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道は、私には未知の世界に誘うものに思えてならない。
この道の彼方にどのような世界が私を迎えてくれるのだろうと思うと
わくわくした気分になる。


流鏑馬の道


流鏑馬の起源は、第29代欽明天皇の御世、国の内外が戦乱のため、心を痛められた天皇は、
これを平定するに先立ち、豊前の国、宇佐の地(宇佐八幡宮の鎮座地)に神功皇后・応神天皇を祀られ、
神前で、天下平定・五穀成就を祈られて、馬上で三つの矢を射られたのが起源であるという。
後、第59代宇多天皇の勅命により源能有公が弓馬の礼を制定され、
以来、源家を経て、武田・小笠原に分かれ相伝された。
流鏑馬は、神事である。

写真は、滋賀県近江神宮なのだが、向かう先には本殿が控えている。
神への道でもあるのだ。

故郷の道-1


雑木林に囲まれた故郷の道の向こうに懐かしい生家が私を待っている。
そう思うと足取りまでが速くなる。
そこには子供の頃の思い出が手を広げて私を待っている。
懐かしい人たちの笑顔が待っている。
生家が玄関の戸をいっぱいに開いて待っている。
初恋のときめきが今も私を呼んでいる。
今は亡き両親がおだやかに迎えてくれる。
なにもない山里だけど、
私には、沢山の命の輝きと思い出で満ちている。
私の生家につながる道
私の生きた道だ。


グレンコー


「グレンコー」はスコットランド・ゲール語で「嘆きの峡谷」を意味する。
現在小さな村があり、美しい景観で知られる観光地のひとつになっている

グレンコーの虐殺(ぐれんこーのぎゃくさつ、The Massacre of Glencoe)は1692年、
イングランド政府内強硬派およびスコットランド内の親英勢力の手によって、
グレンコー村(スコットランド)で起きた虐殺事件である。
規模は歴史上の虐殺事件に比して小さいものであったが、
罪なき村民が背信行為によって殺された手法と経緯に、国内外から批判が集まった。
これによって名誉革命体制は打撃を受け、
イングランド・スコットランド関係が険悪になる原因を作った。

虐殺を生き永らえた者たちはその後、王の許しを得てグレンコーに戻って村を復活させた。
現在、グレンコー村では事件の歌が残っている。
グレンコーはスコットランド・ハイランド南西部の谷である。




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