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03月09日

都築さん宅→29国分寺→30善楽寺→31竹林寺→32禅師峰寺→民宿みゆき(高知県高知市)30km


五台山で道に迷う

今日から高知市内を通行する。

一般に、街は迷いやすい。歩道が比較的整備されているのはありがたいのだけれど、入り組んでいてわかりにくいのだ。曲がり角の数に比べて、道しるべも少ない。日頃、山の中や海岸に沿った、一本道を通行しているから、なおさらそのように感じてしまうのだろう。

31竹林寺は、五台山という、140メートルほどの丘の上にある。私は、何を間違えたか遠回りして頂上に登ってしまった。寺は頂上にあるはずだと思ったのに、展望台しか存在しない。頂上からは、各方向に道が延びている。どれだ?そのへんの観光客および掃除のおじさんに尋ねまわり、ようやくたどり着いたのは裏参道だった。

31竹林寺は文殊菩薩が本尊である。入試シーズンの今日は、お守り・お札の大売出しをやっていた。学生の私としては、文殊菩薩のまつってある寺に裏からお参りしたことが、なんとなく心に引っかかる。

日暮れの不安

32禅師峯寺には迷わずたどり着くことができたものの、この時点ですでに5時近かった。都築氏宅でゆっくり朝ご飯をいただいてから出発したとはいえ、寺が2軒あったとはいえ、道にさんざん迷ったとはいえ。26キロ進むのにどうして10時間もかかったのか、不思議である。

納経してお参りして、しばらくぼーっとして、さて、と宿に向かって歩き始めた。宿まで4キロ。時速4キロとして1時間で着く、なんとか日が暮れるまでには着くだろう。そんなことを考える時に限って、時速4キロを大幅に下回るスピードしか出ないというのはどういうことなんだろうか。日が沈んだ。暗くなってきた。

大きい道だ。ここで左折だ。どこまで行けばいいんだ。真っ暗だ。酒屋に入った。道を尋ねた。すぐそこだった。おかみさんに、来ないかと思ったと言われた。6時半を過ぎていた。着いてよかった。

記憶の整理

僕はなんでも思ひ出します
僕はなんでも思ひ出します
でも、わけて思ひ出すことは
わけても思ひ出すことは……
──いいえ、もうもう云へません
決して、それは、云はないでせう
(中原中也「別離」より)

一日、このフレーズを友として歩いていた。

いろいろな記憶がよみがえる、でもそれらはすぐに消えてしまう。さらさらと、流れていってしまう。手で水をすくおうとして、でも指の間からみんなこぼれてしまうような、そんな感じである。

それでいいのだと、思った。


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