淡々としていなくもない日常>>遍路日記目次>>03月30日

03月30日

ほ志川→71弥谷寺→72曼荼羅寺→73出釈迦寺→74甲山寺→75善通寺→76金倉寺→77道隆寺→78郷照寺 25km


弥谷寺は階段のかたまり

朝6時に旅館を出て7時ごろ弥谷寺の敷地に着いた。意外と早いな、と思っていたら、「八合目」の立て札が見えた。山だなんて聞いてない。「山門まで300メートル、納経所まで700メートル、本堂まで1000メートル」いったいどういう寺なんだ。

山門に到達して意味がわかった。階段で構成されているのだ。ここは橋じゃないから杖をついていいよね、つかないと登れないよ、というほど、いわゆる階段が続く。納経所では荷物を預かっていただいた。確かに景色はいい。竹が多くてなんだか中国の水墨画みたいだ。しかし本堂を納経所から眺めると、あんなところまでいくのかとため息が出る。実際、本堂にお参りせずに寺を後にする人が多いらしい。そりゃそうだ。登りたくても登れない人がいそうなレベルだ。

寺から出てしばらくの道が、昔ながらの遍路道で、歩いていてとても楽しかった。

Y氏との遭遇

曼荼羅寺と出釈迦寺の間で、お茶・うどんの接待が行われていた。お茶をいただいて出釈迦寺にお参りし、うどんを頂きに店に寄ってみた。歩き遍路にはうどんを接待する、と書いてあったからって、わざわざそのために店に入っていいのだろうか。しばらく迷ったが空腹だったので入ってみることにした。

ゆでるのに15分かかるとのことで、そこにいたY氏と話をしていた。意外なことに、地元トークで盛り上った。ごく近所の某スーパーが通じてしまって呆然とした。 うどんは釜揚げで、だしを少しずつかけながら食べるタイプだった。「贈答品としてものすごい人気なんやで」確かにおいしかった。

礼を述べて店を出ると、Y氏が車で追いかけてきて乗せてくれた。話しているうちに出身大学が同じであることがわかった。夕食をおごってくれるという話になった。

善通寺

Y氏にふたたび礼を言い、甲山寺に参拝してから、善通寺に向かった。

善通寺は、これまでとはけた違いに大きい寺だった。寺といっていいのだろうか。あまりに広くて何がなんだかわからなかった。広いだけの寺なら他にもあるけれども、ここは建物も多い。多いだけでなく豪勢である。そして人が多い。遍路ではなさそうな普段着の人もたくさんいる。地域の人だけでなく観光客も多い。あふれている。

同じ八十八ヶ所を名乗っていてどうしてこうも違うんだろう、と、これまで参拝した、こじんまりした寺を思い浮かべた。「その土地に生まれたときから住んでいるおばあちゃん」たちと遍路だけが参拝するような寺のほうがわたしは好きだ。でも、例えば寺の人たちはどう思っているんだろう。たくさん人が来たほうが嬉しいかもしれない。

方向音痴の本領を発揮して、寺の中で道に迷った。

お大師様の絵

郷照寺の門前には、絵を描いている男性がいた。門をくぐるときにのぞきこむと早くお参りしてこいと追い払われた。門を出るときにもう一度覗き込みしばらく話した。お大師様の絵を描いているという。太陽、すなわちお大師様の見えるところならどこでも描くといっていた。くるんくるんと楽しそうな線で描かれた、丸々としたお大師様があちらこちらにいた。

かばんに描いてあげようといわれてかばんを差し出した。描いてからその絵を眺め、女性の顔が浮かんでいるのを指して千手観音だと言った。誰にでもひとつ仏様がついていて、わたしのそれは千手観音なのだそうだ。真言は、「きりぃく」。千本の手を持ち、地獄道で、あの手この手で人々を救う仏様である。その意にかなった生き方をするように、ということなのだろう。

Y氏そしてIさんとの夕食

某公園にてY氏に拾ってもらった。話をしていて、この人は天才だと思った。わたしの持っている空海のイメージにぴったり、なんてことは遍路が言うことではないのかもしれないけれど。論理と直感で、宗教とか歴史とかそういうもののまんなかへんをすっと言い当てられる人だ。そういう頭のよさを持った人にはこれまで数人、会ったことがある。相槌を打つのがせいいっぱいで、出会いって面白い、と思いつつ、自分の知識の少なさ、底の浅さにうんざりもした。ちゃんとした本をもっと多く読もうと思った。

Y氏はIさんという人と先約があるということだったので、その二人の夕食にわたしも混ぜていただくかっこうになった。初対面もいいところなわたしが混ざっているにもかかわらず二人とも振る舞いがとても自然で、そういう軽さみたいなものを身につけたいと強く願った。


前の日へ次の日へ

淡々としていなくもない日常>>遍路日記目次>>03月30日