山田詠美


ジェシーの背骨
"ジェシーの背骨" 山田詠美 (1986)

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ジェシーの背骨 ジェシーの背骨

変愛のプロフェッショナルを自認するココ。彼女が愛したのは飲だくれでアル中直前の男、リック。初めて泊まったリックの家で、朝、ココはこう言われる。「彼女、可愛いとは言えないね。まあまあってとこじゃない?」それは、十一歳の悪魔,、リックの息子ジェシーの言葉だった・・・。

山田詠美というと、その直接的な(肉体的な?)男女関係の描き方や、必要以上にでてくるみょうなカタカナ英語フレーズに抵抗感があるという方もいるかもしれない。というか、正直僕にも彼女の小説を読んでいて「んぬ?」っと少々鼻についたり、ひっかかる部分がよくあったりする。

ただ、そう思いながらもぼくが彼女の小説をわりと好んで読んでいるのは、山田詠美という作家が、頭でっかちな愛情、そして体のみの愛情をこえた、人間の本能的な部分での人と人のつながり――山田詠美チックにいえばソウル(魂)とソウルの結びつき――みたいなものの描き方がうまい作家だからではないかなぁ。たぶん・・・。

本作は、大人の男女関係が主体ではなく、大人と子供、女性と少年という関係性、つまりは、性的な関係性を抜きとした人間同士の関わりが主体として描かれているぶん、前述の山田詠美のよさがストレートに受け取りやすいような気がする。

ちなみに今回読んだのは角川文庫のものでしたが、新潮文庫ででている方は、ベッドタイムアイズ・指の戯れ(どちらも未読)との合本となっているそうです。
(2002/11/24)


放課後の音符
"放課後の音符" 山田詠美 (1989)

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放課後の音符

大人になるための、そして私が”私”になるための、放課後の甘くてせつない8編の恋愛小説。

女の子にとって集団(グループ)で群れないでいるというのは難しい事なのかもしれないけど、集団に群れない女は美しい。そう感じさせるほど、山田詠美の小説に出てくる女性は自分の価値基準をしっかり持っている。

この小説に出てくる女の子と同じ年頃の女の子にはぜひ読んでもらいたいです。もっともその年頃の女の子が読むと「これは私じゃない」と思うのかもしれないが――同時代性とはそういうもので後からふり返るものかも。この小説を男で好きだと公言するのはちょっと気恥ずかしい感じもするが(笑)、素敵な小説です。


ぼくは勉強ができない
"ぼくは勉強ができない" 山田詠美 (1992)

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ぼくは勉強ができない

17歳の時田秀美くんは勉強はできないが女性によくもてる。年上の桃子さんと熱愛中で、理解のある母と祖父に囲まれているが、学校はどこか居心地が悪く窮屈に感じる・・・・・。

秀美くんは山田小説の主人公らしくしっかりした自分の価値基準を持っている。秀美くんの語り口調は小気味良く、良い”おとな”と悪い”おとな”を見分ける目は鋭い。女性が描いた男の子と言う感じも若干するが、《解説》で原田宗典がいっているように男として「見抜かれている」と思う部分がたくさんあり、山田詠美の視線は鋭いです。

「放課後の音符」との評価の差は、「放課後の音符」とは逆に自分が主人公と同じ男だからであって、女の子はこっちの方が好きかも?


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