2000年11月11日、オーストリアのスキー場でケーブルカーがトンネル火災事故を起こし、155人もの人命が奪われた。そのなかに福島県の中学生6名を含む10人の日本人犠牲者もいた――
この事故で業務上過失致死罪に問われたケーブルカー運行管理者など16名の裁判がオーストリアの地方裁判所で審理された。その結果、「事故は予見不可能」として04年2月、全員無罪の判決となった。
同年9月、検察側は「国際基準に基づく安全対策が取られなかった過失責任」について8名を控訴、05年9月、高等裁判所はこれも全員に無罪を言い渡し判決は確定した。
遺族側はこれに納得せず、オーストリア政府を相手に欧州人権裁判所に提訴した(現在審理中)。
いっぽう、ケーブルカー運行会社やメーカーを相手取った損害賠償請求訴訟では、一部メーカーが和解に応じる見通しだという。
さて、本題。ケーブルカー・トンネル火災事故とその裁判審理をモデルに映画化されたのが、『1200℃−ファイヤーストーム』(05年、ドイツ・オーストリア・イタリア合作)。
映画では高速道路トンネル内で起こった追突事故から車両が炎上・爆発、有毒ガスが発生し、多くの人命を奪う大災害となる。事件を担当した女性検事は調査を進めるうちに、大災害を招いた要因がトンネル内の安全管理システムの欠陥にあったことを突き止める。
日本人も巻き込まれたスキー場トンネル火災事故の裁判での運行側無罪判決には、日本側からも大きな疑問が投げかけられた。しかし法律の専門家の見方では、この結果は意外ではないらしい。日本と欧米の“文化”の違いが背景にあるという。
詰まるところ、同じ過失責任でも、日本では運用者の“結果責任”が裁かれる反面、原因となったシステムの欠陥解決・再発防止は二義的だという。
逆に欧米では、とくに刑事訴訟では、運用者が事故を予見できなければ責任は免れ、一義的にはシステムの欠陥解明・再発防止を追究する。
そしてシステム欠陥の責任については、人間は誤りを犯すものであることを前提に、民事(被害者への金銭的な補償)で解決するのだという。
この映画の展開も、主題は主人公の再発防止に向けた欠陥システムの告発へと収斂していく。
たしかに、人を罰して一件落着、ではすまないのが人為災害である。