このお寺は、信濃の国第13番目の札所です。慶安4年(1651年)臨済宗妙心寺第一座、 龍天宗登(ろうてんそうと)大禅師が開創しました。本堂の大悲閣は元禄4年(1691年)二世 の祖英和尚により建立されました。本尊の聖観音菩薩と脇侍の阿弥陀如来と地蔵菩薩は いずれも100センチ余りの一木造りの全身金色の尊像です。江戸時代の初期、京の仏師の 手によって、彫られたものと推定されています。本尊は、秘仏となっており、御開帳は1月1日 と8月3日です。当寺は、禅寺として、坐禅をする人を歓迎しています。

住職

ご挨拶

数年前、東京で働いている若いカップルがきまして このお寺で結婚式を挙げたいと言ってくれました。 こういう人がいますとお寺も元気が出ます。 私は、宗教というのは人間の価値ある生き方の 考え方であり、哲学だと思っています。ですから いかに人間らしく行くていくのかを説いているのが お釈迦様です。従って、お寺の住職は、親御さんに お釈迦様の考え方をわかりやすくお話をして、その話に 基づいて、親は子どもを精神的に教育していくことが 必要な気がします。地域社会の連携と家庭の絆、それを 支援するのがお寺の役目だと思っています

ところで、当山では「数珠回し」というものがあったのですが、これを復活させました。 お彼岸に、30人から40人ほどが集まって、大きな数珠をまわして、そのあと茶話会を やったりしています。大人も子どもも楽しんでくれています。先ほど、東京に住むカップルの ことを紹介しましたが、都会の人ほど地方を求めています。地方のお寺は、心のリフレッシュ の場としての任務もあるのでしょう。また、若いアメリカ人の女性が滞在して、坐禅をしながら 日本文化を学んでゆきました。日本では公民館などもあり、「人々が集う」お寺の役割が 昔に比べ低下しているような気がします。しかし、お寺にはお寺の歴史があり、雰囲気が あります。
当山には、気軽に子どもたちが遊びに来ます。泥んこになって遊ぶ、柿を採って食べる、 そういう子どもの声が聞こえるお寺であり続けたいと思っています。

全国紙に紹介されました

2012年6月の日経新聞文化欄に臨済宗妙心寺派と開眼寺の「医療などへの社会貢献」の取り組みについて紹介記事が掲載されましたので、ご一読ください。

日経新聞記事