1・はじめに

  科学万能の時代に仏教とはピント外れの話で有りますが、何かの話題になるかも知れません。空論の為の空論です。般若心経の言葉を耳にした方もおありかと存じますが、「色即是空」と言う言葉を一度くらいはお聞きかと存知ます。「色」とは現象と言う意味です。「空」とは実体が無いと言う意味で、色即是空とは、現象には実体が無い、と言うことになります。現象を「有」とし実体の無いことを「無」としますと、色即是空は「有即是無」となり、有は無なり、と言うことに成ります。これは「矛盾」であります。矛盾ではお話に成りません。此処はひとまずおいて、後で考えましょう。
  仏教の教えを書いたものを「経」といいます。仏教の決まりを書いたものを「律」と言います。そして仏教の理論、哲学を書いたものを「論」と言います。この論の中に「中論」と言う論があります。中論に「非有非無」と言う言葉があります。この世は、「有」でもなく「無」でもないものだ、と言います。それは何だと言うと、よく解りません。色即是空の矛盾より難しい難解なものです。これもひとまず後で考えましょう。
  仏教のお経で意味の深いお経に「華厳経」と言うお経があります。ここでは「一即一切」「一即多」と言う言葉が有ります。一つの小さいものが総ての大きなもの、一つが沢山の多くのもの、無限に小さいものが無限に大きなもの、無限に少ないものが無限に多いもの、これらそれぞれの二つのものが同時に同じ場所にあるといいます。これも理解に苦しみます。ここでは「無限」と言う難解な言葉を使いました。
  さて、「矛盾」や「無限」がありますと、科学では相手にして呉れません。そんな訳の解らないものを、宗教では扱います。仏教も宗教です。
  この世の、この宇宙の、研究は科学の分野です。科学では宇宙を観察し、観測し、数学的処理をして、真実を求めてきました。しかし、人間は数千年の昔から、宇宙に興味を持ち考えてきました。古代ギリシャ、ローマ、エジプト、インカ、マヤ、インド、シナ、等々いろいろの文明があるのは、ご存知のとおりです。釈迦より生まれた仏教も、宇宙について考えてきました。これから仏教ではどの様に宇宙を考えていたのか、書いて見ようと思います。
  しかし、ここに一つ難題があります。仏教哲学では、宇宙の本質について考えることを「無記」として禁じています。また中論では「戯論」と言い、この世の仕組みを考える事を禁じています。仕方が無いのでここは目を閉じて進みましょう。


 2・C点について

 この現象世界は物質と空間から出来ています。物理学では、物質を破壊することにより分子に達しました。分子を破壊することにより原子に達しました。そして原子を破壊することにより、もうこれ以上は破壊できない素粒子に達しました。ここが物理学の最先端です。
  宗教ではそれは「概念」の世界でしか有りませんが、「C点」と言うものを考えました。ここで何故C点かと言うことを少し説明します。この文章を書く以前に、「C点による時空論」なるHPを出しましたが、この中で物質A、B面なる表現を使用し、そこでC点なるものを使用し、今回そのつづきとしてC点を使用しております。検索し「C点による時空論」「C点による仏教論」を参考にして下されば幸せです。
  さて、「C点」ですが、「矛盾・無限」の視座に立ち、「瞑想」を必要としますが、科学と異なるところで難解ですが、以下のような素粒子よりもっともっと小さい存在です。無限大とゼロ程の違いです。

  C点は空間を考えてみて下さい。3次元の立体、2次元の平面、1次元の直線、そして0次元の「0」――この「0」が「C点」です。C点は、空間において、体積を持たず、粒子でも無い、位置のみ有する純粋な「点」であり、「有と無」とを同時同位置に持つ矛盾した存在で、無限の概念をいれて、瞑想するしか了解できない難解な存在です、
  C点は、有には非ず無には非ずの「非有非無」の「第三」の存在です。基準「0」ではありますが、単位「1」では有りませんので、「数」には成りません。 「0」 と「1」とがあれば、プラス・マイナスの2進法で数となりコンピュー ター処理もできますが、兎に角C点は「非有非無」の難物です。しかし、この「C点の世界」が「仏教の世界」であります。

  C点は「有と無」とを同時同位置にもつ存在です。これは般若心経の「色即是空」つまり前に書きました様に「有即是無」と一致します。C点の世界は般若心経の世界なのであります。この世は「色即是空」であり、「有と無」との同時同位置存在でも、現象世界では「無は認識されない」ので、我々の見る世界は「有」のみと成り、なんら矛盾を感じないので有ります。
  また、中論の「非有非無」もC点そのものの様ですが、これはそう単純でなく、後で説明をしたいと考えています。
  最期に、華厳経の「一即一切」「一即多」ですが、C点の「0」である事を考えますと、これは無限に小さくもあり無限に大きくもあり、無限に少なくもあり無限に多くもあり、「C点の世界」は「華厳経の世界」でも有ります。「0」は無限に小さくも有りますが、単純で何ら変化のない無限の大きさでも有ります。話が逸れますがゼロと無限大とが、矛盾・無限を視座にすると、一致する様です。これに似ております。
  話が急ですが、「C点」から突然「仏教」に成ってしまいました。

 
 3・ビッグバン前後

 C点の世界が仏教の世界と言うとんでもない事に成ってしまいました。「非有非無」と言う矛盾・無限の訳の解らない「カオス」でありますが、これは本質の原始の「カオス」であります。しかし、物理学によると140億年前に大爆発「ビッグバン」が起きて、この宇宙が生まれたと言います。そしてこの現象世界が生まれ、「物質」と「空間」が生まれました。そしてここで、物質の変化が起き、つまり正確には「変化・非変化」が起き、この変化と言う「持続」と非変化と言う「瞬間」とが生まれ、「持続・瞬間」と言う矛盾の同時同位置存在から「時間」と言う概念が生まれました。
  「ビッグバン」により我々の現象世界が生まれ、「時間」と「空間」が生まれました。これも仏教の世界であります。

  ここで「変化」について考えましょう。だがその前に再び「C点」について考えます。現象世界における物質も空間も「C点」から成っております。C点は「有と無」より成る矛盾した存在ですが、
  「C点」の「有の性質」から「物質」は成っております。また、
  「C点」の「無の性質」から「空間」は成っております。
  ここで物質「A」と言うものを考えます。すると世界は「A」とAに有らざる物質E、F、G、等々と空間「非A」とに分かれます。ここで小休止。
  そこで「変化」とは、物質が空間の中を移動することでは有りません。変化とは「物質が空間に変る」ことであり、「空間が物質に変る」ことであります。 空間は単なる「無ではない」し物質は単なる「有ではない」のであり、空間は物質となる「能力」を持っており、物質も空間となる「能力」を持っているのであります。物質はC点であり「有ではない」し空間はC点であり「無」では有りません。難解なところですが、一つのポイントでも有ります。
  それで、変化の度にC点は、「有から無に」「無から有に」瞬時に「0秒」で変ります。C点の「性質」が変ります。こうして「時間」が流れます。


 4・時間について

 なを、「変化」について考えます。前の続きになります。物質Aは空間の中で原因「因」と成ります。そして物質E、F、G等々は条件「縁」となり、Aは変化して、結果「果」として物質L、М、N、等々と次々に変ってゆきます。これが「縁起」であります。そして、とどまる事も無く、変化の流れはつづき、物質Aは瞬時に消え、「中論」によりますと、Aは実体の無い、自性の無い、「無自性」で、単なる影の様な、幻の様な、蜃気楼の様なもので、存在しないと言います。つまり、Aは存在しない。非Aは存在しない。Aであり非Aであるものも、存在しない。Aでなく非Aでないものも、存在しない。これが「中論」の理論であります。難解です。
  認識対象のAが存在しない。よって認識の行為も存在しない。最期は認識主体も存在しない。そして総てが存在しない。これが「中論」です。だが、この世は「非有非無」ぎりぎりの世界であります。
  だが「中論」からは「戯論」と言われ、無意味で何の役にも立たない理論ですが、ここで、思い切って「無自性」を捨てます。あえて戯論を選びます。すると、Aは実体があり、次々に変化しますが、瞬間、瞬間にL、М、N、等々実体の連続となります。「実体」は「責任」を持った確固たる存在です。それでも、この世は「縁起」「空相」の世界で「非有非無」の仏教の世界です。そして、私共は明確に生まれ、明確に死にます。この世は、「諸行無常」と言います。
  なを、中論にもとずく認識を「勝義諦」と言い、ただ我々の平凡な認識を「世俗諦」と言いますが、「無自性なし」では、勝義諦も世俗諦も不要であります。だが、それでも「C点の世界」は「仏教の世界」であります。中論の人からは、「戯論」として認められないのは、火を見るより明らかです。

  いま少し「変化」について考えてゆきます。現象世界における物質の変化・非変化、つまり時間としての持続・瞬間は、それぞれに矛盾したものですが、瞬間を「無限」に「0秒」に近づけますと、変化・非変化と言う矛盾は合一してしまいます。持続・瞬間と言う矛盾も合一して「時間」が成立します。過去・現在・未来も「0秒」の中を流れます。この辺り瞑想を必要とします。矛盾・無限の視座を必要とします。「現在」と言う瞬間も「非有非無」の存在です。

  時の流れは無常であります。過去・現在・未来と流れる歴史は一つしか有りません。そしてこの歴史は僅かの変更も許されない決定したもので有ります。この意味では仏教は「決定論」であります。だが、現在に視座を置きますと、過去は決定されたものですが、未来は未だ来たらぬもので、決定されない非決定なものであります。未来の事までは、解らないのであります。こう考えますと、仏教は「非決定論」でもあります。どちらとも決定出来ません。


 5・空間について

 これから少し空間について考えてゆきます。最初に「刹那滅」の思想について考えます。仏教哲学の主流をなしている思想であります。其れによりますと、この我々の現象世界は現在と言う「瞬間において成立と消滅」を繰り返していると言います。つまりこの世は、映画の様なもので、瞬間において成立・消滅を繰り返し、現象世界・非現象世界の繰り返しの連続がこの世であり、不連続の連続がこの現象世界だと言います。しかし、「矛盾・無限」の視座からは空間「物質」は、「0秒」において連続した流れでおり「滅することは無い」のであります。ここでは「刹那滅」論を捨てます。

  さて、空間に話は戻ります。物質Aは空間に一定の体積を持ち、一定の「拡がり」が有ります。どうしてC点から物質Aに成るかは解りません。つまり、C点がどうして「素粒子」に成るかは解りません。C点と素粒子との間には「宗教」と「物理学」との間にある壁が大きく立ちはだかっています。このギャップはどうする事も出来ません。単純に、C点は素粒子につづいてはいません。
  物理学では素粒子、原子、分子、物質と移り現象世界に至ります。仏教では諸々の「因縁」により、物質が「縁起」されると言うのでしょうが、これでは解決に成りません。だが、C点から物質が出来ている事だけは確実です。
  物質が一定の「拡がり」を持つためには、C点同士が互いに「引き合う力」と互いに「離れる力」が必要です。この互いに反対な互いに「矛盾」した力、つまり、「エネルギー」が必要です。C点にはエネルギーがあります。C点に単位が無く「数」にならなっかた様に、C点の持つエネルギーにも単位は有りません。数量化は出来ません。

  ビッグバンが爆発なら、それはC点同士が離れあう現象ではないだろうか?体積の無いC点は、宇宙総てのC点を集める事も可能であり、この「超高密度」のC点が、ビッグバン直前に準備されていたのではないだろうか?
  また、ブラックホールはC点同士が引き合う現象ではないだろうか?

   仏教の宇宙は、「C点」より成っていますが、「色即是空」の世界であり、「非有非無」の世界であり、「一即一切」「一即多」の世界であります。

  仏教では時間の考察は多く深いのですが、空間のそれは多く有りません。だが、ここでは「無自性」を捨てました。それ故「物質」は、影の様な、幻の様な、蜃気楼の様な自性の無い頼りない存在ではなく、「自性」のある確固たる「実体」のある「責任」のある存在です。これは「無記」であり、「戯論」です。
  さて、仏教では、宇宙の支配者「大日如来」が居り、そのお経は「大日経」ですが、難解な教えは言語に成らず、「曼荼羅」と言う絵で教えています。しかし、特別な宇宙論は無く、仏教の「教え」や仏教の「浄土」が描かれております。また、空の太陽や月には古代の人々も神秘を感じた様で「日光菩薩」「月光菩薩」として帰依している様です。
  なを、仏教では、前世、現世、来世、と言う思想もあり、輪廻の世界や地獄・極楽などの世界も有りますが、これ等は実体の無い世界です。特別な宇宙を創っている訳では無い様です。これまで仏教の創る時空について少し乱暴でしたが、おおよそを書いてみました。


 6・おわりに

 あれこれ書いてみましたが、仏教の部外者である一民間人の単なる思索であります。仏教の持つ宗教としての生命、「慈悲」の思想、などは論ぜず時空のみを考えました。仏教は奥の深い宗教であり広く膨大な内容のあるものですが、私の能力をこえます。これは空論のための空論ですが、お笑い下さい。特に物理学の宇宙とは異なり、「概念の宇宙」で、妄想の様な乱文ですが、お許し下さい。
著者 内科医 S・イマムラ


追記

  「曼荼羅」につき「特別な宇宙論は無く」と書きましたが、これは「真言密教の宇宙」を絵画にした様です。ここに追記しておきます。


関連サイト1:C点による時空論 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/
関連サイト2:C点による仏教論 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/bukkyo/
関連サイト3:C点による般若心経 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/cpoint_h/
関連サイト4:C点論における矛盾と無限 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/cpoint_mm/