愛について…

       カトリック松山教会・担当司祭
        ルイス・グティエレス神父
 『わたしよりも父や母、息子や娘を愛する人は、わたしにふさわしくない』 これは聖書の言葉です。
 これを読むとき、人は何を感じているでしょうか…。ある人はそこに厳しさを、ある人は痛みを、またある人は疑問や矛盾を感じられるかも知れません。
 私自身もこの言葉に接するとき、自分の両親兄弟を思い浮かべ、しばし考えます。
 この言葉は一見、父母をとるか、キリストをとるかの二者択一を迫るかのように感じますが、実は荘ではないと思います。
 もし、どちらかを選ばねばならないと感じるのであれば、そこには『愛する』ことへのあいまいさがあるのではないでしょうか。
 新約聖書はもともと、ギリシャ語で書かれたようです。ギリシャ語の『愛する』と言う言葉とその背景にはいろいろな解釈があります。
 情熱的な『愛』を示すエロス≠ヘ、私たちのよく知るところです。
 聖書の中で最も多く使われているのは、精神的な愛をアガペ(動詞はaga-pao)です。

 ちなみに『父や母を愛する』の「愛する」は親子の愛や友情関係を指す”フィ −リア≠ェ使われています。ある英語の聖書は「父や母をわたしより好む人」 と訳されています。
 エロス≠熈フィーリア≠焉A愛の一つです。そしてそれはともに素晴ら しいものです。
 しかし本来、エロス≠熈フィーリア≠熕l間中心、自己中心的な傾きを もつ。
 一生懸命に親や子どもを愛していると思いながらも、自分の家庭や身内のこ とだけしか考えられなくなったり、自己満足で終わってしまう危険性が常に伴 います。
 このキリストの言葉はエロス≠熈フィーリア≠烽サれを通して、キリス トが私たちを愛してアガペ≠ノまで高められて行くことでしょう。
 人間的な思いを基準にした愛を乗り越えてほしいという願いです。
 それはマイファミリー℃v考の打開かもしれません。それは、私たちの国 をお隣の国々にもっと開いて行くことかもしれません。
 このみ言葉の中に私たちは厳しさよりもキリストの切実なる願いと励ましを感じます。