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読書記録No.013(030831-)◆

盲人国(タイム・マシン所収、H.G.ウエルズ、031015、岩波文庫)

目の見えない人たちの国にまぎれこんでしまった、ヌネスという男の物語です。ヌネスは、「盲人国では片目の者でも王様だ」ということわざの通り、自分が盲人国で支配者になれると期待します。目が見えないものばかりがいる中、目が見えるというのは、とんでもなく有利なことに思えるからです。しかし、そうはいきません。

盲人国に住む人は皆、目が見えません。しかし、彼らの聴覚・触覚・嗅覚は鋭敏で、視覚は頼れないながらも、全く不便のない生活が営まれています。生活は豊かです。

盲人国にはそもそも、「見える」という概念が存在しません。「見える」ということを、想像することすらできないのです。「見える」ということを完全に排除した形で、全く矛盾のない世界観が形作られています。目が見える自分は有利なはずだと、ヌネスは、目が見えるということを説明しようとし、また、目が見えることがいかに便利であるかを証明しようとするのですけれど、全くうまく行きません。

晴眼者であるヌネスは、目が見えるゆえに他の感覚が劣っているので、盲人国の中で感覚が劣っているものとして扱われてしまいます。目の見えない人仕様ですべてが作られている盲人国では、聴覚・触覚・嗅覚が鈍いことこそが、障害なのです。

目が見えないというのは、今の社会では、不便であると思われます。わたし自身、日々目を酷使して生活していて、また、幼い頃から眼科にかかることが多いことから、失明恐怖を、常に抱いております。

しかし視点を変えて、盲人国のように、誰もが目が見えず、その状況に適応して生活を営んでいると仮定すると、目が見えないということは、障害とはなりえないわけです。わたしたちが、超音波が聞こえず、紫外線を色として認識できないことを、とくに不便とは思わないようにです。いや、超音波や紫外線よりもっと、想像の範囲から遠く離れた感覚になるでしょう。超音波は音から、紫外線は光から、類推することができます。しかし、盲人国には、「見える」という概念自体が、存在しないのですから、類推しようにも、類推するよりどころがありません。

発想の転換が、たいへん興味深い小説です。

レディ・ジョーカー(高村薫、毎日新聞社、031005)

グリコ・森永事件に題材を取った小説なのだそうです。

登場人物が、ときに理屈に合わない行動をし、自分で自分の行動をいぶかしみます。偶然もときに登場します。思い違いも、独り合点もあります。その中のいくつかは、最後まで訂正されることがありません。

そういう、論理に合わない展開は、ともすれば、「それは都合がよすぎやしませんか」と、ともすれば思われてしまいます。でも、この小説では、そういう偶然が、むしろ、話のリアリティを高める方向に働いています。一人一人の登場人物が、著者の意思に沿ってではなく、ただ、自分の意思、そして、彼らの意思や作者の意思を超えた必然みたいなものに基づいて、行動しているように思えるのです。登場人物の心情が、とても細かく書きこまれているからこそ、なのでしょう。

中でも印象に残った一節は、以下のものです。

城山は今、少なくとも九〇年秋の時点における自分の無責任については、たしかに納得した。五十八年の人生で、これほど確実に、深く、何かを納得したのは初めてのことだった。 九〇年に辞任をしなかったのは、保身のためではなく、辞任を考えてみることすらしなかったからだが、それはひとえに死者二人を悼む心に欠けていたためであり、端的に人間性の問題であり、それ以上でも以下でもなかった。

思うに、「〜すべきだったのにしなかった」には二通りあります。「〜すべきだと知っていた」と、「知らなかった」です。一般に、「知らなかった」場合は、「知っていた」より罪が軽いと思われます。少なくとも自分を責めることは、難しいですし、その必要がないことが多いです。でも、知っていて当然のことを思いつきもしなくて、その事実にあとから思い至った場合は、自分をうまく責めることすらできないという意味で、なんだかよけいに、落ち着かない感じがします。うまく苦しめないがゆえに、自分を許すこともできない、そういうことなのでしょうか。

そんな、せつなさとかさみしさとかやりきれなさとかいろんなものがいっしょくたに流れた結果、事件が起こりました。壮大な話です。

ホンモノの文章力(樋口裕一、集英社新書、030929)

小論文を書くためのマニュアル本です。

何はともあれ、賛否両論のあるイエス・ノーの問題提起を作って、イエス・ノーを判断し、その根拠を述べる。そうすれば、小論文やレポートになるということだ。

これはなかなか、本質をついた意見のようだ、そう感じました。ディベートみたいですね。本人の本音が、イエスであろうとノーであろうとどちらともいえないであろうと、それはとりあえずどうでもよくて、ただ、イエス・ノーいずれかに立場を定め、その根拠を示し、相手を納得させにかかる、という点においてです。

そして、上に引用した順番どおりに話を進めることを、著者は勧めます。型というのは、以下の通りです。

  1. 問題提起(イエスノーで答えられる質問に変換。)
  2. 意見提示(確かに、しかしの形。問題に対するイエス・ノーを述べる。)
  3. 展開(イエス・ノーの根拠を述べる。本論。)
  4. 結論(もう一回まとめて立場を明確にする。)

この方法に従えば、始めの問いが適切に立てられている限りは、誰が書いても、形が整ってしかも論理的な小論文ができあがるようです。マニュアルの、マニュアルたるゆえんですね。そして、この型は、単なる型以上のものだ、と、著者は言います。

要するに、論理的に思考するための最大のコツ、それは「型」を決めて、そのとおりに書いていくことなのだ。
ただし、「型」というのは、単なる形式ではない。これは、論理的に考えるための道筋なのだ。論理的に問題を取り上げて、それについて判断を下すには、それなりの手順が必要となる。そうした考えの道筋、考えの手順が、「型」だ。

読んでいて、武道の型を連想しました。型で練習して、いずれ、不意打ちにも対応できるようになる、というのが、わたしの経験したことのある武道のスタイルでしたので。

実は、小論文に対しては、ずいぶん苦手意識があるのです。さっそく、型にしたがって練習にとりかからねば、です。

(「バブリング創世記」所収、筒井康隆、徳間文庫、030924)

筒井康隆の小説を、取りつかれたかのように読んでいた時期がありました。中学生のころ、だったように記憶しています。本屋の、新潮文庫のコーナーで、赤い背表紙を見せて並んでいるのが、筒井康隆の小説なのでした。初めて読んだ筒井康隆は、「メタモルフォセス群島」でした。クラスでいちばん賢いとわたしが認めていた男の子が読んでいたのをみて、真似して読んでみたのです。「この小説も頭がいい」と、感心したのを憶えています。それからしばらく、その子のあるいは筒井康隆の、頭のよさを見習おうと、いっしょうけんめい、探しては読んでいたのでした。

あれから15年近くが経ちました。筒井康隆の小説はほとんど読んだと思います。その中で、もっとも印象に残っているもののひとつが、この「鍵」です。フリーのルポ・ライターをしている「おれ」の、一人称の物語です。隙がなくて「頭のよい」小説だと、今読んでも思います。

背広のポケットを探ると鍵が出てきます。それはホテルの鍵で、一晩寝て起きてかばんをひっくり返すと、昔住んでいた建売住宅の鍵が出てきます。その家に置き去りにしていたたんすの引出しから、その前に住んでいた屋上の物置風ペントハウスの鍵。ペントハウスにかけていた昔の服のポケットから以前勤めていた会社のロッカーの鍵。会社のロッカーの中にはいっていた作業着のポケットの中から高校のロッカーの鍵。ロッカーを開けて会社員時代の下宿を思い出して吸い寄せられるようにたどり着く、そういう物語です。

鍵で扉を開けるたびに、ひとつ前の時代へとさかのぼります。どの空間も手付かずのまま残されています。ほとんど記憶の通りです。しかし、全くそのまま、というわけではありません。埃が積もり錆びつき古くなり腐敗して、蘚苔類その他の生物が繁殖しています。ページをめくるごとに、描写はおどろおどろしさを増していきます。「おれ」は怖いもの見たさで扉を開けます。そして読んでいるわたしも、怖いもの見たさでページを繰ります。

今日、久しぶりに、半ば怖いもの見たさで開いてみたのです。忘れているところもありましたけれどほとんど記憶の通りで、とんでもないものが飛び出してくることはありませんでした。新潮文庫ではなく徳間文庫だったわけですが。

マークスの山(高村薫、早川書房、030922)

とても、怖かったのです。はじめ読み始めたのは真夜中でした。はじめは読書灯だけをつけて布団にくるまり読んでいました。しばらくして部屋の電気をつけました。ガタガタいう窓を閉めました。本を閉じた後、寝るときも、電気を消すことができませんでした。物陰に何か潜んでいそうで、暗闇が正視できなくなっていたのです。

何が怖かったかというと、主要登場人物の一人である水沢裕行の抱えた闇、ということになるのでしょうか。水沢には、「暗い山」と「明るい山」が3年周期で交代に訪れます。「暗い山」は深く精神を病んだ状態であり、彼はほとんど動けずに寝たきりになってしまいます。「明るい山」はほとんど健康といってもいい状態です。「精神分裂病」と「一酸化炭素中毒の後遺症」という病名が、一応つけられています。幻声があり、それは「暗い山」の時期も「明るい山」の時期も、常に聞こえています。

この漆黒の穴のような道は、下っているのか登っているのか。ずいぶん歩いたが、黒い山はまだどこまでも続いている。雪は降り続いている。かきわけてもかきわけても垂れてくる氷のカーテンは、いまは網膜に張りついて離れない。風なのか山の音なのか、響き続ける轟音は他に行き場がないかのようにこの耳と身体中を包んでいる。

水沢裕行が子供の頃、山で一家心中を図った両親の車を脱け出して、山道を一人歩いていたときの記述です。「暗い山」の精神状態はこのときの体験をなぞるようなものなのだろうと、推測しています。飲みこまれる、抜け出せない、誰もいない。そして幻声。

それを聞いていると、あたかも《マークス》を名乗る《あいつ》の浮世の姿こそ、この俺なのだという気がしてくる。《あいつ》が愉快な思いをし、《あいつ》が俺の顔の筋肉を使って笑うのだ、と。こうして考えたり悩んだりしているのは、脳髄に住む《あいつ》で、俺はただ脳という器を提供しているだけなのだ、と。

だから何をしてもいいとはいいません。ただ、3年ごとに暗い山に閉じ込められ、常に《あいつ》に乗っ取られそうになりながら暮らしていたら、事態を一気に打開できそうな何かを、探してしまうのかな、と思うのです。 圧倒的な恐怖とか不幸とか狂気とか、そんなことを考えました。迫力のある小説でした。

いずこへ(「白痴」所収、新潮文庫、030915)

私はそのころ耳を澄ますようにして生きていた。もっともそれは注意を集中しているという意味ではないので、あべこべに、考える気力というものがなくなったので、耳を澄ましていたのであった。

これが、書き出しです。この書き出しが、とても気に入っています。休日、とくにすることもなくてなんだかぼんやりとした気分のとき、この書き出しを思い出して、この文庫を手にとることがあります。

これが正しいというイメージを心の中に抱いていながら、ずるずると流されていく主人公=「私」の、物語です。面倒くささ、一時的な嫉妬、怖いもの見たさ、好色、そういうものによって、一歩一歩、階段を降りるように、彼は、流されていきます。飲みたくないのに一人で酒を飲んで血を吐いたり、鍋釜食器のたぐいが増えることを心から嫌いながらも女と同棲したりします。まったく理にかなっていません。でもおそらく、理にかなわないことをなぜかしてしまうというのも人間の特徴のひとつなのでしょう。妙にリアルに、感じられます。

そんな生活の中で、「私」は、自分の周りの女の中に低俗さ=エゴイズムを見出して、ますます絶望します。おそらく、ずるずると堕落する自分自身にも、たぶん「私」はエゴイズムから脱却して、自分のことを考えるのではなくただ芸術のためだけに、生きていきたいと、願ってはいるのです。願っているからこそ、そういう自分に、じりじりするでもなく、ただ、静かに、途方に暮れます。

読んでいて楽しくなるとか、爽快な気分を味わえるとか、そういうことはぜんぜんありません。別に、とくに感動的な話というわけでもありません。でも、なんとなく、愛着があるのです。

私は然し図書館へ通った。私自身に考える気力がなかったので、私は私の考えを本の中から探し出したいと考えた。

ひょっとしたら、わたしは、自分の気持ちを表わす言葉を、小説の中に見つけ出そうとしているのかもしれません。

日本語(金田一春彦、岩波新書、030910)

題名の通り、日本語とはどのような言語であるのかを解説した本です。日本語が言語のひとつである以上、日本語とは何か語ろうとすれば、他の言語との比較が欠かせません。

日本語とはいかなる言語であるのか、その問いは、以下のように置き換えられます;日本語は他に類を見ない変わった言語であるのか、それとも他と多くの共通点を持つ、普通の言語であるのか。日本語は進化した言語といえるのか、それとも未開な言語であるのか。日本語は合理的なのか、それとも非合理的であるのか。そもそも、日本語は、他に比べて優れた言語であるといえるのか。これらの問いは、じつにしばしば問われるものです。

日本語と同じ系統の言語は、存在しないのだそうです。ある点を取り出してみれば日本語と共通である、といえる言語はもちろん多くありますけれど、ほとんどの点において日本語と似通っている言語というのは、ありそうでなかなかないといいます。

この本は、日本語を、発音、語彙、表記、文法に分けて、解説していきます。わたしにとってもっとも興味深かったのは、文法の章でした。

たとえば「行かせたから」という語句をとると、松下大三郎の文法では全体を長い一語とする。山田孝雄の文法では、「行カセタ+カラ」と切り、二語とする。時枝誠記の文法では、「行カセ+タ+カラ」と切り、三語とする。文部省文法では、──これは大槻文彦文法であり、橋本進吉文法であるが、ここでは、「行カ+セ+タ+カラ」と切って四語とする。

あの退屈だった国文法が、単語の切り方ひとつとってみても、まだまだ確立されたものではない、というのが、なんだかずいぶん痛快に思えました。でも、だからといって、日本語に文法がないわけではありません。日ごろ明文化して意識しないだけで、いろんな、一つ一つ述べるとするとずいぶん煩雑なきまり=文法が、わたしたちの言語生活の基盤を作っています。そういうきまりのうえに、わたしたちの言語生活は、成り立っています。

日頃お世話になっている日本語というものを、日本語を母語とする者の目と、しないものの目の両方から、論じています。なんとなく、が、なるほどそうだったのか、に変わり、「実は日本語って、すごいのかもしれない」と、ちょっと誇らしくなりました。

背負い水(荻野アンナ、文春文庫、030907)

「大丈夫?」
「ミザンだわ」
ミジメでヒサン、と言いたかったのだ。そういえば「人間嫌い」の原題はミザントロープだったっけ、などとあらぬことを考えているうちに熱が出た。

やりきれなさを執拗に克明に書いた、小説です。絵にならなさすぎてこっけいで、それゆえにさらにやりきれない感じがします。

絵にならないのは、思考の過程、内に生じる互いに矛盾したさまざまな言葉を、一つ一つ書きとめてしまうからなのでしょう。あっちへ行ってこっちへ行って、ついに間違った方向をえらんでしまう、そのさまは、自分の行動を過剰に冷静に見ている本人という設定でなければ、描き出せない気がします。一人称で書かれているからこそ、意地悪にならずに、ただ、こっけいだ、と、感情移入しかけて少し哀しくなりながらも、笑っていられるのだと、思うのです。

親指の先の部分にできた穴を繕ったものがあった。これなら靴を履いてしまえば疵は見えない。片足を入れたところで迷いが生じた。成り行き次第では靴を脱ぐことになるかもしれない。穿きかけのストッキングを足にぶら下げたまま、彼の怪訝そうな表情を感じるまで、茫然と立っていた。
結局穿き古しの女学生風黒タイツで家を出た。出がけに差し出した彼の唇を、もう口紅塗ったからと避けてきた。それだけのことで、足元を見つめながら歩く姿勢になっている。いまいましい黒タイツは、少し歩くともう足首に皺が溜まってきた。駅まで走れば約束の時間に間に合うかもしれない。が、足首の皺に加速度が付く。タイツ全体が徐々に下りてくる危険性もある。歯をくいしばってのろのろと歩いた。

そして結局、5時半の待ち合わせなのに6時に到着するわけです。フィクションならではの都合のいい救いは、見当たりません。ただ、記述が、続いていきます。

結論はないのです。救いもありません。でも、ときに、この作品のリズムと、肩をすくめてしまうような笑いが懐かしくなって、ついページをめくってしまうのです。

山月記(『李陵・山月記』収録、中島敦、新潮文庫、030903)

この話を目にしたのは、高校2年の教科書においてでした。といってもわたし自身の高校2年生当時の教科書ではありません。バイト先の塾で、高校生が使っていた教科書です。テスト勉強に付き合いながら一緒に文章を眺めていて、おおいに感心し、一周間くらい経って、古本屋で一冊、手に入れてきたのでした。

しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうとしながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを倶れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することもできなかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

ものすごく、身につまされる気がしました。そういう臆病な自尊心なるものは、わたしにも確かにあるのです。自尊心の故に、外に出ることができない、そんなところが。

徹底的に自信がある、あるいは、徹底的に謙虚である、そんな人は、「臆病な自尊心」とは無縁でありましょう。自信はあるけれど疑わずにはいられない、そういう中途半端さを抱かずにおれない人が、あまりに簡単に落ちてしまう落とし穴が、「臆病な自尊心」なのだと思います。

才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

ここまで言うか、という感じですね。鋭いです。このくだりは虎の独白なのですけれど、そこまで自分を冷徹に分析できる虎はすごいとすら、思ってしまいます。自分について、そこまできっぱり突き放すこと、そこまで厳しく言い切ることは、本当に難しいと、日々、感じているからです。

内容もどきどきするほど鋭いのですけれど、漢文調の文体それ自体も、捨てがたいものがあります。声に出して読みたい日本語、ですね。

中核VS革マル(立花隆、講談社文庫、030831)

京都で大学生をはじめたころ、もっとも驚いたことのひとつが、中核派と思われる人たちの、授業への乱入でした。白い服、白いヘルメット、白いマスクにサングラス。手に鉄パイプとおぼしき銀色の棒を握り、微分積分の授業に、突如乗り込んできたのです。

ガリ版印刷らしきビラが、朝になると、机の上に置かれていました。学校の塀には、赤と黒の、一種独特な字体で書かれた、大きな立て看板が、数多く立てられていました。ビラおよびタテカンには、「権力」「階級」「革命」「闘争」「殲滅」などなど、物騒な文字が、並んでいました。あれは何だったのか、ずっと気になっていました。

この本によれば、中核というのはマルクス主義学生同盟・中核派です。これに対するグループとして革マルというものがあり、彼らの正式名称はマルクス主義学生同盟・革命的マルクス主義派なのだそうです。名前から想像がつくように、彼らは、なかなか極端な左翼です。極端な左翼の主張するところは、社会主義革命です。日本に革命を起こし、日本を、旧ソビエトのような社会主義国家に変えようというのですね。

両者は同じに見えます。しかし、中核派が大衆運動に力を入れ、革命の時期がすぐそこまで迫っていると主張するのに対し、革マル派はまずは組織を固めることに力を注ぎ、革命にはまだ機が熟していないと主張します。こういう場合、なまじおおもとの主張が似ているだけに、対立は激しくなります。潜在的支持者が共通であるために、お互い伸びるということが難しく、片方が大きくなればもう片方は小さくならざるを得ないからです。やがて彼らは、相手こそがじゃま=『反革命』=悪であると、確信するに至ります。

対立は、はじめは単なる殴り合いでした。しかし後に、角材だの鉄パイプだのバールだのが登場します。はじめは傷を負わせるだけだったのが、いつしか殺すこともありうるようになり、ついには殺すことが目的となります。鉄パイプなどで、殴り殺すのです。

殴り殺すというのはよっぽどのことです。自分こそが正義、相手こそが悪であると確信しているから、また、殺らなければ殺られるという恐怖、仲間が殺されたなどの怨恨があるからこそ、できることなのでしょう。中核派・革マル派の闘争を通じて、戦争だのテロだのが起きる理由が、見えてくる気がしました。


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