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03月08日

26金剛頂寺→27神峯寺→浜吉屋旅館(高知県安芸郡)36km


再びひたすら55号線

今日もひたすら国道55号線である。ただし今日のコースのかなりの部分は、自転車専用道である。車が来ないというのは、本当に気が楽であると感じた。

四国の道、特に田舎の道には、ちゃんとした歩道がついていないことが多い。遍路以外そのような道を歩く人はいないのであろう。溝ぶたの上を進行することがまれならずある。歩道が例えついていても、道の右側についたり左側についたり連続していないために、道路を何度も横切らねばならない。たいへん危険である。車にとっても、かなり迷惑な存在であろうと想像する。

だから、車が来ない道、というのはたいへんありがたかった。左手に海を見ながらひたすら前進である。

ただし、ものすごく単調なコースであることは否定できない。うんざりしつつ歩いていると、道で休憩中の工事のおじさんたちが、コーヒーをご馳走してくれた。砂糖入りのインスタントコーヒーが、とても美味しかった。

かけこみ納経

55号線を離れたあたりで焦りはじめた。28大日寺に、5時までに着くかどうか怪しくなってきたのである。1キロちょっと手前の、竜馬記念館の前で半泣きになった。急いでいるつもりなのに、時間がたつばかりでちっとも前に進まない。

寺自体はいつでも開いているけれども、納経所は5時で閉まってしまう。今日は、大日寺からさらに3キロ以上進んだところに泊まる予定にしていたので、納経できないという事態は避けたかった。

さあ参道に着いた、と思うと工事中である。「すいません、ここ、通れるんですか?」声が上ずっている。通れますよ、の声を聞くなり黙って階段を上る。半ばヒステリーを起こしていた。こんなことでは全くいけない。なんとか16:50ごろ、納経所にたどり着いた。朱印と墨書をもらい、やっと正気に戻った。何やってんだかなあ、と苦笑する。

車お接待

納経を済ませて落ち着いてから、ゆっくりとお参りした。

お参りを済ませると気が抜け、ベンチに座り込んでしまった。5時を過ぎると、寺には人がいなくなる。静かだなあ、あと3キロかあ、とぼんやりしていると、夫婦らしき二人連れが現れた。5時を過ぎてお参りとは珍しい。

山門を出ると、前述の夫婦がいて、どこに泊まるのか尋ねてきた。なんでそんなこと聞くの、と、警戒心バリバリで、無料接待所の都築さん宅、と答えた。

すると、送ってくれると言う。寺に着いた時点で気が抜けてしまい歩けるような状態ではなかったので、ありがたくお言葉に甘えることにした。道を探し、人に尋ねてまで、連れていってくれた。「次来るときは泊まってみたいしね。私たちも、歩きや自転車で回ったことがあるけど、その時はずいぶん親切にしてもらったからね」警戒心バリバリだった自分をかなり反省した。本当にありがたかった。

都築さん宅にて

都築さん宅は、無料接待所となっている。つまり、無料で泊めてくださる。その上、家族と一緒に、夕ご飯および朝ご飯を食べさせてくださる。まさか食事まで出してくださるとは思っていなかった。

夕飯のとき、年をとったら若い人に自分の経験を伝えるのが義務ですからと、いろいろお話をしてくださった。

仏の光はあまねく世界に行き渡っている、ならば仏にすべてを預けようと思った、とおっしゃっていた。一時は一週間、千円で暮らすような時もあったけどなんとかなるんですよ、不思議にね、と笑っておられた。聖書の、ヨブ記を思い出した。見ず知らずの他人と食卓を囲み、こんなにも穏やかに笑うことができるのならば、宗教も悪くない。こんな人もいるんだ、こんな世界もあるんだと、思った。

遍路は、布施をするべきであるといわれている。どう考えても、今の私は、布施されてばかりである。


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