1・はじめに

  般若心経は「縁起」「空性」「無自性」などより、現象否定の「無」の世界と成ってをります。そのため人間の生命の軽視が生じたり、生きる事への責任が軽視されたりする、危険が付きまといます。しかし、空の哲学は、魅力的であり、生きる意味を奥深く考えさせて呉れます。それが危険であれば有るほど、人をひきつけます。だが、今一度検討してみたく感じられます。「C点による時空論」「C点による仏教的宇宙論」と言う新しい武器を持って切り込みたいと考えます。グーグルまたはヤフーにて検索して下さい。以後、この武器をまとめて「C点論」と今後は書きます。時空論より始めます。


 2・C点論の概略

  私達の宇宙の最も本質的なものは、「時間」と「空間」であります。私達は周囲に有る「物質」を見るとき、拡がりとしての空間を知る事が出来、また物質の変化を見るとき持続と瞬間としての時間を知る事が出来ます。時間も空間も物質の存在で了解可能であります。ここで物質Aと言うものを考えます。すると、宇宙はAとAに非ざる非Aとに分かれ

    AはAである
    非Aは非Aである
    Aは非Aではない
    非AはAではない

これは、どうすることも出来ない真実である。だが、Aは非Aから分離されなければならない。いまそれが実在すると考えると、それは物質Aを包む平面であり、この面は厚さは無い。この面をB面と名ずける。厚さが無いB面は、表であり同時に裏である矛盾した存在である。次に物質の変化でありますが、それは

    Aが非Aに変わり   同時に
    非AがAに変わる

ことで有ります。これを改めて考えると

    Aは非Aと成る能力があり    また
    非AはAと成る能力がある

ことで有ります。

ここで次のような思考を試みます。物質Aおよび空間非Aを無限に分割してゆきます。最終的には物質Aおよび空間非Aは、どうなるか? それらを「C点」と名づけますと

    C点は、3次元の立体、2次元の平面、1次元の直線を考えるとき
    0次元の存在であり、空間に体積を持たない、粒子でも無い、位置
    のみ占める「点」であり、「有と無の合一体」と言う矛盾した存在を同位置
    に持つ、難解な了解困難な点であります。数学的0でも有ります。

物質Aおよび空間非A、いずれの場合も数学的0で合一します。これらは
「無限・矛盾」を視座にして、瞑想により了解出来る「宗教的」存在でも有ります。
以上がC点論の主たる論理であります。ポイントですので十分に瞑想願います。
以後少しづつ論を進めます。


 3・C点と時間と空間

 C点は空間において、極めて小さい殆んど無に近い「有」であり、同時に同位置で有なる性質を失い「無」と合一して極めて大きな広い空間となる、矛盾した性質を持つ了解に苦しむ存在です。空間も物質もC点から成り立っています。そして
    「空間」はC点の「無」の性質が優位であり また
    「物質」はC点の「有」の性質が優位であります。

ここで時間を考えますと、物質と空間の変化が重要です。
変化は、物質から空間へ、また空間から物質へと「0秒」で変わります。
  蛇足ながら追記します。「人」が歩いています。人の前の「空間」が人に変わります。人の背後には空間が残ります。つまり、空間が人に変わり、人が空間にかわります。「無」が「有」となり、「有」が「無」となります。変化です。

 ここで時間について、纏めます。空間における物質の変化つまり「持続」と物質の非変化つまり「瞬間」―――この互いに矛盾する両者は「現在」と言う「0秒」において合一して「時間」と言う概念になります。実在するのは、物質のみで時間は概念に過ぎず実在しません。過去・現在・未来も「0秒」の中を流れます。現在と言う瞬間も「有・無の合一体」で矛盾した存在です。このあたり矛盾・無限の視座に立つ「瞑想」を必要とします。

 4・色即是空

 話は般若心経に移ります。般若心経の主題は「色即是空」と言います。色とは「現象」の意味であり、空とは「実体が無い」と言う意味です。現象は「A」であり、実体の無いのは「非A」と言えます。色即是空とは、「Aと非Aとの合一体」で、「有と無との合一体」で色即是空は有即是無とも言えます。ここで現象は物質Aを空間は非Aです。

  ここで現象は実体が無い。つまりこの世は「空の世界」「無の世界」と仏教哲学では言います。これは私達に理解出来ない世界で、現象は実体の無い「無自性」で、この様な認識は「勝義諦」と言う悟りを必要とします。私達の認識は「世俗諦」と言い区別されています。「勝義諦」は極めて難解です。

 現象世界では、物質Aを考えますと、空間は物質Aと物質Aに非ざる空間非AとAに非ざる物質E、F、G、H等々に分かれます。原因A「因」が成立するためには、条件「縁」Eが必要でEがあってAが成立し、Eが消えるとAも消えます。この現象世界では、総てが移り変わり、瞬時も止まることは有りません。条件Eが条件Fに変わることにより、原因Aは結果「果」Lと変わります。これを「縁起」と言います。現象世界では、この様にして物質Aは次々とかわり、物質L、М、N、P等々と移り変わり止まることが有りません。これを「諸行無常」といいます。

 仏教哲学では、Aは「無自性」であり、実体のない「空」と言います。それ故この世は実体の無い「仮」の存在で、「無」の世界と成ります。
 Aは存在しない。認識の「対象」が存在し無い。よって認識の「主体」も存在し無い。また認識の「行為」も存在し無い。最後は総てが「空」と成ります。認識主体の「我」もありません。ここには仏教哲学の膨大な理論がありますが、とても理解しきれません。

  さて「C点論」では、認識主体は「有」として実体のある「我」です。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」がその立場です。認識対象も実体ある「現象」総てであります。

 5・C点論のオリエンテーション

物質AはC点より出来ております。C点は、「色即是空」つまり「有・無の合一体」であり、C点論の世界、つまり般若心経の世界は、「空」の世界では無く、「無」の世界では無く、「有・無の合一体」より成る世界であります。勿論「実体」のある世界です。

 「有・無の合一体」と言っても、この現象世界では「無は認識されない」ので、この世は「有のみ」となり、私達にはこの世界は「あるがまま」の世界で、あります。勿論「実体」もあり、「空」も「無」も含んでおります。偏って見れば、「空性」の世界でも有ります。ここでC点論のオリエンテーションを試みます。

    第一の存在 有の世界 現象肯定 世俗諦 自性 科学
    第二の存在 無の世界 現象否定 勝義諦 無自性 縁起 空性 仏教哲学
    第三の存在 有・無合一体の世界 現象再生 C点論 仏教


 6・空の世界

 ここで気分転換します。

 私達の生まれる前の闇、私達の死んだ後の闇、この膨大な闇―――膨大な闇に比べると私達の人生は、ほんの一瞬。この現象世界も一瞬。この闇の世界に視座をおくと、我らの現象世界は、瞬時の、夢のような、幻のような、蜃気楼のような、「仮」の実体の無い世界。

 この闇の世界に視座をおき、「瞑想」すると、総てが消え、我も消え、宇宙に同化し、大自然の命と同化し、不生不滅、悟りに至る。空の世界に至る。

    この世は「空」の世界。
    色即是空  空即是色

 生老病死に始まるこの世は「苦」の世界であります。
如来はこの人間の苦悩を救わんとして、「無執着」を訓えました。私達は「拘り」を持っています。生命、財産、家族、をはじめいろいろと執着を持っております。また生老病死の苦悩にも拘ります。執着が総ての苦悩の原因です。如来はそう説いています。

 如来は、生まれたままの無垢な心をまず求めました。そして「空」を説きました。総てを否定しました。生命すら否定し、それは単なる「仮」の存在で「不生不滅」が真実で、生命は存在せず、拘る必要は無いと説きました。この世の一切の苦悩は「仮」の存在でしか有りません。この「空」の境地を求めて修行する出家も沢山おりますし、「空」に生きてもいます。「現象否定」は「苦悩の否定」でもあります。実体の「無い」ものを「怖れるな」と言うのが如来の慈悲であり、訓えであります。

 「無執着」と言う如来の訓えは、総てが「空」と言う悟りにより説かれています。だがそれは如来の「人間救済」のための「方便」です。空の世界は実在しません。無の世界ですので実在しないのは、当然では有りますが。

 7・最後に

 現実は第三の存在、C点論の世界であります。そこは「有・無の合一体」からなる実体ある世界であります。この世は、夢のような、幻のような、蜃気楼のような実体の無い「仮」の世界では、有りません。現象には「空」も含まれていますが、空の世界でなく実体ある時間的にも空間的にも責任ある確固たる存在です。生命も実体ある、「誕生」と「死」があります。総て「実体」があり「仮の存在でない」のであります。

    「C点論」には救いは無いのか?

現象世界に生きるとは、次々に生まれる問題との「対決」であります。対決を避けると心に「不安」「恐怖」が生まれます。対決は「心に構え」を創ります。対決が成功であれ、失敗であれ、「自我」は「心の構え」により守られます。

 科学の進歩発展により、この世は生きやすく成りました。般若心経は「空」の世界を説いたものでは有りません。如来は「方便」として第二の「空」の世界を説きましたが、真意は「無記」に守られてはいますが、「色即是空」の「C点」の世界を秘めている様に思われます。仏教部外者の在家が、暴論を書きましたが、一時の妄想としてお許し下さい。

著者 内科医 S・イマムラ

関連サイト1:C点による時空論 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/
関連サイト2:C点による仏教的宇宙論 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/ucyuu/
関連サイト3:C点論における矛盾と無限 http://www016.upp.so-net.ne.jp/jikuron/cpoint_mm/