tOp
  rEview
   +aRt
   +mUsic
   +fiLm
   +otHer
  pAssiNg fanCy
  voiCe
  prOfilE
  contAct
  Link

b a c k n u m b e r
#001 : John Neumeier
#002 : Yasmeen Godder
#003 : William Forsythe

▼サイト内検索

NOTE:01
ヤスミン・ゴデール
Yasmeen Goder

1973年イスラエル・エルサレム生まれ。現在イスラエルを拠点に活動し、世 界のダンス界から注目を集める若手振付家。
2001年ベッシー賞受賞。 他者との関係性や人間の孤独、個人の内面の深遠を、濃密な身体のローリ ングプレーから描きこむ独特の作風で知られている。この、個人的な問題意 識を社会的な身体性の中で再定義するダンスは、時にグロテスクな美しさを たたえ、見るものの内面に深く切り込む。

11歳で家族とともに渡米、ニューヨークでダンスを学ぶ。ニューヨーク大学Tisch Scool of the Arts卒 業後、本格的にフリーランスの振付家としての活動を開始。キッチンやDTWを含む多くの劇場で作品 を創作・発表。 2001年にはニューヨークのDTW、キッチン、エルサレムのThe Lab による共同制作作品で『I feel Funny Today』を発表、ダンス界で最も名誉ある賞のひとつ、ニューヨークのベッシー賞を受賞。 99 年よりテルアビブに拠点を移したゴデールは、イスラエルダンスの見本市「Curtain-UP, International Exposure Festival」のコミッションにより、テルアビブにあるダンスの殿堂、スザンネ・デ ラール・ダンスセンターで5年連続新作を発表。『I Feel Funny Today』(2000)、『Hall』(2001)、 『Sudden Birds』(2002)、『Two Playful Pink』 (2003)、そして最新作の『ストロベリークリームと火 薬』(2004)、これらの作品は、国内はもとより、海外のダンス関係者からも高い評価を獲得。 2001年と2003年には、イスラエル文化省より若手振付家賞を受賞するなど、イスラエルの若手振付 家として不動の地位を確立している。

→ 公式ページはこちら



 
  #002: Yasmeen Godder and Bloody Bench Players Present : Strawberry Cream and Gunpowder
ヤスミン・ゴデール振付け「ストロベリークリームと火薬」
東京国際芸術祭 2006
2006年3月3日(金)  にしすがも創造舎特設劇場
振付:ヤスミン・ゴデール / ドラマトゥルク:イツィク・ジュリ
作曲・ライブ演奏:アヴィ・バレリ
空間デザイン:ガル・ベインシュテイン
照明:ジャッキー・シェメシュ
衣装:アロン・ロデ
音響:コーヘン・オレン
振付助手:インバル・ヤコヴィ
世界初演:The Lab (エルサレム、イスラエル)
  無音の絶叫、フリーズした笑い、暴力的あきらめ、絶望と無関心・・・ イスラエルの現実を生きる若者たちの声なき声が、 身体のローリングプレーから舞台に静かに充満する。 わたしたちはこの舞台を前に、無傷でいることはできない。 「イスラエルダンス史上かつてない、勇気ある問題作」、待望の初来日。
(本公演チラシのコピー)

人々はマスメディアが提供するイメージをとおして多くの事象を理解しています。しかし、私が表現しようと していたのは、メディアから送り出される情報をとおして個々が現実を認知していること、さらに個人によっ てものの見方違うということなのです。例えば戦争の写真をみれば、強さ、弱さ、攻撃軍、犠牲者が認知さ れるのですが、ポルノ性を感じたり、もっと個人的な見方をすることも可能でしょう。結局、私の作品のみど ころは、現実の多面性をいかに表現しているかというところにあるのだと思います。
(ヤスミン・ゴデール/インタビューより)


  『ストロベリークリームと火薬』は、イスラエルの現状を反映し、政治的な作品として紹介されていましたが、本公演の予備知識が殆どなかったため、最初は、純粋にダンスとして、この舞台を拝見しておりました。
しばらくしてハっとさせられたのは、自分が普段、ダンスを観ている際に、あまり気にしていなかった出演者たちの「表情」が無性に気になり出したことです。
個々の身体の動き、他者との絡み、配置、群舞でのフォーメンション、スピード感等、自分なりの解釈として、身体そのもの記号から受け取るイメージで、ひとつひとつの表現が意味するものをぼんやりとでも紡ぎながら、理解しようとします。
しかし、この舞台では、非常にエモーショナルな部分が強く際立っていて、感情が身体を突き抜け、それぞれのキャラクター設定された出演者たちの表情、動きが、ダンスという枠を超え、観ているわたしたちに、なかば強迫観念的に重く訴えかけてくるものを感じたのです。そこで初めて、演劇的要素を孕んだパフォーマンスなのだと認識しました。

また、その表現も、非常にわかりやすく、誰が見ても容易に連想できるような、身振りや表情が散りばめられています。死を象徴するかのように動かぬ者、危機せまる表情で何かに怯える者、叫ぶ者、嘆き悲しむ者、手で銃口をかまえるポーズを取る者、半狂乱で笑う者、戦う者…等、またセットで使用されている通行止めのバーを見ると、これらが、現在イスラエルで起こっているパレスチナ問題を象徴するものだと、誰もが思うはずです。
そう言った意味での政治的、社会的な側面を抜きにして、個人的に、非常に興味深かったのは、これらのあからさまな表現が、人間の本能的な部分を描写してたりするので、そのむき出し加減が、どこかセクシュアルな部分を伴い、とてもグロテスクに感じられた点です。
その中で、「噛む」(ような?動きをする)行為や、口の中に他者の肉体(指や腕)を押し込む行為は、実に、インパクトがありました。これは、舞台が始まった直後から何度も繰り返し行われ、かなりショッキングで、カニバリズムを連想させたのか、今でも、脳裏に焼き付いております。
自身の肉体を噛むこと/噛ませることで、抑圧された不満や自己欲求が、よりダイレクトに伝わってくるし、ナイフや銃で人を傷つけるよりも、噛むことによって他者を傷つける方が、遥かにグロテスクで恐ろしい。。そう、このような「噛む」表現をするダンスの動きを今まで見たことがなかったので、余計に衝撃的でした。

公演後のポスト・パフォーマンス・トークで、初めてわかったことは、このむき出しの表現の描写の数々は、メディアを通して伝えられるイスラエルに関する写真そのものから受け取ったイメージで、それらの写真を見ながら、動きをダンサーたちと作りだしているということでした。
写真とは、善くも悪くも情け容赦なく、その瞬間に起こった出来事を克明に記録し、日常に起こり得る堪え難い現実をも写し出してしまいます。ふと目を背けたくなるような残酷な現実を、これほどまで真直ぐに表現できてしまうのは、ヤスミン・ゴデールさんならではの手法によるものなのかも知れません。
また、この舞台で垣間見るセクシュアルな表現に関して、ヤスミンさんは、「例えば、戦争等の写真で半裸になっている人が写っているショットを見た時、心のどこかで、ある種のエロティックさを感じるのではないか、ただ、思っていても口には出さないだけで…、、」という、なんとも、度肝を抜くドキっとするようなことを仰っていました。不謹慎なのはわかっていても、心の奥底を抉られたような、真を突く言葉のように思います。
マスメディアを通し、カメラが暴き出す<暴力>や<サディズム的象徴>の中に、私たちは、もしや、政治や社会の領域をはみ出し、単に性愛の表像や物体が奇妙に生きてくるような想像力の世界、もしくは、エロティシズムがシンボル化したようなスキャンダラスな目線で、この現実を見てしまっているのではないかと、自身の感覚に不安をおぼえました。

公演直前、初めて手にしたチラシに、「誰もこの舞台を前に、無傷でいることはできない」というコピーが謳ってありました。それを読んで、これからどんなことが起こるのだろうと、とても緊張してしまいましたが、、、案の定、公演が終わっても止めどもないことを思い巡らし、混乱しながら、負傷兵のごとく家路に着いた一夜でした・・・


『ストロベリークリームと火薬』2006年3月3日(金)
終演後ポスト・パフォーマンス・トーク: ゲスト:高嶺格(美術家)
ダンサー:ヤスミン・ゴデール/イリス・エレッズ
インバル・ネミロフスキー/エラン・シャニ/ジェレミー・ベルンハイム
マーヤ・バインヴェルグ/アルカディ・ザイデス
2006.03.4(管理人)
<<back next >>
topへ戻る↑