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03月14日

民宿司→37岩本寺 34km


喫茶店に入ろう

6時過ぎに宿を出て、ひたすら国道進行。1620メートルの伊豆田トンネルを抜け、ひたすら歩いた。

6時前に朝ご飯を食べたため、10時ごろにカロリーメイトを半箱あける。本格的な昼ご飯は、「喫茶 もう一つの土曜日」なる、気になる名称の店で食べるよう、と予定した。12時半頃、着くはずだ。

予定通り到着。ところが、これが閉まっている。本日休業、ではなくて、恒久的に閉店、である。ならば、と、となりの喫茶店に向かうも、ここも恒久的に閉店している。窓をのぞくと、植木が干からびていた。

たしかにここは、まわりに家や仕事場がほとんど見当たらないエリアではある。喫茶店が閉まってしまうのも理解できる。しかし、2軒並んでいたということは、それなりに条件のいい場所ではないのか。

釈然としない気分でしばらく歩き、カロリーメイトの残りで昼食にした。午後からどっと疲れが出た。

ねじまき鳥

最近、歩く自動人形と化している。夜のうちにねじを巻いておいて、朝になったら歩き出すのだ。少なくとも昼頃までは、ねじの力だけで動いているかのような歩き方をしていると思う。村上春樹の「ねじ巻き鳥クロニクル」のねじも、たしかそんな意味合いであった。

ねじを巻いた人形がすることは、単純作業の反復と決まっている。植島啓司「宗教学講義」(ちくま新書)では、単純作業の反復が、マインドコントロールもしくは宗教体験における、思考停止の一手段として位置付けられている。

ずっと座るのは「座禅」、ずっと唱えれば「声明」、ずっと書けば「写経」…中略…なんでもごく普通のことを反復させると、思考は簡単にストップします。

歩いたら遍路である。きちんとした宗教の修行ならばこのあとに、新しい教えがくるのだろう。歩くだけの遍路には、何が待っているのだろうか。


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