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03月03日

坂口屋→22平等寺→23薬王寺→日和佐YH(徳島県日和佐町)29km


すでに全身筋肉痛

2日目にして、朝からすでに全身筋肉痛である。日頃まともに運動していないのに、6キロくらいの荷物を背負って、アップダウンのある道を25キロも歩いたのだから当然かもしれない。

今日は、M氏とT氏、O氏のおじさま方3人と歩き始めた。Tさんはとなりにある別の宿に泊まったため、彼女とは別行動となった。 22平等寺へは、車道ではなく大根峠なる峠を通って行った。地図で見る限り標高差は150メートルくらい、楽勝に思えたのだけれど、意外ときつかった。おじさんたち3人に、何とかついていかなければと、私にしてはやや速めのペースで歩いたからであろうか。

22平等寺には、約2時間で到着。ものすごく長く歩いたような気がしたけれど、気のせいに過ぎなかったらしい。寺は、町の中に普通にまぎれていた。平地の寺はありがたみが少ないと、勝手なことを思った。

23薬王寺へ

23薬王寺へは国道をずっと歩いた。単調である。ただ、前を見て歩くのみ。

しばらくは、前述のおじさんたち3人と一緒に歩いていたけれど、途中から先に行ってもらうことにした。ペースも違うし、何かしゃべらなければならないというプレッシャーが、しんどくなってきたのだ。それだけ、体力に余裕がなかったということだろうか。 一人で歩いていると、みなさんがお昼ご飯を食べているところにさしかかった。入れ、と手招きされるのを、断って先へと進む。そんなに焦らなくてもだいじょうぶなのに、と後で言われたけれどそういうことではなくて、一人で歩きたい気分だったのだ。

そんなことを言いつつも、しばらくして別の男性に追いつき、23薬王寺まで一緒に歩いた。この人と歩くのはさして気にならなかった。相性の問題、ということなのかもしれない。

歩き遍路のご利益

23薬王寺まで一緒に歩いたおじさんは北海道の人だった。寺と寺の間が離れている所は公共交通機関を利用しつつ、せっかく四国にいるあいだに八十八ヶ所全部回ろうと思う、ついでに観光もしたい、とのことだった。だって2度目があるかどうかわからないからね。

確かに、北海道と四国は離れている。飛行機ですか、と聞くと、電車だよ、同じくらいお金はかかるけど列車のほうが楽しいよね、とのことだった。同感である。

歩くのってけっこうたいへんだよね、歩いたほうがご利益あるのかな、と、そのおじさんは言った。お参りのご利益は変わらないんじゃないですかと、私は答えた。

じゃあなんでこんなしんどい思いをしてまで歩くのかな。何かがあるから歩いているのではなくて、歩いているうちに何かあるかもしれない、そういうものだと、思うのですけれど。飛行機があるのにあえて電車を使う、それに似ているかもしれません。

日和佐ユースホステル

今日の宿は、日和佐ユースホステルである。せっかく会員なのだからユースがあるところには泊まっておこう、という訳だ。食事の用意はできないと聞いていた。まあ、いいかと予約した。

建物を見て、不安になった。どう見ても流行っていない。玄関で声をかけるも、返事がない。普通誰かが出てくるんだけどな、と、上がりこんでもう一度声をかけた。管理人室のドアを開けて入ってきてくれ、と声がする。

管理者のおばさんが、怪我のために動けないのであった。風呂も壊れているから入れないと言われた。近くに温泉がある、その分宿泊代は引いておくから入りに行けとのこと。「別のところに言ってもかめへんで」と何度も言われるものの、面倒なのでそのまま泊まった。

温泉も、夕食に入ったカレー屋も、いずれもとてもいいところだったので、まあ、よしとしておこう。


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