにすぎないだろうとは思うのですけれども。

011028 C-mailと三十一文字。

わたしの携帯電話はauです。au同士なら、C-mailというサービスが利用できるようになっています。50文字以内(半角なら100文字以内)のメッセージを、電話番号のみでやりとりできるサービスですね。わたしの場合、C-mail着信音は目玉の親父の声「おい、鬼太郎!」であり、学校では絶対にマナーモードにしています。そう言えば待ち受け画面も目玉の親父。こないだまで筆箱にも、目玉の親父マスコットをつるしていました。…えっと、今日の日記のテーマはもちろん、目玉の親父についてではありません。

本題に戻りましょう。C-mailというのは、さっきも述べたように、50文字なのですね。送信も受信も手軽(EZwebは起動に時間がかかります…わたしの電話だけかもしれませんが)で、送信は一通3円、受信は無料です。まあ、たいへん便利なサービスであると言っても問題はないでしょう。

しかし、手軽なのはいいのですけれども、送れるのは50文字。しかも、パソコンのキーボードに慣れている身にとっては、携帯電話で文字を打つのはたいへんです。いきおい、「おはよう」「寝てる?」「今から解剖」などの、短いメールが多くなります。

ある意味ではその短さも、長所の一つではあるのでしょうけれども、時々なんともさみしくなります。こんな意味のない(ないわけでもないかもしれないけれど)片言を交換していて何になるのかと。そしてそのようなやりとりが続くと、つい、一文字の違い、たいへん微妙な文字使いに、意味を読み取ろうとしてしまいます。かえって疲れきってしまうような、そんなときもあります。

短歌というものがありますよね。三十一文字の、あれです。「あなたと読む恋の歌百首」(俵万智、朝日新聞社)など眺めていると、わたしでもいいなあ、と思えるような歌が何首もあります。

赦せよと請うことなかれ赦すとはひまわりの花の枯れるさびしさ
いつかふたりになるためのひとりいつかひとりになるためのふたり
ゆるされてやや寂しきはしのび逢ふ深きあはれを失ひしこと
あやまてる愛などありや冬の夜に白く濁れるオリーブの油
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

こういう歌を眺めていると、ああ、短い文章に込める情感というやつも悪くはないなあとしみじみ思います。一文字にこだわり、雰囲気を的確に伝える。不可能では、ないのですね。長い文章ではかえって伝わらないなにかが、伝わるような気もします。

しかしそれでもわたしには、やはり三十一文字は少なすぎます。五十文字でも、しんどいです。では何文字なら充分であると思えるのか。ひょっとしたらわたしが感じているのは、文字情報しか伝わらない、メール自体の限界なのかもしれません。

C-mailにおいて確かなことは─送信の瞬間、相手が自分のことを考えている、おそらくそれだけなのでしょう。ならば、それだけを確かめる道具として、割りきればよいのでしょうか。

011030 試問が終了して自分の余裕のなさを振りかえったりしてみる。

心に余裕を取り戻さねばなりません。最近、「やな奴度」が急上昇して困っています。高飛車になること、サディスティックになること、わかった振りをすること、偉そうに振舞うこと、わかって当然といった態度をとること。そのくせひと目は気にしている。

どこかで、「実はいちばん罪深いのは、体力がないことと、それを自覚しないこと」であると、読んだことがあります。「あたし、丈夫だから」…それは自己に対する大いなる誤解なのかもしれません。日頃何がしかの体力の余裕によってカバーされている欠点が全部露出されているような、わかっていながらなかなか止められない、ちょっとしんどい状況です。落ち着くまで引きこもりたいです。でも、学校には行かねばなりません。ここで負けては、いけないのですが。


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