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03月17日

へんくつ屋→40観自在寺→旭屋(愛媛県南宇和郡内海村)40km


ぜひまた高知へ

宿毛市内を抜けると、何もない国道に出た。このところしばしば世話になる、国道56号線である。広島市内からこんな道が隣の市か何かに続いていても、それが歩くための道だとはきっと思わないだろう。道を作った人も、きっと、歩く人がいるなんて思わなかっただろう。そんな道だ。

山に入って6キロちょっと行ったところに、高知と愛媛の県境がある。右手に、「ぜひまた高知へ PLEASE COME AGAIN TO KOCHI」とあった。裏からのぞきこむと、「ようこそ高知へ WELCOME TO KOCHI」とある。よっしゃー愛媛だ!一本松町だ!高知脱出!思わず声に出してしまった。高知に恨みはない。実をいうと四国のなかでは高知がいちばん好きだ。でも、この時ばかりは高知脱出が嬉しくてしかたなかった。88大窪寺に着いたときより、お礼参りで霊山寺に着いたときより、嬉しかった。

おじいちゃん、だいじょうぶですか

国道56号線を外れても、道しるべは依然として少ない。そうなると、道しるべを見落としたらどうしよう、いや、すでに見落としているのではないかと、不安になってくる。地図を必死でのぞきこむも、今一つよい目印がない。そうなってくると、まずは自分の今いる位置が間違っていないということを、誰かに確認したくなる。

「40番の観自在寺に行きたいんですが、この道をまっすぐでいいんですかね」道端で、おじいさんに声をかけた。「お大師さんはこの道をずーっとまっすぐじゃ」「ありがとうございます」歩き出してふと振りかえると、そのおじいさんは私についてきていた。え、いいのかな、と思いつつ、そのまま歩く。ついてきている。道の真ん中で歩いたら危ないですよう。車来てます。こっちこっち。「わしはだいじょうぶじゃ。」だいじょうぶじゃないです。

しばらく歩くと、「それじゃ、また先のほうで人に聞いてな」と、彼は踵を返した。案内してくれていたのだった。


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