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03月24日

民宿上松→鎌大師→54延命寺→旅館松里(愛媛県今治市)38km


人の話はちゃんと聞くこと

みかん畑の間を、どんどん登っていく。それまで頻繁に出会っていたへんろマークが、ぱったり見当たらなくなった。ひょっとして道を間違えたか、それとも一本道だから道しるべがないだけか。

「番外の寺にいくの?」みかん畑にいるおじさんから、声をかけられた。番外の寺なんて、このへんにあったかしら。鎌大師のことかな。「こっちへ行ったら、鎌大師につきますか」返事は返ってきたけれど、意味がよくわからない。杖大師?なんだそれは。いずれ着くだろう、と判断し、礼を言って歩きつづけた。

おかしい。こんなに登りつづけるはずがない。あれ、工事現場がある。へんろマークがない。ここまで来てないはずがない。

結局、10分ほど歩いて引き返し、同じおじさんに、今度はきちんと、鎌大師までの道を教えてもらった。畑の中を突っ切ると、すぐそこだった。

鎌大師に着きました

鎌大師はもちろん、八十八ヶ所に含まれていない。寄ることにしたのは、3月21日に泊まった門田屋で、同宿の男性に勧められたからである。堂守の妙絹尼なる方が、たいへん素敵なひとであるから、会ってみるとよい、と。いずれにせよ通り道である。行ってみよう。

さて、着いた。お堂にお参りもした。境内に、家がある。あれが、妙絹尼さまがいるところだな、と判断する。でも、呼び鈴を鳴らして呼びつけたりしてよいものであろうか。何の用だといわれても困る。用事は、ない。

5分間、ベンチに座っていた。出てこない。あたりまえか。たまたま出てくるなんてこと、期待するほうがどうかしている。誰かのエッセイに、妙絹尼さまに会ったとあったな、あれって呼び鈴鳴らしてたっけ。鳴らしてたような気がするなあ。 まあいい、出てこなかったらそれはそれでいいや、と、呼び鈴を鳴らした。

妙絹尼さま

チャイムを鳴らしてしばらくすると、上品な顔立ちの、小柄なおばあさんが出てきた。玄関からではない。どうも、庭にいらっしゃったらしい。

お納経ですか、と聞かれた。そうか、納経という用事がありえたのか、と、ハイと答える。実は会ってみたかっただけで、そのあとのことなど考えていなかったのだ。なんだかあわててしまった。「いや、えっと、道中会ったおじさんに、鎌大師に素敵な尼さんがいるから、ぜひ会っておけと、言われたんです」思わず本音を付け足してしまった。蛇足である。こんなこと、言われても困るに違いない。

バケツを持っていらっしゃったので、「お手伝いしましょうか」と申し出る。水を汲んだバケツを、玄関まで運んだ。さてこれから私はどうすればいいんだろう、と、立っていると、そちらからお入りくださいと、玄関を開けてくださった。

花へんろ一番札所

我ながら怪しい訪問であったと思う。穏やかに迎えてくださったのはたいへんありがたいことだ。

納経をお願いします、というと、御礼参りのページの次のページに、きちんと袈裟をつけてから、書いてくださった。「山号も何もないですからね、お堂の住所を書いているんですよ」ちなみにここの本尊は、弘法大師自作の、弘法大師像である。 朱印を押し墨書を終え、「花へんろ一番札所」というスタンプを押す。「花へんろ一番札所」と書かれた、御影もある。「早坂暁先生がね、作ってくださったんですよ」

花へんろ一番札所。この鎌大師は、早坂暁脚本のNHKテレビドラマ、「花へんろ」で、重要な舞台となったのだそうだ。あちこちで聞いた話では、そのドラマ以降、歩き遍路がどっと増えたらしい。どんなドラマだったのか、残念ながら私は、見たことがない。

写経の方法

そうだ、ここに写経を納めよう。納経帳に墨書をいただいているうちに思いついた。昨晩余裕があったので、2通書いておいたのだ。

一度は辞退された。「八十八枚も持っていらっしゃるの?」「いいえ、途中で思いついて、歩きながら書いてます」「なら、八十八ヶ所のきちんとしたお寺に」

ぜひ、と頼んだ。写経奉納箱に入れてしまうより、顔を見て話をして写経を手渡すほうがいい。

「右為、の下には、願い事を書くのよ」「えっ」「そうじゃないと、何のために写経したのか、わからないでしょう」「長々と書いてもいいんですか」「そういうときは、心願成就、と書くのよ。あと、名前の上には、奉納、と書きなさい。自分の名前は、自分の名前なんだからもっと下にね」

筆を差し出された。ひどい字ながらなんとか書く。このことだけでも、ここで納経して正解だった。

おかげさまで

鎌大師を出てからが、長かった。右脚の痛みは去らない。歩けなくなるたびにバンテリンを塗る。歩いているうちだけでも10回は塗った。一日4回を限度として、と効能書きには書いてあったけれど、そんなことは言っていられない。

今治から帰ったほうがいいかもしれない。般若心経も光明真言も「南無大師遍照金剛」も、痛みを取り去ってくれはしない。バンテリンも、効いているのかどうかよくわからない。医者、行った方がいいかなあ。

でも。もう嫌だ、と思うと声がかかるのだ。「おへんろさーん」と呼びかけられると、もうちょっとがんばろう、という気になる。彼等のぶんくらいは、回らないとなあ。「がんばってね」「ありがとうございます、がんばります」

本当にどうしようもなくなるまでは、歩くことにした。そう決めれば、歩けないものでもない。


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