No. 44

内閣府が「防災の日」ポスターに採用した韓国映画
TSUNAMI
〈原題:TSUNAMI〉



内閣府(防災担当)が制作した「防災の日」、
「防災週間」に向けた広報・啓発ポスターが、
韓国映画「TSUNAMI」のイメージを採用
写真:(C)2009 CJ Entertainment Inc.

■卓越した津波CGでーー“悲劇性のリアリズム”

 前号の中国災害映画「唐山大地震」に続いて、2009年製作の韓国映画「TSUNAMI」(津波)を紹介する。「唐山大地震」が中国で実際に発生した1976年唐山地震をモチーフとするのに対して、「TSUNAMI」 は完全にフィクションであり、いわゆる“ディザスター映画”だ。
  私たちは震度7の大地震に遭遇することは一生ないかもしれないし、 その恐怖は体験しないと分からない。しかし起震車や起震台でその揺れを擬似体験し、わが身が、わが家族がこの揺れに襲われるときをイメージできれば、有効な防災教育となる。ディザスター映画もそれに似て、想像力の活用で“防災教材”になり得る。

  現実の災害は大規模であればあるほど、人知(防災科学)を超えて被害を拡大させる。防災対策は、想定外現象を想定内に取り込んで防災対策を講じる終わりなき挑戦だとも言えるが、それでも、私たちは大災害のたびに“まさか”を思い知らされてきた。人間の情報処理能力(想定)を超えて現れる未知の自然現象こそ災害の実相であり、500年に1回、1000年に1回の大災害でも、起こるときは当然のごとく起こり、“そのとき”は明日であっても不思議はないことも自然の摂理なのだ。

 いっぽうディザスター映画は、想像力をバネに科学を跳び超え、災害の不条理性を暴くところにその本質がある。同時に自然の脅威下で、人間の行動規範(愛、正義、勇気、誇りなど)、危機管理(情報管理、分析、リーダーシップ、行動力など)の検証をRPG(Role Playing Game=役割を演じるゲーム)的に擬似体験する。
  科学の知見を踏まえたプロットと高度なCGを駆使して自然の脅威を大型スクリーンいっぱいに展開するディザスター映画は、 その想像力の展開を楽しむことができれば、映画としてはもちろん、もうひとつの防災教材としても注目していいだろう。

■内閣府が「防災の日」ポスターに採用――津波避難を啓発

 映画「TSUNAMI」は、2009年7月に韓国で公開され1300万人を動員した大ヒット作。日本では9月25日から全国封切りとなった。それに先立って内閣府は9月1日の「防災の日」、8月30日〜9月5日の「防災週間」の広報ポスターに「TSUNAMI」を採用した(写真参照)。 内閣府が外国映画を防災ポスターにしたのは初めてで、「映画を通じて津波避難の重要性を訴え、防災への意識を高める」ことが狙いだ。

  映画では、九州の北、玄界灘の長崎県に属する島、対馬(つしま)が突然沈下し、日本海で高さ100mに及ぶ大津波が発生、わずか10分で韓国屈指のビーチリゾート、プサン(釜山)・ヘウンデ(海雲台)を襲う。対馬は、地球科学的には隆起と沈降とを繰り返して今日に至ったとする学説があり、 映画はその地殻変動のメカニズムをモチーフとした。
  監督は韓国プサン出身のユン・ジェギュン。彼は「TSUNAMI」について、「2004年12月のインド洋大津波当時ヘウンデにいて、“もし100万観光リゾートであるヘウンデを津波が襲ったら?”と想像したのがきっかけ。この映画では、“ヒーロー”ではなく、 平凡な人たちの日常生活と大津波の非日常性の対比を描きたかった。だからこそ、大津波を表現するCG技術にこだわった」と語っている。

  そのこだわりは、ハリウッドの大作、「デイ・アフター・トゥモロー」(2004年)や「パーフェクトストーム」(2000年)で卓越した津波CGを担当したハンス・ウーリックに委ねられた。
  映画は監督の意図どおり、“悲劇性のリアリズム”によって貫かれる。前半は市井の人びとの日常生活が丹念に描かれ、 これに観客が感情移入しているところを大津波が襲い、ほかならぬ観客自身の日常性を壊す。

  映画「TSUNAMI」を防災教材として見るならば、沿岸部にいて地震を感じたら即津波の危険が迫るから、“条件反射”的に安全な場所を求めて逃げることしか、危険回避の手はない。
  この“条件反射的行動”こそ、現代人が忘れかけている動物的・本能的な危険察知能力にほかならない。自然災害の不条理に備え、ハザード(危険)への動物的嗅覚を磨こう、ということになろうか。