2006年2月の日記

人生最後のアルバイト?

2/1(水)

 「ぼくは勉強ができない」読了。大学受験時に模試か本試で出題されていた覚えがあったので、ちょっと読んでみた。どうやら出題部分は「眠れる分度器」からだったようだ。そんなことより、面白くて一気に読んでしまった。

 はからずも一昨日読了した「少年H」と続けて、同系統のものを読むことになってしまったが、こういう話は痛快で好きだ。振り返って、自分自身は子供の頃どうだったかなと考えさせられるところもあるが、おいらも結構変わっているので、若干似ていなくもなかったな。もちろん主人公2人ほどではないが。そう考えると、やっぱり公務員は向いてないのか?

2/2(木)

 バイトの面接に行ってきた。高級レストランというのでわざわざスーツを着ていったのだが、空回りしてしまった。部屋に入った途端に業務説明が始まって、スケジュールを確認された。面接は全くなく、明日から来ることを確認して終了。英語なんて必要なさそうだ。これで明日からのバイト生活が確定。ニートからフリーターへの昇格を果たし、なんとか初任給まで生活できるめどが立った。

2/3(金)

 疲れた…。初めてのウェイター。トレイを持った事も生ビールをいれた事も無いと言ったら、あきれられた。何もできないので、とりあえず食器の下げオンリーだった。これから段々できるようになれば良いよと言ってくれたが、今は足手まとい以外の何者でもなく、ちょっと自己嫌悪。ほんの3時間半やっただけで、くたくたになってしまった。先が思いやられる…。

2/4(土)

 つらかった。ウェイターという仕事が、まさかこんなに肉体労働だとは思わなかった。腕が痛い…。この痛みはレタス収穫バイト以来だ。今日は8時間働いて、もう限界だ。さらに夜仮眠を取って、朝からやるコースがあるのだが、それはおいらには無理だな。体力というより、腕がもう動かない。物を落とさずに運べる自信が無い。本当に先が思いやられる…。

 ついに今年も花粉が始まったようだ。家に帰ってからくしゃみが立て続けに出た。目はまだ痒くないが、のどに花粉特有のいがらっぽさがある。嫌な季節が来たなぁ。

2/5(日)

 7月に子供が生まれた友人の家へ遊びに行った。ここは国1一次試験の翌日にお邪魔したとこなのだが、赤ちゃんがいる以外は何も変わってなかった。夫妻も相変わらずのキャラだし。子供の話から会社の話、おいらの近況の話など、とりとめもなくおしゃべりした。最後は寿司をご馳走になって帰宅。毎度々々ありがとうございます。ご馳走様でした。

2/6(月)

 今日は11時から22時までバイト。って聞くと大変そうだが、えらく楽だった。というのも、雪のせいでほとんど客が入らなかったのだ。おかげで、先輩から基礎を手取り足取りみっちり教わった。それでも時間が余り、社員さんは早退しまくり。それでも暇で、やる事を見つけるのが大変だった。これで給料をもらうのは、ちょっと気が引ける…。

2/7(火)

 今日はひたすら裏でジュースを搾っていた。完全なる単純労働。これもウェイターの大事な仕事か…。

2/8(水)

 今日はお休み。しかし明日は朝食の配膳があるため5時起き。それに備えて、今朝は6時起き。朝早く起きると、1日が長く感じる。まさに三文の得だな。でも、それが仕事のためだと三文の損のような気も…。

 「恍惚の人」読了。おいらが生まれるよりも前に書かれたものなのに、全く古さを感じさせない。高齢化社会の問題点を鋭く描いている。さすがに当時よりは社会整備も進んではいるが、それでも自分の親が、又は自分自身が痴呆になったらどうしようかと考えさせられる。

2/9(木)

 朝食の配膳だと気合を入れて仕事場に行ったら、おいらの担当はジュース搾り。5時起きの意味無いじゃんかよ〜。昼までには搾り終わり、昼はひたすらクレープシュゼットを作っていた。これが、注文を受けてからお客の目の前でパフォーマンスをするというもの。簡単な料理だから出来なくはないけど、研修も受けていない、ただのバイトにやらせても良いものなのか?

 しかし、Yシャツにこぼしたジュースがシミになって落ちない…。キッチンハイターに漬けてもダメだった。何か良い方法はないでしょうか?

2/10(金)

 今日は昼食と夕食との間が2時間半も空いてしまった。仕方ないので一たん外に出て、図書館で本を読みながら時間をつぶした。2時間以上開いた場合は交通費が2回分出るとは言っても、やっぱり無意味な時間は苦痛でしかない。ぶっ通しで働いた方が、まだ良いような。

2/11(土)

 初めての当直バイト。当直とは、夕食,バーと深夜25時まで配膳をやった後に仮眠を取って、朝6時から朝食の配膳をするというもの。平日ならそれほどきつくないらしいが、週末は大変だとのこと。さらに今日はバレンタインデーが近いせいか、異常にお客が多かった。こんなに忙しいのは久しぶりだと、先輩もこぼしていた。最後は両腕の握力がなくなってきて、トレイをまともに持つことができなくなってきた。きつ過ぎる…。

2/12(日) 雪月富士鑑賞

 3時間ほど仮眠した後、再び忙しく朝食の配膳。おいらはコーヒー,紅茶のサービスを重点的にやることになった。お代わりを訊いて回るなどこれだけでも結構忙しいのだが、食器の下げや表に溜まった食器を裏に持って行くなどをやってると仕事が間に合わなくなる。今日も普段以上のお客の数らしく、まさに目が回るほど忙しかった。それでも何とか昼の12時までやり遂げた。事務所に帰るとちょうどおいらの担当の人がいたので、体力的につらいからもう当直はやりたくないと泣きを入れてしまった。

 が、実は今日はそのまま登山に行く予定だった。体力の限界どころではない。シャワーを浴びる時間も惜しみ、家には荷物を取りに行っただけで、そのまま出発。急いでいたせいで、カメラを持って行くのを忘れてしまった…(そのせいで今回は写真がありません)。電車で友人と待ち合わせ、渋沢で降りてちょっと買い物。バスで大倉へ。結局、登山開始は15時半過ぎになってしまった。しかし、今回の目的は満月を反射して光る雪をかぶった富士山を観るということなので、この時間でも問題無し。

 登山開始早々から下山してくるたくさんの人達とすれ違った。そりゃこの時間は普通なら下山の時間だよな。これから登るんですかと驚く人もいた。中高年の人が多いが、こんなにたくさんの人が登ってたんだな。大倉から駒止茶屋、花立山荘を経由して塔の岳に至るルートは通称「馬鹿尾根(下るとひざが馬鹿になる)」と呼ばれているらしいが、本当にうんざりするほど階段が多い。みんなここを下ってきたんだなと思うと、中高年であってもその体力は馬鹿に出来ない。約1時間に1回休みを入れることになったが、登っている最中は、次の休みはいつだということばかりしか考えられない。それくらいきつかった。

 2回目の休憩の前あたりから夕日が綺麗だった。この日は始め曇っていたのだが、この時間になると雲が無くなり快晴になった。山の上から日没を見るのは初めてなので、夕日に映える周りの山並みが感動的だった。2回目の休憩以降は夜行軍。しかし既に満月が上っていて、ヘッドランプを点けなくても良いくらい明るかった。それでも地面は凍りついてしまい、歩きにくくなってきた。雪が残っていないのが幸いだった。特に危ない目に遭うことも無く、18時半に塔の岳到着。

 山頂にある尊仏山荘に泊まったが、そこのご主人が面白い人だった。時間が時間なので夕食は自炊せずに軽くおにぎりですませたのだが、それから20時半の消灯までご主人から日本酒をいただきながら、色々おしゃべりをした。おいらはほとんど登山の経験は無いのだが、友人は結構登っていて、特にこの丹沢周辺は地図がいらないくらい登っている。当然ながらご主人と話が合い、おいらにもわかるように解説を交えながらの山の話がメインだった。24時の雪月富士鑑賞に備え、21時にとりあえず一たん寝ることにした。

 24時に起きて完全防寒体制を整えて、いざ雪月富士の鑑賞。夜空には雲が全く無く、絶好の天気。雪をかぶった富士山は中天の満月に照らされて白銀に輝いていた。すげぇ。塔の岳からは富士の周りに山並みが見えず、麓まで完全に見通せて、まさに孤高の富士という姿になる。その山腹から上は完全に雪をかぶっていて、その雪が満月の光を反射している。闇夜を背景にして白銀に浮かび上がる富士は、確かに霊峰に相応しい神々しさを纏っていた。反対側関東平野の夜景もかなりの絶景なのだが、雪月富士とは全く勝負にならない。寒風吹きすさぶ中、寒さも忘れて1時間近く富士に見入っていた。これを見るためだけに、夜勤明けを押して登山したのだが、完全に報われた。誘ってくれた友人に感謝。

 それからまた寝て、4時に満月を背負った富士山を見ることにした。が、こちらはがっかり。富士山と満月をいっぺんに眺められるのは良いのだが、富士山がシルエットになってしまい、ただの月夜の風景になってしまった。気を取り直して、次は6時の日の出を見ることにした。寝てる時間は無いので、布団の中で寒さをしのぎながら時間が来るのを待つ。5時過ぎくらいから外に出て、闇夜が段々赤くなっていき、空が明らむ様を眺めた。

 山荘のご主人の義父がプロのカメラマンらしく、日の出に合わせて起きてきて写真を撮り始めた。その方の話では、今日は富士の背景に雲が無く、朝日を反射して赤く光る富士が見られそうだとのこと。雲があるとそちらが赤く光ってしまい、富士が目立たなくなってしまうそうだ。赤い富士は滅多に見られないと言っていた。期待しながら待つと、ついに朝日が顔を出した。水平線上の朝日は光っておらず、赤いだけで直視することができた。後ろの富士を見るとかすかに赤いだけで、それほど変化は見られない。どうやら海上の雲が邪魔をして、朝日の光量が足りなかったらしい。残念。朝日が雲の上に顔を出すと、今度は明る過ぎて赤くならなかった。

2/13(月) 塔の岳下山

 7時に朝食。やはり簡単にロールパンにイチゴジャムのみ。身支度をして、まずは水を汲みに行った。山頂から15分ほど下った所に水場があるのだが、途中の道が凍っていた。おいらは雪道用のスパイクを持ってきていたので、それを装着して快適だったのだが、友人はかなり苦労していた。水を汲む前にひと飲み。湧き水は本当に美味しかった。再び山荘に戻って、ちょっとおしゃべり。

 下山ルートは当初ヤビツ岳経由を考えていたのだが、鶴巻温泉が休みと聞いて、急遽三の塔経由で大倉に下りることにした。というのも、大倉に温泉があるとご主人に聞いたからだ。9時頃出発。今日も快晴で、景観はすこぶる良い。二の塔までは時々回りの景色を楽しみながら軽快に進んだ。が、三の塔手前の登りが大変だった。道が完全に凍り付いているのだ。登りだからまだなんとかなるが、下りだったら諦めるなというくらい危険だった。それでも11時前に三の塔到着。

 三の塔の休憩所で軽く昼食。朝汲んだ湧き水で白湯を沸かして飲んだりなど、温まった。後は牛首を経由して大倉まで下るだけ。牛首からは舗装された林道があるのだが、あえてそこは避けて山中の自然道を通ることにした。13時過ぎに大倉到着。が、温泉など無かった…。ご主人が言っていた所は渋沢と秦野の中間にある銭湯だった。ひどいよ…。

 温泉は諦めて、渋沢周辺でラーメンでも食べて帰ろうということになったが、ラーメン屋が無い。駅の周りをぐるりと探したのだが、あるのは美容院ばかり。ざっと10軒以上ある。渋沢の人はどれだけ髪を切るんだよ。結局ラーメンも諦めて帰ることにした。

 温泉に入れなかったので、家で風呂に入ることにした。この家に越してきてから浴槽にお湯を張るのは、これが初めてだ。なので、まずは汚れ放題の浴槽の掃除から。ちょっと大変だったが、やっぱりお湯に浸かるのは気持ち良いもんだ。足もしっかり揉んで、ゆっくり疲れを取った。

 今回の登山は最初から最後まで友人の世話になりっ放しだった。食事などもほとんど友人に用意してもらってしまった。迷惑をお掛けしてすみません。本当にありがとうございました。

2/14(火)

 当然ながら、昨日の風呂だけでは疲れを完全に取ることなど出来ず、足の裏からふくらはぎ,表腿,裏腿とひどい筋肉痛。それでも翌日に痛くなっただけで嬉しい(登山時の疲れなら翌々日ということになる?知らないな、そんなことは)。今日はバイトも無いので、一日中を休養にあてることができた。

 しかし、ここを見ると一昨日辺りから一時間平均の花粉数(個/m3)が100を超えるようになってきたようだ。いよいよ本格的に花粉の到来か。ってことで、良い天気なのに布団も干せず、洗濯物も室内に干すことに。一歩も外に出ずに、部屋でごろごろしていた。せっかくの休日なのに勿体無い…。

2/15(水)

 夕方から同期とちょっとした勉強会の後、例によって飲み会。毎月1回は飲み会がある。人事の人にも仲良いねと言われた。やっぱりこれからずっと付き合っていく仲間なんだから、仲が良いに越したことはないよな。

2/16(木)

 今日も朝食の配膳。でもやっぱりジュース搾りだった。今回はちょっと量が多くて手間取り、搾り終えるまでに4時間以上もかかってしまった。その後は例の如くクレープ焼き。

 勤務体系がだいぶパターン化されてきた気がする。仕事にも慣れてきて、次が読めるようになってきたので、だいぶ楽になってきた。なんとか2月末まで続けられそうだ。

2/17(金)

 今日は夕食の配膳だけ。しかし、慣れてきたこともあって油断したのか、ミスを連発。怒られてしまった。今日はずっと集中力が散漫だった。疲れてるわけでもないのに、何でだ?あと1週間ちょっとしかないのだから、もっと気合を入れねば。

2/18(土)

 以前あったように、昼食と夕食との間に2時間半の時間が空いた。この前と同じく図書館で暇をつぶそうとしたら、17時で閉館してしまった。まだあと1時間近くある。仕方ないので、駅前の本屋で30分ほど立ち読みした。あとは休憩室でひたすらぐったりするだけ。不毛な2時間半だった…。

2/19(日)

 3日連続24時帰宅はさすがに疲れた。明日はお休み。おいらの中では、今日が金曜日っていう意識が強い。明日は思いっきりだらだらするぞ〜。

 しかし、4月からは毎日これくらいになるかと思うと、気が重いな。やっていけるのか?

2/21(火)

 堪忍袋の尾が切れた。アルバイトの始めから何かといじめてくる奴がいたのだが、今までは我慢してきた。しかし、今日のはひどかった。人格が捻じ曲がってるとしか思えん。大して時給も良くないし、これ以上我慢するメリットは無いと判断した。事務の人に聞くと、こいつのせいで辞める人が多いらしい。最低の野郎だな。

 その勢いで、今日は徹夜で女子フィギュアを観戦するつもり。明日からは時間に縛られないし。まさかオリンピックを生で観れる機会が訪れるとは思わなかった。嬉しいやら嬉しくないやら。

 って思ってたら、5時からかよ!  それなら早寝早起きした方が良かったじゃん。馬鹿らしくなったんで、3時で寝ます。

2/22(水)

 事務所から電話があり、契約通り2月末まで働くことになった。

 というのも、昨日堪忍袋の尾を切った所とは別に、もう一つ派遣されていたレストランがあったからだ。そこは本当の高級鉄板焼き屋で、緊張感はあるものの、奴隷のように働く必要は無い所だった。そこが一人はインフルエンザに倒れ、一人は指をざっくりやってしまって、人手不足になっていることは知っていた。そのため昨日の時点で、もし必要ならそちらだけ働かせてもらうと言っておいたのだ。

 堪忍袋の尾を切った所も人手不足なのは知っているのだが、とてもじゃないが助けようという気にはならない。下の人間に自分から助けたいと思わせるか、顔を出すのも嫌だと思わせるかで仕事への影響が大きく異なるっていうことが良くわかった。

2/23(木)

 遂にやってしまった。

 あと何回も無いというのに、ここにきてとうとう皿を割ってしまった。トレイにもかなり慣れてきて、いけるかな?と思って運んだら、見事にぶちまけてしまった。お客から見えない裏での出来事だったことが、不幸中の幸い。やっぱり慣れてきた頃が一番危ないんだな。わかってはいたんだけど…。

2/24(金)

 今日は4時半に起きて女子フィギュアの観戦。荒川選手の素晴らしい演技には感動したが、コーエン選手とスルツカヤ選手のミスは残念だった。選手全員が自分で納得できるだけの演技を観せて欲しかった。その結果、メダルが日本の選手に渡れば良いなと思っていた。フィギュアは観せる競技なんだし。

 今日はお休み。だからこそ早朝からテレビ観戦なども出来たのだが。その後も1日中だらだら。だらだら出来るって幸せだね。それも精神的に充実してる時のだらだらは最高だ。

2/25(土)

 明日は本当に最後のアルバイト。この2月はバイトのおかげで充実していた。色々あったが、とても勉強になった。やっと仲良くなってきたところでさよならはちょっと寂しいが、給料がもらえるようになったら食べに来ようと思う。ちょっと高いが…。

2/26(日)

 バイトが終わった。最後はみんなに挨拶をして終了。ぜひ食べに来てくれと言って貰えた。1ヶ月の短期で、しかもこの店に入ったのは10回くらいしか無いのだが、それでも最後は冗談を言い合いながら仕事ができるようになった。本当にありがたい。職場の雰囲気って重要だよなぁ。

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