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03月15日

くもも→38金剛福寺→くもも(高知県土佐清水市)45km


やっと、足摺岬へ

昨日・今日と、民宿くももに続けて泊まる。22.5km先の足摺岬にある、38金剛福寺まで、宿に荷物を預けて往復するためだ。

おかみさんは、かつおぶしとしょうゆを混ぜ込んだおにぎりを持たせてくれた。朝は曇っていたけどじきに晴れた。海は特に、晴れているときがいい。雨上がりはもっといい。

荷物がないとやはり、負担が軽い。スピードは日頃とあまり変わらなかったようではあるけれど、荷物がないぶん、休憩が少なくて済んだので、結果的に日頃より速かったと思う。

37岩本寺から38金剛福寺までは、最短距離でも約90キロある。もちろん、遍路の全行程中、最も長い。38金剛福寺に着いたときには、「着いたー!」と、門前で一人喜んだ。お参りして宿に戻らなければならないにもかかわらず、これで一段落だなあと、感慨にふけっていた。

海に溶けているもの

38金剛福寺のついでに、岬の展望台へ登った。せっかくのお弁当は、少しでも眺めのいいところで広げたいというわけである。空も海も青くて広くて、やっぱり岬はいい、と思った。

ささやかな展望台にはもう一人、老人がいた。「ご旅行ですか」と声をかけると、「その日その日の気ままな旅ですよ」と返事が返ってきた。

彼は続けて、戦争中海軍にいたこと、同期がたくさんミッドウェーで戦死したこと、を話した。 「知多半島だったかな、帰ってこい、って、石碑が立ってます。二つね。陸軍と海軍の。海は、つながってますからね。どこでも。」

彼等の死体の眠る海と、あの足摺の海も、つながっている。あんなに透明な海、底の岩が透けて見える海水に、彼の仲間は溶け込んでいる。少し怖くなった私は、急いで足摺岬をあとにした。

一つでいいんですけど

港は、鰹節のにおいがした。鰹節工場が併設されているのだ。なまりぶしでも買って帰ろうかな、と思っていたけど、荷物になるよね、と、却下。でもなあ、鰹節かあ。ああいう、たんぱく質のかたまりみたいな食べ物、大好きなんだよねえ、と、後ろ髪を引かれる思いで歩く。

と、道に車が止まった。窓が開いた。手招きしている。乗せてくれるということだろうか。今日はまだだいじょうぶだからお断りしよう。

近づくと、ドアを開けろ、と手振りで示している。いよいよ断らなきゃ。しかし彼の意図はそれではなかった。「これ持っていきなさい」助手席には、いよかんが詰まったダンボール箱があった。

「じゃ、一ついただきます」「もっと持っていきなさい」「じゃ、3つ」「座って食べたら3つ4つくらいすくじゃ」

結局5ついただいてしまった。こないだもらったいよかんがまだ、残っているけど、まあいいか。

耳を澄ます

車や自転車ではなくて、歩いて巡拝すること、それによって得られるものはなんだろうかと、考えながら歩いていた。

その一つは、音であるかもしれない。車の音、カエルの声、鳥の声、海の音、風の音。カエルの声が、草野心平の気持ちがしみじみわかるほど多様であることは、今回の遍路で初めて知った。スピードを上げるときっと、これらの音は聞こえなくなると思う。

私はそのころ耳を澄ますようにして生きていた。もっともそれは注意を集中しているという意味ではないので、あべこべに、考える気力というものがなくなったので、耳を澄ましていたのである。(坂口安吾「いずこへ」)

耳を澄ましている、というのは、他に注意をそらすことができない、という意味であろうか。何も考えていない、という意味であろうか。いまの私もまた、耳を澄ますようにして生きているかもしれない。


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