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03月20日

大洲ユース→若竹旅館(上浮穴郡小田町)35km


初お花見

内子町栄橋を通ろうとしてふと右に目をやると、川の両側にしだれ桜がずらっと満開になっていた。今日の距離はたいした事ないから、と、ちょっと寄り道して川のほとりを歩く。一口に桜といっても、白に近いものからかなり赤みが強いものまで、よく見ているといろいろだ。桜の間にはちょこちょこと、赤や黄色の花が植えられていて、それもまた、かわいい。

カメラを持ったおじさんに、すいません、と声をかけられた。「あ、ごめんなさい、邪魔ですか、すぐどきます」「そうじゃないんです。その桜の下、こっちに歩いてきてくれませんか。桜とお遍路さんの配置で、撮りたいんです」

そういう写真の撮られ方をするのは生まれて初めてである。二つ返事でひきうけて、なるべくさりげなく、桜に注目しつつ歩いてみた。

遍路というのは、春の季語なのだそうだ。

寄り道

寄り道ついでに、観光客にまぎれて内子の町を歩いてみた。戦災をまぬかれた、昔ながらのこぢんまりとした城下町である。

そろそろ小中学校も春休みであるせいか、観光客が思いのほか多かった。遍路姿は、やはり目立つようだ。ここは遍路道ではないのでほかの遍路はおらず、余計目立った気がする。しかも、地元の人ならともかく、よそからの観光客の中には、遍路を初めて見る人も少なくなかったのではないかと思う。その結果、注目を集めてしまい、たいへん歩きづらかった。しかも、「どうして歩いてるの?」とか、「いくらかかるの?」とか、笑いながら聞いてくる。第一声がそれって、失礼だとは思いませんか、なんて言えるはずもなく。

半分くらい来たところで、かなり後悔した。日頃快適に歩けているのは、地元の人達が遍路の扱いに慣れているからなのだなあと、改めて思った。

遍路のかげにはお大師様?

このところ10時過ぎて床に就くことが続いたせいか、昼頃からバテ始めた。午後3時ごろには、ここまでだるいのは久しぶりだというくらいしんどくなった。

ヨロヨロと歩いていると、庭に腰を下ろしている老夫婦から声をかけられた。パインジュースと50円をお接待していただき、しばらく話をした。

そのおじいさんは、「信心のおかげで」100歳に近づいたいまでも健康であるという。信心のないものは、例え若いころ身体が丈夫であっても、皆早死にしたという。

「わしは、あんたに話しとるとは思うとらん。お遍路さんにはな、お大師様がついとってだから、お大師さまに、話しかけとる気持ちなんじゃ」 手を差し出すと、「わしは今、お大師様の手に触れておる」と、大事そうに握ってきた。私をありがたがっているのではなくて、お大師様をありがたがっているというなら、されるがままにしてもいいかもしれない、と思った。


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