トムズハートジャンク

         VIRTUAL JUNCTION

    for HEART VESSELS PROBLEMS

体験記:

心内膜炎・弁膜症から

不整脈発症まで

 

3ヶ月弱の間、医者から普通の風邪と云われてきた倦怠感・寝汗・微熱が、

入院検査で亜急性心内膜炎と判明する。しかし、この心内膜炎が原因で

大動脈閉鎖不全症、洞機能不全症候群、アダムスストークス症候群を続発。

ここでは、心内膜炎の治療の後の、洞機能不全等の不整脈を発症し、

人工弁置換手術、ペースメーカ埋め込み手術を受けた1984年12月から

1985年2月までの闘病生活の記録・知見を報告します。

これからペースメーカ埋め込み手術を受けようとしている方に

多少でもお役に立てばと思います。

TTトムズ)

 

 <自己紹介>

TTトムズ:男性 (昭和21年7月生まれ e-mail: tsuji-ke@a3.ctktv.ne.jp

  病 名:亜急性心内膜炎→大動脈閉鎖不全症、洞機能不全症候群、

     アダムスストークス症候群

  発 症:1984年5月25日(37歳11ヶ月)

オ ペ :東京女子医大心臓血圧研究所付属病院 

手術日年齢:1985年2月22日(38歳7ヶ月)

 

《これまでの経緯》

1984年5月26日から約3ヶ月半の間、亜急性心内膜炎が原因で微熱から中等熱の発熱が続いた。検査入院中に心臓の大動脈弁の閉鎖不全を生じ、大動脈に送出された血液の一部が心臓に逆流して戻ってしまうようになった。発熱の原因は溶連菌による細菌感染と判明し、9月14日の夕方からペニシリンによる内科治療を開始したが、閉鎖不全は進行して行った。弁の状態によっては人工弁への置換手術をしなければならない。しかし、手術による後遺症を防ぎ救命するには、心臓から細菌を完全に排除する内科治療を徹底して行うことが前提であった。そして内科治療を終えて、同年11月15日に退院。ところが、自宅療養中に突如、脈拍が毎分15拍ほど飛ぶ不整脈を発症した。

 

《心研外来》

故郷、小樽で開業医を営む義兄の友人である北大病院の宮崎教授の紹介状をもって、新宿駅から都営バスで25分の東京女子医大心臓血圧研究所(心研)を広沢先生を尋ねて外来を受診する。広沢先生は私の勤務先の顧問医でもある。人工弁置換手術をしないで済ませられないか診てほしい旨を伝える。ベッドが空き次第に検査入院となる。

 

《心研検査入院》

1984年12月21日(金)再入院初日

10時30分入院。主治医 I先生と上塚先生の問診・診察を受ける。聴診、目、血圧(手足)、腹部、爪チェック。胸部X線、心電図。

 

入院2〜20日目

予約がとれないカテーテル以外の検査は年内に実施した。検査は、採血、2時間クリアチニン・クリアランス、血液凝固ベクトル心電図、肺機能、心音図、心エコー、心電図、採尿、検便、胸部X線。この間、心臓の大きさは変わらず。肺のウッタイは少々あるものの問題にならず。4日目に行った心音図検査では、息を止めると脈拍が飛ぶことを初めて自覚。8日目におこなった心電図では、「期外収縮が診られるが問題なし、息を止めたときに拍動リズムが狂うことは誰でもあり心配なし」との診断。

1月14日午後の心臓カテーテル検査実施決定。「48時間安静が必要」で、この14,15日両日はできるだけ家族の付き添いを求められる。退院は検査の1週間後を予定。

24日夜8時41分、「聖しこの夜」の全館放送とともにナースサンタから嬉しいメッセージ付きプレゼント。また、正月1日〜9日までの診察休みに伴い、12月29日〜1月7日の間、外泊・自宅療養となる。自宅での入浴は5分間だけ、また、子供相手にサッカーボールを蹴る程度の軽い運動にはOKがでる。

 

21〜24日目

1月10日夜8時10分から45分間、妻とともに、病気の現状と14日の心臓カテーテル検査の説明を受ける。心内膜炎はほぼ完治(CRP±0)、心機能は臨床的にはNIH1度。

検査の内容は次の3点、1)血液の逆流量測定、2)逆流位置特定と方向測定、3)弁の損傷程度を調べるための心臓内の圧力測定。

検査からは1)人工弁置換の必要性の有無、2)置換の時期、3)人工弁の種類とサイズを調べる。

「カテ用のパイプの大きさは直径2.3o(F)で、動脈・静脈のそれぞれ1本挿入。検査の危険性は1〜2人/1000人。危険性の要因は、1)大動脈弁疾患に多い挿入口からの出血、2)細菌感染、3)血栓発生(パイプ表面をペパリンコーティングして防止してはいるが・・・)の3点で、他に、死には至らないものの、心内壁を刺激する際に洞機能を痛めることもある。検査時には病巣弁を通してパイプを入れることはなく、パイプの先端には豚の尻尾を使っているので弁を痛めることはない、検査に伴って溶連菌等の雑菌が侵入することは無く、侵入があっても菌が病巣付着するより血中に浮遊することの方が多いので2〜3日の抗生剤点滴で処置可能、さらに左心室内の圧力を直接に測らずとも他の房室の値から推定できるので、弁置換時期等を問題なく知ることができる。」

 

広沢教授の要請に伴い、北里大学付属病院越山先生から同病院に入院中の全カルテのコピー、X線ネガを提供して頂く。心電図検査時に息を止めている間、心臓の拍動が止まるようになる。

カテ検査後の生活の説明が担当看護婦からあった。「終了直後6時間はベット上で全く動かない絶対安静、以後24時間目までは看護婦による姿勢直しはOK、加えてカテ終了後48時間目まではベッド上で生活」とのこと。ついで、看護婦による太股と陰毛の剃毛がおこなわれる。刃による傷10数カ所を受け、はさみ傷もあり結構荒っぽい。血が止まらなかった傷口数カ所に剃毛終了後にカット絆が貼られる。

25〜29日目

1月14日(月)13:15カテーテル検査の準備。同25分に局所麻酔を行って検査開始。最初に圧測定をおこなう。嘔吐。次に大動脈に造影剤を注入し、最後に冠状動脈造影。ここでも吐き、かなりの頭痛で酸素吸入。14:30終了し、その30分後に帰室。翌15日15:00にガーゼ交換。16日14:00にガーゼを取りカット絆を貼る。17日モニター心電図検査。

18日(金)にカテ検査の結果説明。 <閉鎖不全>「3〜4度のAR(逆流)。圧力検査と過去のデータとの比較などから心機能の低下が認められ、急性の閉鎖不全。内科治療だけで済ませることは無理で、早期の手術が必要。」 <不整脈>「2〜6秒間の結滞があり、心拍数30回/分は不自然な状態。2連続の期外収縮がモニター心電図から認められ、心臓の細動、粗動を生じている可能性がある。結滞の原因としては、1)自律神経異常、2)弁膜症による右心房内の洞結節における洞機能不全の疑いがある。今後、静脈から挿入したカテーテルによる電気刺激の検査とホルター心電図の検査をおこなう。不整脈が直らない場合はペースメーカを埋め込む。冠動脈は問題ない。尚、期外収縮で失神したときは、胸をげんこつで3発ほど強くたたくと心臓が動き、助かる。」

30〜42日目

21日(月)、女子医大の学生7人が先生に引きつられて来る。「大動脈閉鎖不全症は感染、リューマチ、心肥大で起こります、脈音が大きく動脈が表面に現れているところでは脈動が目視できます」という先生による解説の後、学生たちは順次に足の甲の動脈に触れ、医者の聴診よりは何倍も強い力で胸に聴診器を押し当てていく。退室した後の胸を見ると聴診器の円い跡が幾重にも残っている。医術の水平展開に寄与した痕跡だ。

予定していた退院は中止、このまま手術入院になる。(同室者は次々と退院していく。これまでに随分と多くの人の退院を見送ってきたことかと気弱になる。)退院中止の代わりに1泊の外泊許可。

教授回診により2月1日リズムスタディーカテーテル実施が決まる。大動脈弁近くの動脈にARが原因の動脈瘤らしきものが心エコーで見られたので再エコーを行うことになる。また、「問題の大動脈弁はもともとフロッピーだったのではと推測している。僧坊弁には影響がでていない。置換の人工弁は当大学で開発の米国製金属弁で直径が31o」との説明が主治医からある。ある日、息を止めて何秒間心拍が停止するかのテストを心電図で状態を見ながらおこない、7秒までの停止を確認。7秒以上停止すると失神するそうだ(後で主治医は上の医師に危ないテストを行ったと叱られた)。

 

呼吸器喘息と心臓喘息との違いを教えて貰う。「呼吸器の喘息は、寝てから4〜5時間後の明け方に起こり、痰は切れると呼吸が楽になり、しかも前屈みの姿勢が楽であるのに対して、心臓喘息は、寝てから1時間ほどで起こり、まぶたや足がむくみ、痰は薄ピンクの血痰となり、後ろに反った姿勢の方が楽という特徴がある」そうだ。

大動脈瘤の有無の検査結果で瘤は95.5%無しとの診断。「大動脈弁閉鎖不全症は3葉で普通である弁が2葉の場合に見られる。2葉弁は西洋人に5%、日本人に零点数パーセントの割合である」との説明をエコー検査医師から受ける。

リズムスタディーの4日前から喘息薬の服用を中止し、モニター心電図を開始。1月31日(火)にカテーテル検査の概要説明を受ける。不整脈はオペに際しても問題になるので、リズムスタディーを行うのだ。「不整脈は洞結節、房室結節などの補充調律または自律神経失調によるものと考えている。呼吸に依存して拍動が停止するのは自律神経の働きそのものに依存するのであるが、負荷時の心拍数毎分25回などは問題。検査は3本のカテーテル線を静脈から入れて、1)心内心電図、2)アスピリン等による投薬刺激、3)負荷テスト、4)自律神経の刺激反応を調べる。検査のリスクは通常のカテより安全である。検査時間は朝から夕刻、場合によっては翌日までかかる。」

この夜、有名な政治家が隣の病棟で亡くなり、TVカメラ車や記者が病院に押し掛け、さらにはTV中継が行われる。院内の公衆電話はメモを片手に記事を送る記者で占領されている。電話で報告する記者の後ろで、その報告内容をメモする記者もおり、おもしろく思う。

43〜58日目

2月1日(金)9:00リズムスタディーカテーテル

消毒、右足麻酔開始。右足付け根からのカテーテル失敗。10:10左側からに変更して再開。局部麻酔が効いていない。2カ所試みるも麻酔の効き目が悪く激痛が走る。全身が硬直するとともに冷や汗が全身から吹き出ること数回。麻酔が効かない内にメスを入れている様に感じる。痛い。パイプを入れる医師が交代してからは順調に進む。12:50終了。

 

検査中に動脈の切り傷跡から出血したために、術後は24時間安静となる。静脈を使ったはずだったのに不思議だ。下半身が動かないようにして24時間寝ている。微熱である。ケフラール飲用。腰が痛い。翌2日14:30、24時間安静が解除。右側腹部がずきずき痛い。検査終了48時間後、ベッドから降りる許可がでる。腹部はまだ痛い。腹部エコーの結果、血腫ができていることが分かった。痛みが和らぐのには時間がかかりそうだ(注:現在でも疲れが溜まると右足付け根の動脈部が痛くなる)。動脈弁の閉鎖不全(AR)が有ると出血しやすいとのこと。

検査結果がでる。ペースメーカ埋め込みは必須と診断される。人工弁よりむしろペースメーカを入れることの方がサイボーグ的で悲しく感じる。主治医から「予約状況から2月中のオペは不可能」の連絡。故に来週中に退院し、出社の運びとなる。

 

一時出社を、職場の上司に連絡。折り返し連絡が入り、「会社の診療所所長は出勤を許可しない」。

 

2月5日(火)小柳外科部長の診察。「月末にオペを入れたい。ペースメーカとともに行いたいが、不可能な場合には、ペースメーカの埋め込みを先に行う」

2月7日(木)小柳部長から22日オペ実施を知らされる。「ARは重傷だ。弁が良く保った。」19日に家族への説明。

2月8日(金)輸血部に於けるオリエンテーリング。「手術に際し、新鮮血が必要。事前検診者を20人まで集めて欲しい。20人から検査で10人を選択し、手術当日午前中に採血する。」 早速、現職場上司と前職場の同僚に新鮮血提供者集めを依頼する。

ペースメーカの説明が5Fの担当医からある。「検査の結果から良くない不整脈がでており一時退院は無理(エ!)。手術では心内にSiコーティングしたリード線を鎖骨下静脈から入れる。電池は2〜5年もち、外来で電池の消耗をモニターすることになる。房室結節は心臓肥大が原因となる場合があるが、洞結節、房室結節部分の細胞自身がトラブルを生じている(但し、房室は軽度)。小生の場合の洞機能不全は、インパルスを伝えるパス(電流の通り道)のトラブルではなく、結節近傍に不導体が生じているトラブルが考えられる。不導体ができる場合は不整脈を生じたり生じなかったりする。また、一般にリューマチ熱が原因で生じることはない。心内膜炎で生じることがあるが、両結節部分には炎症跡らしきものは検査で見られなかった。」洞結節部の細胞トラブルで不整脈が生じることは理解できたが、っそのトラブルはあの発熱の原因となった心内膜炎が原因ではないらしい。洞結節のトラブルの原因が今ひとつ理解できない。

 

しかしながら、いよいよ手術だ。

 

 

本推移を一覧表「不整脈から人工弁置換・ペースメーカ埋め込み手術」として

本体験記の経過をまとめてあります。ご参照下さい。

 

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  『本体験記の続編は、

  「心内膜炎発病、弁膜症・不整脈併発、そして弁置換・ペースメーカ

   埋め込み手術まで」として体験記を作成中です。暫くお待ち下さい。』

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