(写真:左から松山教会小聖堂、松山教会に飾られている16聖人の像 )

愛媛県にキリスト教が初めて伝えられたのは、1565年にルイス・フロイス神父
とルイス・アルメイダ修道士が堀江に到着し、8日間で6人に洗礼を授けることができたと記録に出ています。
以後、江戸幕府によるキリスト教禁教令による、長きにわたる中断期間の後、
信教の自由が認められた明治時代に入り、1885年にペトロ深堀達衛門神父が広島から松山に巡回宣教に渡ってきたのが、近代における本格的な宣教活動の始まりでした。
カトリック松山教会は1904年にローマ・カトリック教会のドミニコ修道会ロザリオ管区の担当となり、現在もドミニコ会士により、布教活動が行われております。 ドミニコ修道会は13世紀にスペインにて聖ドミニコにより創設された修道会です。これまで松山にもたくさんのスペイン人司祭がやってきて、様々な布教活動、教育、社会福祉事業に従事してきました。

◆松山教会年表

     
          (写真:左から戦後再建当時の松山教会外観、同教会の内部 )

1885年 ペトロ深堀達衛門師、広島より伝道旅行を試み、数名に受洗。
1887年 パリ外国宣教会エンリケ・ダンドン師松山に定住、20名に洗礼を授けたが
     協力者に恵まれず、1年余りで松山を去る。
1902年 第5代主任司祭イシドロ・アルフォンソ・シャロン師、宇和島より松山に
     宣教根拠地を移し、現在の永代町に教会敷地購入。
1904年 ローマ聖座から四国全体を四国知牧区として独立させ、ドミニコ会の宣教
     地に委ねられる日露戦争におけるポーランド人、ロシア人捕虜が松山に収
     容され、カトリック教徒のポーランド人のために収容地の寺でミサが行われる。
1911年 三番町に土地、家屋を購入、現在の松山教会の礎となる。
1921年 スペインの後援者からの寄付により、レンガ造りの聖堂と司祭館が完成。
1924年 美善女学校(現学校法人カタリナ学園)、修道院が完成。
1936年 衣山に教会墓地購入。
1945年 松山空襲により、教会が全焼、神父、シスターは今治等へ疎開。
1949年 松山教会が再建される。修道会の四国担当区分が変更、愛媛県はドミニコ会、
     香川県は邦人司祭、徳島、高知両県はオブレート会の担当区となる。
1953年 愛光学園開校、初代校長にイシドロ田中忠夫師。
1954年 松山精神病院の経営を引き受ける、モデスト師が理事長に。
1958年 過去最高の186名が授洗。
1964年 ラジオ南海にて「心のともしび」を放送。
1970年 松山教会連合による、松山市民クリスマスを市民会館で開催。
1979年 高松教区創設75周年、ドミニコ会宣教再開75周年記念式典。
1985年 愛媛宣教100周年聖年。
     現在の教会舎が完成。