私共は、現象世界に生きています。生命は、何に増しても重要です。宗教にとっても生命は重要です。私共の仏教もそうであります。生命には2種類あります。個体発生学的生命と系統発生学的生命であります。此のことについては
に書いてありますので、ご面倒でも検索してください。なを同名のタイトルがありますのでjikuronと有るほうをお読み下さい。[C点による時空論]より「B面」を参考に、「自我境界」と言うものを考えました。法華経の訓えもここでは一まず別にして、より現実的なものとして、精神を試論しました。これは、現在の精神医学の論文ではありません。ただ人間を理解する一つの基礎的な思索であります。参考にして下さい。ここでは人生の送り方は、訓えません。宗教ではありません。
現象世界に生きる我々には、この世の変化が気になります。仏教ではその変化を因・縁・果と言い、弁証法の正・反・合と言うのも是に近い考えです。学問的にそうだと言う訳では有りません。この世の変化の中で生・老・病・死ほど苦しいものは有りません。釈迦も其の為に出家しました。そして悟りました。だが我々一般人は簡単には悟れません。
日本仏教全般を考えますと、仏教は死にました。あるのは葬式仏教であり、観光仏教であり、その間隙を「新宗教」が埋めてをり、大多数は無宗教であります。
生まれたからには、死は避けられません。それ故日本人の多くは軽鬱状態なのでしょうか? またキリスト教の原罪と言うのも、この様なものなのでしょうか? だが我々は日常性のなかで、普段は死を忘れています。死は身近に潜んでいます。だが仏教の出番は殆ど有りません。
いろいろ論じて参りましたが、仏教は日本人の心に深く根ざしております。仏教の最高位に釈迦如来、この世の支配者薬師如来、宇宙の支配者大日如来、あの世の支配者阿弥陀如来、そしてそれ以外にも多くの如来、菩薩、天部、明王と沢山の仏達が私共の周囲におります。親しみがあり信仰もされています。京都、奈良を始めとして日本国内至るところに、仏教寺院があり、建築、仏像など国宝、重文はもとより数多の美術品が私共の心を癒して呉れています。また仏教の葬儀は、私共悲しみに沈んでいる心に一つの区切りを与えて故人を偲ばせてくれます。科学的で有ろうが無かろうが、前世、現世、来世の思想は、輪廻転生とも連なって、因果応報の教えを与えてくれます。地獄、極楽もこの世にこそ有りますが、それが死後にあっても一向に差し支えありません。また修行僧も居り尊敬を集めておりますが、是はこれで爽やかな話題であります。だが仏教は私共から縁遠くなっています。
仏教徒で有ろうと無かろうと、良識ある心豊かな日本人は、沢山居ます。今、心について精神について、改めて考えるべき時です。ヤフー検索して「精神について」検討下されば幸せです。「C点による仏教論」からは脱線しましたが、これで終わります。
著者 内科医 S・イマムラ