トムズハートジャンクション

VIRTUAL JUNCTION

for HEART VESSELS PROBLEM

再狭窄治療&療養記

尾池さんは、突如襲った心筋梗塞で救急入院しPCTA手術を受け、

一命を取り留めた。しかし・・、退院2ヶ月後の入院検査で再狭窄が

判明し、ロータブレータ研削とステント留置術の再狭窄治療を受ける。

ここでは、再治療の為の入院・治療とその後の8ヶ月間の推移を、

原文を短縮して紹介します。(TTトムズ)

 

 

報告者: 尾池和夫(宇治市在住、手術時年齢58歳)

         (e-mail: oike@kugi.kyoto-u.ac.jp

オ ペ: 武田病院(京都市塩小路通)


第2部 生きのびるために 


原文著作権者:尾池和夫さん

 自宅療養 1998年7月4日〜14日

 

 7月4日に退院してからの毎日を、一応簡単にメモして外来受診のときの参考資料に持参して田巻先生に説明することにした。そのメモによると以下の通りで、だんだん動くようになっている。7月14日まで、自宅療養という診断書をもらって休暇を取った。

 日記をそのまま日付入りで書き並べていくと、読みにくいかもしれない。しかし、心臓が回復しなくても、次第に精神的には回復していく過程がわかり、また身体も次第に動くようになるのがわかるので、しばらくわたしの日記のままに経過を見ていただきたい。

 あまり細切れになると見にくいかもしれないので、適当に行を開けながら、何日分かをまとめて並べることにした。

 

 

7月6日(月)

昨日も今日も1日で3000歩くらい歩いている。

 

 

7月7日(火)

体脂肪率の測れる体重計、1グラムまで測れるキッチンスケールを買い、電気釜をお粥のできるものに買い換えた。体重は退院後も増えずに、65キロ台を保っている。

 

 

7月8日(水)

坂道を降りて買い物に出かけた。午前中だったので暑さはまだひどくなかった。上り坂の帰りはバスに乗った。

 

 

7月9日(木)

また買い物に行ったが、今日は登り坂をゆっくり歩いて帰った。

 

 

7月10日(金)

地震火災から文化財を守るための緊急フォーラムの第2回が、小松左京さんらの呼びかけで大阪御堂会館で開催された。

 冷泉為人さんが基調講演で「いま守るべき文化財について」と題して講演したあとのパネルディスカッションにわたしも参加した。

 

 

7月12日(日)

30分ほど歩いて、近鉄モモまで買い物に行った。昼食にヒレカツ定食を外食した。全国チェーンのメニューの食品成分表が本に載っているので、それを参考に計算すると便利である。衣をはずしたり、脂身を取ったり、ご飯を残したり、おばあちゃんが見たら「お百姓さんに申し訳ない」と叱ったであろう食べ方である。残した分を栄養計算のとき引き算する。

 

 

7月15日(水)

退院後初めて出勤した。車で送り迎えである。

 

 

月17日(金)

退院後、最初の外来受診である。心電図を取り、心エコー検査を受け、田巻先生の診察を受けた。

血圧が低いのでしんどい。京都駅ビルの伊勢丹で昼食をとったが、昼食後の薬を飲むのを、しばらく忘れていた。

 

 

7月24日(金)

「急性心筋梗塞」という題で日記の製本ができあがったので配布した。武田病院の白坂先生、田巻先生らにも送った。

 

 

7月31日(金)

武田病院で田巻先生の診察を受け、薬を減らすことになった。胃薬であるガスターを1日1回にして寝る前に、テープを中止、セロケンを3回から2回に減量した。

 

 

 8月6日(木)、しばらく夏休みに入る

 

8月14日(金)

 田巻先生の診察を受けた。

 田巻先生は心音を聴診器で聞いて、音が良くなったとはいわないが、

「それなりの音に落ち着いてきました」 という。

 田巻先生に血圧が低いことをどう考えるかについて意見を聞いた。ベータブロッカーを、白坂先生は最近の学説に基づいて大胆に使ったという。血圧はそのために下がっているとも考えられるが、血圧を上げるように薬を変えたり減らしたら、そのために心臓の状態が悪くなるということもある。心筋の状態に合わせて体が適応し、低い血圧で安定してしまったと考えることもできる。

 血圧が低いために立ち眩みがあったりすると困るが、そういう気配はない。最高血圧が60以下になると脳に血流が行かなかったりして影響が大きいが、90程度ならそれほど悪いわけでもない。

「血圧が低いとやる気が出ないのです」

 というと、田巻先生は、

「それは、ベータブロッカー自身にそういう作用があるためかもしれませんよ」

 という。A型の性格を変えてしまう作用があるという。

 カテーテル検査を受けるために、尿を取り、採血をして、また耳たぶを切って血の固まり方を調べた。白坂先生は、石田の病院に移動したので、検査の担当は代わるという予告があった。石田の病院の循環器内科の強化を図るための移動だという。

 

 

 夏の終わり 8月15日〜30日

 

8月19日(水)

最近、左耳の鼓膜がベコベコすることが多い。飛行機に乗ったときの気圧変化による鼓膜の異常と同じ状況が発生する。あくびをしても必ずしも直らないのが気になる。頭がホアンとなる状態もときどきある。やる気がなくなる状態である。

 

 

8月21日(金)

体重が落ち始めた。葉子は、

「そんなものよ。運動とエネルギー管理をしてると、ある程度の日がたってから、その効果が現れるのよ」 という。

 

 

8月26日(水)

とくに会議などの予定がない今日も休んでいる。家にいても仕事はできる。知的労働のいいところをとればいい。

 青菜を摂ることが重要である。川島栄養学でも、「食べ物さんありがとう」で強調されていたように、青菜をたくさん食べて血をさらさらにしないといけない。兵庫県佐用町の平福駅の朝市をNHKが紹介していた。4年前にできた駅で、野菜を有機農法で育てた人が、自分の名を入れた野菜を売りに出す。そのような野菜を使った駅弁も売っている。

 ひとまとめにして入院患者として扱うのではなく、1人ひとりの人間として接しながら、いろいろの仕事をこなしていく態度に触れて、入院中に、わたしは自分の生き方についてずいぶん教えられることが多かった。

 

 

8月27日(木)

 NHKの朝の番組「生活ホットモーニング」では「健康ウォーキング」をテーマにした医師(東京大学助教授の川久保清さん)の話とデータを見せていた。

 まず、1日になぜ1万歩を歩く目標にするか、という疑問がある。普通の生活をしていると、だいたい1日に5千から6千歩になるそうだ。それに加えて3千歩ほどを意識して歩くことを奨めるため1万歩を目標にするという。加える3千歩は距離にして2キロ、時間にして30分くらいだろう。

 歩き方は、背筋を伸ばして、視線はまっすぐ前の方に、あごを軽く引いて、足を踏み出すときひざを伸ばす。腰を中心にして歩くと言ってもいい。歩幅を広くして歩くのがいいが、身長(センチ)引く90(センチ)を歩幅にする。あるいは身長かける0・45でもいい。わたしの身長が163センチだから、前者で計算すると73センチ、後者の式だと73・3センチである。肘を90度に曲げて腕を振りながら、踵から着地するように歩く。

 歩く前後に軽くストレッチ体操をしておくといい。急に歩きだすと筋肉を痛める可能性がある。歩いた後のストレッチは疲れの回復を早める。机を手で押さえて体を支え、踵を地につけたまま片足を後ろに大きく踏み出す。はずみをつけずに、10秒ほど静かに踏み出す。また、片足で立って反対の足先を手で静かに持ち上げる。

 大切なのは歩くのを楽しむことである。葉子とわたしは、もう2か月たらず、毎日夜歩いているが、多少遅い時刻になっても必ず出かける。雨が降っても歩く。家の近くの住宅地を歩くのだが、1つだけいやなのは犬が吠えることである。それも近づくまで前兆がなくていきなり強烈に吠える犬がいるのである。びっくりして心臓によくない。しかも長い間吠え続ける犬がいると、住宅地の中では近所迷惑だろうと思う。結局犬のいない道を選んで歩くようになった。

この番組では、歩くことによってどんな効果があるかをデータで紹介してくれた。6千歩ほど歩いている人に1万歩まで歩くのを12週間続けさせて、それによる効果を平均値で見ると次のようになった。

 

 血圧は平均して最高血圧が151ミリ、最低血圧が96ミリだったのが、それぞれ131と85になった。これらが140と90を超えると高血圧だと判断されている。

 総コレステロール値は220以下がよいとされているが、1デシリットルあたり256ミリグラムだったのが230に減った。220以下にはならなかったが、HDLコレステロールが増えて、LDLが減ったので効果があったと言える。

 さらに中性脂肪が目立って減った。お腹の皮をつまんで確かめることのできる中性脂肪は、餓えのときには重要なエネルギー源になるが、餓えを知らない現代の日本では健康の敵である。1デシリットルあたり150ミリグラム以下がよい。12週間の間に199ミリから128ミリに減るという、歩くことによって間違いなく使われたことが理解できる結果だった。

 血糖値は143が116に減った。110以下が正常値で、140を超えると糖尿病の疑いがあるという値である。

 

 

8月30日(日)

 「氷室」9月号のわたしの特別作品も、ここに再録しておきたい。

  「心音」            尾池和夫

  我が心音打てよ続けよ梅雨の月

  短夜や肺まで届くカテーテル

  不整脈4秒続き5月闇

  蜘蛛の囲や引き戻したる命なり

  明易ししだいに近く救急車

  集中治療ベッドの上で髪洗ふ

  半夏生5臓の断層写真撮る

  病室に逼塞したり5月雨

  山梔子の香にめぐり会ひ車椅子

  採血に今日が始まる夏の朝

  安静は患者の務め閑古鳥

  心臓病向けの昼食胡瓜もみ

  甚平着て解釈さるる心電図

  ニコチンの抜けし体や夏木立

  脈乱れ投薬を待つ夏暁かな

  梅雨前線の位置病室で確かめる

  日勤と夜勤で香水変はりけり

  昼寝覚め日帰りの子の見舞受く

  救急室光と陰の夏の暁

  夏草やポケットにニトログリセリン

  夏の朝同じこの世に目覚めたり

  薔薇の花咲きつぎ歩行距離延びる

  体重の劇的に減り汗涼し

  運動負荷試験合格汗拭ふ

  介助の手日焼けしている負荷試験

  検温をする細き手の日焼けせる

  吾れ病衣主宰は薔薇を抱え来て

  花束にまとめられたる夏の季語

  病窓やビアガーデンが開店す

  梅雨晴れや妻と院内散歩する

 

 

 再狭窄した冠動脈 8月31日〜9月10日

 

8月31日(月)

武田病院に入院する。

前回の入院は救急車に乗っての緊急入院であったが、今回は予約した入院であるから、気分的にはちがう。しかし冠動脈がどうなっているかが気になる。

 病衣に着替えて部屋にいると、看護婦さんが来て血圧を測り検温をする。

「朝1番に検査です。その1時間前に安定剤を飲んで下さい」

 

 16時30分、

「坪川です。白坂にかわって担当します」

 と、主治医の坪川先生が来られた。

「明朝1番の検査で、退院は明後日でいいですね」

「いや、明日中に退院したいのです。明後日は仕事があって休めないので」

「それでは検査結果の説明を明日しますが、明日は検査の予定が多いので、説明が夕方になるかもしれません」

「結構ですので、よろしくお願いします」

 

 17時55分、薬の説明があった。セルシンを2回分、今日寝る前と明日検査の前に飲む。リラックスして検査を受けるための安定剤である。検査の後の夕方から毎食後クラビットを3日間飲む。感染を防ぐための抗生物質である。

 

 

9月1日(火)

セルシンが効いたのかどうかわからないが、夜中に1度、3時ころ目が覚めた。今朝は6時に目が覚めてしまった。7時30分に大越さんがセルシンを2錠届けてくれた。

「8時に飲んで下さい。今回は確認のカテーテルですね」

「はい」

「血圧を測ります」

「110と60です。脈を」

聞かなくても測定結果を言ってくれる看護婦さんが好きだ。

 

 8時50分、セルシンが効いてきたのか、眠気がある。検査中に眠ってしまうかもしれない。

葉子が来てくれた。検査の間、病室で待っていてもらう。心臓カテーテル検査の同意書に、葉子も署名捺印してくれている。

 9時5分、呼び出しがあり詰め所の前に行くと、昨日部屋まで案内してくれた看護婦さんが待っている。2階の心臓カテーテルの部屋に入ると坪川先生が用意して待っていた。

「それでは始めます」

 坪川先生の宣言である。神妙に深呼吸をする。

「麻酔をします」

 注射の痛みはそれほどきつくない。

「少し痛みます」

 いよいよ右腕に穴があけられるのだ。

「これで痛いのは終わりです」

 このような検査では、何でもいいから「終わる」ということばがうれしい。ただし自分の生命だけは終わってほしくないから、終わるということばを自分で聞き取れることが重要なのだ。

 カテーテルが入るのがわかるように思うが、あまり具体的にはわからない。脈が乱れるのが、自分の感覚とモニターの電子音の両方から確認できる。坪川先生が、「少しどきどきしましたか」

 と声をかける。

「はい」

「気分は悪くないですか」

「はい」

「順調に行ってます」

 検査結果の話しではなく、検査の作業がうまく進んでいるのである。

「熱くなります。息を止めて下さい」

 喉、左手、尻の順で熱く感じる。これが3回繰り返される。この前のときには息を止めるという指示がなかったように記憶している。声のかけ方も医師によって微妙に異なっているのが興味深い。

「血管を撮します」

 声だけを聞いているのだから「血管を」と患者の希望で解釈している。

 レントゲン撮影の機械が動き回る。いろんな角度で撮影がしばらく続く。

「7番だったけど6番かな」

 この声は坪川先生の声だけれども、わたしに向かっての声ではない。ちらっといやな予感がある。

「細くなってますから、もう1度治療する必要があります。それはいいですね」

「はい」

 やはりそうか。いくら25から40パーセントと、再狭窄の発生率が高いということがわかっていても、がっかりする。

「右の血管を撮します」

 ひとしきり機械が動いて、

「終わりました。ご苦労さまでした」

 これもこちらがいうべきことばを先に言われて恐縮である。

「管を抜きます。どうですか」

「右手の指先がしびれています」

「少し大きい管を入れましたから」

 管を抜いたあとを止血する。

「最初は少しきつく止めます」

 この前の経験を思い出しながら、しめる強さに対してわたしも意見が言える。

「狭くなっている所が少し手前になっているようです。あとで前のと比べてみます」

という簡単な説明がある。来週その治療をすることにする。

 

 車椅子で518号室に戻ってきて、ベッドに上向きに寝て葉子に報告する。

「残念ながら、細くなっていて、また、治療が必要」

 12時、薬局の真柄副主任が薬を届けてきた。

「14日分、同じ処方です。それにクラビットを3日分です」

 昼食をとって、右手の止血の押さえが取れた。14時、田巻先生が来られた。

「そのまま入院して木曜日に治療というのは、どうですか」

「いや、水、木と仕事をしたいので」

 木曜日は研究科会議で第1回の修士課程入学試験の合格者を決めなければなら

「もともと2本立てでしたから、それでは来週。正式には坪川先生と話して決めて下さい」

 

 14時10分、坪川先生が来て、

すぐ近くのパソコンの部屋で検査の画像を見ながら説明を聞く。前回はここでビデオを見て学習した。まず、心臓の影を見る。

「拍出率が、それほど良くなったわけではありません」

 つぎに血管である。画面に左冠状動脈が映ったとたんに声が出た。

「うわ、細い」

 素人目にわかるように細くなっている。左冠動脈前下行枝の付け根が小さい。しかも細い部分が長く、かつ2か所ある。高音用のピアノ線か糸のように細い。

「普通2センチくらいなんですが」

「はあ」

「30ミリぐらいの金属を入れます」

ステントですか」

「はい。削ることも考えてみます。長くて1週間、短くて4、5日の入院です」

「よろしくお願いします」

 祈るような気持ちである。それで直れば、という期待が大きい。

「それでも再狭窄が0パーセントになるわけではありません」

 期待と実状は常に異なるものである。

「右も少し細くなっています」

 これでは次つぎと狭窄が発生するかもしれない。

「何故でしょうか」

「動脈硬化です。血管全体ではなく、この左前下行枝の部分で、この前風船で治療した所の前後

に細いところができています。普通の人より細くなるのが早いようです」

「運動も食事も、退院後十分気をつけています。グラフまで描いて管理しながら。それに薬を飲んで。その効果を見たいので14日の血液検査のデータをまた教えて下さい」

 坪川先生が詰め所へ行って、すぐデータを見てきてくれた。

「総コレステロールが199、中性脂肪が188です」

「高いですね」

「もう少し総コレステロールを下げる方がいいです。メバロチンを増やすか」

「来週、今までのデータを持ってきます」

料金を払って退院した。京都駅の地下でコーヒーを飲んで休んだ。

 

 

9月2日(水)

 葉子が買った本の中の1冊、保健同人社「心臓が悪い人の食事」(太田昭夫、住田佳寿子編著)を読んでみる。印象に残ったのは、「一度、心筋梗塞にかかった人の再発を防ぐ2次予防では、危険因子の除去は残念ながら、1次予防ほどの効果はありません」という部分である。何ともがっかりする記述である。まだ経験のない人は、今のうちに危険因子を早く取り除くようにしてほしい。

 

 

9月4日(金)

 葉子が買ってきた本の中で、女子栄養大学出版部編集「改訂・外食ミニガイド」を読む。読むというよりも、ぱらぱらとめくって見る。わたしの仕事は出張が多く、しかも忙しい日程だったので、よく外食をした。この本に出ているチェーン展開している店にもよく利用したのがいくつかある。

 例えば、和幸の「ロースかつ定食」である。キャベツのお代わりができるのがいい。脂肪47グラム、塩分5・1グラム、エネルギー528キロカロリーである。吉野家の「牛丼(並)」も好きであった。脂肪9・7グラム、塩分1・7グラム、エネルギー528キロカロリー。グルメのサンドウィッチでは「クラブハウス・ローストチキン」である。脂肪44グラム、塩分3・8グラム、エネルギー662キロカロリーである。

 実はこの中で心筋梗塞の治療して退院した後にも、すでに利用した店がある。和幸の定食も食べたし、グルメのサンドウィッチも、今度の検査入院前の昼に食べた。ただし、かつは「ひれかつ」に変わり、かつの衣を1部はずして残し、しじみ汁のしじみも残すようになった。また、昼に外食するときには、朝と夜の家での食事で1日のバランスをとるよう調整することも、以前から意識はあったが、今では懸命に実行するようになった。

 

 

9月9日(水)

明日の入院に備えて持ち物の準備をする。薄くて軽いソニーのノートパソコンに住所録などの情報が入っているので便利である。

 

 

 再治療のための入院 9月10日(木)

 

 武田病院の前には15時10分に到着した。葉子が待っていてくれた。

 今回は個室が取れなかった、という連絡が昨日自宅にあった。

 看護婦さんから治療の前後の注意などの説明がある。今日「剃毛」があり、シャワーを使う。

治療の開始前に尿管を入れる。点滴を左腕から行う。治療のカテーテルは右足の付け根から入れる。治療後6時間ほど足の付け根の管を入れたままにする。その後管をとり止血のため6時間ほどとめておく。その間、また上を向いたまま背中の痛いのを我慢しなければならないのだ。

 16時すぎに看護婦さんが手剃りの道具を持って部屋に入ってくる。いよいよ作業が始まるのだという覚悟を決めて、ベッドの上に横たわる。急性心筋梗塞を起こしてから3か月、やっと管を入れた跡が消え始め、その周りの毛が伸びてきたところである。

 

 中川さんが用紙を持って聞き取りにくる。

「その後、タバコは?」

「完全にやめたままです」

「お酒は?」

「もともと弱いから」

「体重は?」

 毎日歩いた歩数と、摂取したエネルギー量と、体脂肪率および体重のグラフを描いている。それを見せて経過を説明する。

 主治医の坪川先生が部屋に来て明日の治療の要点を説明する。

「狭窄部分の状況や大きさを超音波で測って、その場で上田部長とも相談して治療方針を最終的に決めます。ステントを入れることも、血管の内側を削ることも考えています」

「もちろん、完全に安全という方法ではありません。血圧が下がることもあるし、合併症を起こすこともあります」

「何パーセントもあるわけではないでしょう」

「ええ。0点何パーセントです」

「その、削った場合のカスはどこへ行くのですか?」

 このことがずっと気になっていたのだ。

「回収する方法と細かく砕いて流す方法があります。後者の場合にはロータブレーターで赤血球よりも小さいサイズに削るのです」

「それで高速回転なのですか」

「そうです」

 動脈硬化の程度がわからないので測ってみながら方法を選ぶというのだ。どっちにしてもわたしは「まな板の上の鯉(鯰)」状態だから、治療中は判断を任せるという意志表示をした。

「入院中に血液検査をして下さい。運動と食事管理の効果をみたいのですが、この前の中性脂肪の測定値に納得ができないのです」

「中性脂肪は食事との関係などで大きく変わりますから」

「それで早朝の測定値が見たいのです。この前は外来で昼食後でしたから」

「わかりました」

 

 坪川先生と入れ替わりに堀江さんが薬の説明書を持ってくる。治療の前に検査のときと同じよ

うに安定剤を飲み、治療の後には抗生物質を飲む。

 

 田巻副院長が来られてしばらく話しをした。

「心臓関係の学会の研究発表プログラムをインターネットで見たのです。そしたら再狭窄のことに関する発表がいっぱいあるので、要するにわたしのも現在の研究テーマであるということがよくわかりました。バルーンによる治療の後、25ないし40パーセントが再狭窄を起こすそうで、その中に自分も入ったのだから、まあ、しょうがないか、という感じです」

「尾池さんの場合、気楽な面もあります」

「は?」

「この前詰まってしまったのは1本で、それも元の方です。その先はすでに心筋が壊死している」

「あ、そうか、どうせ死んでるのだから詰まっても同じか」

「いやいや、同じではないのです。10年も経つと少しは回復する部分もあるかもしれないし」

他の2本が詰まったときのために、拡げておくのが大切なのですよ。

 カテーテル検査の歴史を田巻先生が話してくれた。

「昔は、心筋梗塞ではカテーテルを使ってはいけないと言われました。症状が落ち着いてから検査に使うものだとわたしたちも教えられました」

 この分野はどんどん進歩していて数年経つとすっかり変わるという。外国との情報交換も盛んだが、西洋人と日本人の相違もあって大変らしい。例えば、止血に必要な時間が日本人は長いという。人の体には人種による差がいろいろあるそうだ。

「西洋人の名医を迎えて医療を実践してみると、あまり成果が上がらなかったりするのですよ」

 患者の心理や医療の社会問題まで、いろいろの話しをしていると、ポケットベルが鳴って田巻先生は出て行かれた。

 

 

 ロータブレーター 9月11日(金)

 

 経皮的冠動脈形成術が行われる日である。

 7時20分、中島さんが来て、

「禁煙は続いてる?」

 と聞く。

「OKですよ」

「栄養管理は?」

「ばっちり。体重も7キロほど減って」

「今日の治療の準備は、9時半ごろ看護婦が来て始めると思います」

 

 9時13分、池上さんがセルシンを持ってきた。1番目の検査か治療が進んでいるのだ。9時40分、手袋をした池上さんが部屋に来る。

「点滴と尿管と、どっちを先にする?」

 と聞いてくれる。こういう質問が来るとは思わなかったが、わたしはこういうときいやなものを後にする性格である。

「点滴から」

点滴の管は左手の手首に入れた。尿管も手際よく入れてくれたので違和感がない。

 

 10時15分に、呼び出しがある。

 カテーテル検査の部屋に行くと、入り口で待つように言われる。

 今日は北側の部屋である。レントゲンのヘッドがろくろく首のように曲がって、わたしに迫ってくる。眼鏡と履き物を5階へ持ってかえってもらうように頼んだ。部屋の中の様子を見ていたいのだが、眼鏡をはずすように指示されると、近視がきついので見えなくなる。

「尾池さん。始めます」

 坪川先生が大きな声で名を呼んでくれるので、わたしのための処置だということが確認できる。

「超音波で測ります」

「内径ですか?」

「血管径も」

 この測定方法は血管内超音波検査法で、冠動脈内に超音波発生装置のヘッドを挿入して超音波を発射し、その反射波で血管の構造を描く。

 部屋の天井灯が少し暗くなる。

「ここはアテローム、これは石灰化」

 というようなことばが聞こえる。狭窄部分が長いようだということのほかは専門用語でよくわからない。

 上田部長が登場して、簡単明瞭に説明する。

ロータブレーターで削ります。危険性があり熱を持って血栓を起こすことがあります。血管を破ることもあります。今までここでも100例くらいありますが、事故はありません」

 こうなれば実行していただくほかはない。

「よろしく」

 テストのために回転させる、鋭い音が聞こえる。

「17万5000回転。10秒、20秒・・・」

 という声が響く。将棋の名人戦のときの声に似ている。

 最初は27秒で終わった。次に23秒、また18秒と、3回にわたって削られた。

「痛みはありませんか?」

「ありません」

 今のは1・5ミリのロータブレーターであったという。また超音波で測定する。次に2ミリの刃先で削るという。また3回作業が繰り返される。そして測定である。

 上田先生の声で、

「うまく削れたのでバルーンで拡げます」

 という。

「痛みは?」

 と言われて、神経を集中していると、だんだん痛くなる。

「胸から左腕に痛みを感じます」

「そうですか。いいことです。狭心痛です」

 なるほど、そうか、これはいいことなんだ、と思った。

 6月1日のときの痛みの記憶に比べると、10分の1くらいだろうか。3分間バルーンで拡張されて、また測定が行われた。

ステントを1部に入れます。この前治療した部分が狭くなるのです」

「弾性的にでしょうか?」

「そうです」

 また少し痛みを感じる。ステントをバルーンで拡張しているのだろう。

 また超音波による測定である。

「いってる、いってる。もう1度戻して。はい」

 というような患者がいいように受け取れることばが多い。

「尾池さん。終わります。ご苦労様でした」

「ありがとうございます」

「どうでしたか?」

「今日は脈が乱れなかったですね」

 上田先生が手にロータブレーターの刃先を持っている。

「これですよ」

 植物の種のような細い先がついている。その先にダイヤモンドがコーティングしてあるのだそうだ。

「回転しているのが体で感じられますよ」

「そうですか」

「今、何時ですか」

「12時20分です」

 

 豊岡さんたち2人が迎えに来てくれた。ベッドに寝たままで5階の部屋に運ばれる。

「お腹がすいた」

 と、エレベータの中で思わず口に出してしまって笑われたが、朝は半分しか食べてないのを思い出したのである。

 足の付け根にはパイプが2本入ったままである。左手首には点滴が行われている。

「心電図は取らないんですか?」

 と聞くと、それはやらないそうだ。

「夕方パイプを抜いてからまた6時間」

「止血?」

「そう」

 この上向きに寝たままの姿勢がつらいのだ。

田巻先生が来られた。

「どうでしたか」

「自分のことでなければ、あんな面白いことはないと思いますよ」

「内科で1番外科的な分野でしょうね」

 数年でついていけなくなるほど進歩の早い分野でもあるという。血管を削るのは誰にでもできるものではないそうだ。

「下手をすれば血管が破れますから」

「バルーンで拡張するとき痛みを感じました」

「いいことです。次のためにも」

田巻先生はもっぱら次に血管が詰まったときのことを言われる。

 

 坪川先生が18時40分に来られて、食事をしているのを見て、

「食事後すぐは気分が悪くなる人がいるので、もう少しあとにしましょうか」

「いえ、いいです。早いほうが」

 とにかく体からパイプが抜ける方がいいと思っている。

「白坂先生は麻酔をしましたか?」

 と聞かれて、記憶が全くないことに気がついた。

「腕からの2回は、よく覚えてますけどね」

 麻酔をして、パイプを抜く作業が始まった。坪川先生はわたしの寝ているベッドの端に片足をかけて作業する。力仕事である。パイプは2本入っている。まず1本を抜く。10分ほど強く押さえて血を止めている。もう1本を抜く。また力を込めて押さえる。10分ほど強く押さえてから、ややゆるめる。それでもかなりの力で押さえている。坪川先生は自分の腕時計をはずして見えるところに置いてある。結局19時05分まで、25分押さえていた。やはり日本人なのであ

る。

「少し長い時間がかかった」

 という。

「若いとき、切り傷を押さえて早く血が止まったのに、最近遅くなったという気がするのですが」

「そんなことないですよ。よほど細胞が弱ったらわからないけど、年齢には関係しないですよ」

 と、坪川先生は笑う。

 抜いたパイプを見せてくれた。静脈に2ミリのパイプ、動脈に2・3ミリのパイプが入っていた。両方とも長さは10センチほどである。その後をテープでしっかりと押さえる。その大きなテープで引っ張って貼るときに、前回のときの感触を少し思い出した。

 この状態でまた上向いたまま6時間である。日本人の止血に必要な時間である。夜中でもはずしに来てくれるという。

 

 

 再び学習を 9月12日〜15日

 

9月12日(土)

1時前に目が覚めたまま待っていた。時計がぼやっと見えている。1時に八木さんが来てくれた。やっと固定していたものが取れた。軽く汚れを拭いてくれる。とにかくそっと寝返りを打つ。

朝早く目が覚めると、八木さんが点滴の具合を見ている。うとうとする。岸本主任が採血に来る。うとうとする。田代さんが検温に来る。

血圧を測る。

 8時55分、岸本主任が来て尿管をはずしてくれた。やれやれである。9時には生理食塩水の点滴も終了する。

「今日は1日、静かにしていてください」

 10時50分、林さんが血圧を測る。

「110と68です」

「もどった。最近の平均だ」

昼食は半分残した。昼寝をする。消灯時刻の21時になって、まだ疲れが残っている。

 

 

9月13日(日)

日曜日の病院は暇である。

 中島さんがカテーテルの跡のガーゼを取ってくれた。押すと少し圧迫による痛みがあるが、順調に回復しているようだ。

 明日の朝は採血をするという連絡がある。ベッドメークの仕事が入ったので、屋上へ行ってみたが、恐ろしく蒸し暑いので散歩する気にもならない。

 

 

9月14日(月)

 葉子が来て、ナースステーションへ連絡する。しばらくすると坪川先生が来られた。2人で今回の治療内容の説明を聞く。

 画像には細長いガイドワイヤーがまず見える。それにロータブレーターの先が映る。それに細い穴があいていて、その中にガイドワイヤーが通っているのだ。ガイドワイヤーに沿って刃先が進んでいく。削って抜いてその後、ガイドワイヤーに風船が通されて拡張が行われる。

 超音波で測定するためのヘッドがカテーテルの先端に取り付けられて、血管の中を移動する。

それが抜き取られると次にステントをかぶせた風船が入る。わたしに使われた金属は画像に映りにくい質のものだという。だからステントの両側の風船がまず膨れ、その後にステントの部分が膨れるのが、風船の映像でよくわかる。

「15ミリのステントでしたね」

「そうです」

 処置の後の動脈を見る。

「基本的にこの動脈は、動脈硬化が進んでいます。ずっと先の方にも細くなったところがあります」

 確かに先の方に細い部分がある。

「付け根の近くにも細いところがあります」

「なるほど」

「金属を何個も入れている人も実際にいます。どうなるか、正直、効果はわかっていないのです」

 

 それに加えていくつかのコメントがあった。

「この血管は、どちらかというと動脈硬化が強い方です」

「7月に退院した後、危険因子を取り去ることには注意を払っていますが、それが心筋梗塞を1度起こした後に、どれだけ効果があるか」

「今日の血液検査では、総コレステロールが146、中性脂肪が110で、この値ならいいのです」

 と測定結果の評価であるが、続けて、

「体が出来上がっているために、今の運動や栄養管理がどういう影響をするかがわかりません」

 と坪川先生がいう。

「だめでもともと、でやってみるという気持ちでもあります」

 と、自分への励ましとも報告ともなく発言する。次は12月上旬の検査である。それまでまた田巻先生の担当のときに外来受診する予定である。

「今後、また3か月後、6か月後、12か月後の検査で、効果を確認しましょう」

「ありがとうございました」

 堀江さんが薬を届けてきてくれた。一通り説明して、

「夜、寝る前に、その薬を飲むとき、お水をいっぱい飲んで、朝起きたら1杯飲んで」

「その寝る前の水を、宝水と昔からいうそうですよ」

「そうですか」

「血をさらさらにする効果を、昔の人はちゃんと知っていたのですよ」

 

 

9月15日(火)

退院の日である。

 昨日までの体重や血液検査のデータをグラフにまとめた。そのグラフを見ながらの感想である。結局、体重を見ているのが簡単で1番重要な情報を見ていることになるのかもしれない。

 これらのグラフを見るときの注意点がいくつかある。退院して家にいる日の体重、体脂肪率、血圧などは起床してトイレに行った直後の値である。したがって体重は昼間はもっと増えており、体脂肪率は減っている。血圧は以前は変動が大きかったが、退院後はあまり大きくは変わらなくなった。全体に低くなったので変化率は同じかもしれない。

エネルギーは一日に摂取したエネルギー量を描いてある。前にも述べたように、目標値に合わせるように調整はしていなくて、食べた結果を計算してある。もちろん一応は一日1700キロカロリーを目安としているので、取りすぎた日の後は減らそうとする意識がわたしにも葉子にも働いている。しかしタンパク質が足りないとか、油脂も必要とかいいながら、栄養をとる方向にも意識が働く。この計算が葉子の日課の中でかなりの量になる。正確を期すために、材料や調味料の1つひとつの目方を量りながら調理をし、食べた後の廃棄量も正確に計る。その重量から厚生省の食品成分表で、タンパク質、繊維、コレステロール量、塩分、エネルギーなどを計算する。

 

 歩いた歩数は、夕方までに、少なくて夕食後に時間的余裕があると、なるべく1万歩を越えるように調整した。退院してだんだん増えていく様子や、8月末と9月10日から数日の目立っている減少は、入院によるものであることなどがよくわかるグラフになった。

 栄養を管理しながら毎日歩いていると、体脂肪率がまず減少し、それが安定したところで体重が減り始める様子がよくわかる。武田病院の栄養部門を担当する水野さんも、このような具体的なデータは貴重だと言ってグラフを持って行った。

 体重の目安をどの程度に置くかは、まだ迷っている。BMI(Body mass index) を使うと、

  BMI=M(kg)/LxL (体重を身長の2乗で割る)

 となる。

わたしの歳になるとすでに身長が年齢とともに減るが、1メートル64センチくらいあったのが、最近測ると62センチくらいになるときがある。BMIが22のとき、もっとも疾病発症が少ないそうだから、このときの体重を計算すると、身長1メートル64センチとして体重は59・2キロ、62センチとして57・7キロである。BMIを24として62センチとすると63・0キロである。わたしの場合、現在の早朝での体重がこの値くらいであり、まだ重すぎることがわかる。体の機能が落ちないように長期間をかけてもう少し減らそうと思う。

 

 また、総コレステロール値は食事の前後などであまり変わらないといわれるので、長期の変化と見ていいのかもしれないが、中性脂肪は食事の前後などで値が大きく変わる。本当は食べてない状態で早朝に採血した場合の値だけにするとわかりやすいかもしれない。このグラフには昼間の測定値も入っている。特に8月中旬の中性脂肪の値はどうにも納得できない高い値であるが、グラフにはもちろんそのままプロットしてある。

 坪川先生のコメントによると、総コレステロール値も9月の入院時の146ミリなら問題ないが、7月に退院した後、8月中旬の値が上がっていた。それが今度の入院でまた下がっている。

退院して今の値が保てるかどうかが問題だという。しかし今回の短い入院期間に下がったとは、わたしは思わないが、あえてそれは反論しなかった。これからの生活の中で測定してみようと思っている。

 葉子も測定値にいろいろ問題を抱えている。2人で歩いて、食事を記録して、とりあえずそれを3か月は続けてみようと思っている。

 それにしても総コレステロール値が146ミリというのはうれしい。ただし健康な人が総コレステロール値が低ければよいという誤解をすると困る。低く設定したいのは急性心筋梗塞を起こしたわたしに対して、検査値をもとに白坂先生が判断した結論であり、特異なケースである。コレステロールは、あくまでも人の体に必要なものである。

「白坂先生に教えてあげたいね」

と葉子に言った。白坂先生は、この値は低いほどいい、140くらいがいいだろうと言われた。

 

 渋谷正史、高橋潔「血管生物学」(講談社サイエンティフィック)が、東京大学のホームページで紹介されている。それによると、「不安定狭心症や急性心筋梗塞などの急性冠疾患をはじめとする虚血性疾患は、粥状動脈硬化病変の崩壊とそれに続く血栓症が原因となることが知られている。・・・脂質組成を中心とした脆弱性こそが狭窄度や病変容積よりも本質的な因子であり、これが物理的外力などのトリガーにあって初めてプラークラプチャー(粥状動脈硬化病変の崩壊)が起こる」とある。

 自分の再狭窄の治療が終わって、病室で休みながら、このような教科書を読んでみると、難しい表現で書いてはあるが、何となく内容がわかってくる。この教科書によると、冠動脈形成術(PTCA)の成功例の25ないし40パーセントに再狭窄が発生するそうだが、2回目の再狭窄率は5ないし10パーセントと低いのだそうだ。

 田巻先生に、この前このことで質問をした。

「治療した部分でなく、その近くが狭窄を起こして、それを今度治療したら、やはりまた25ないし40パーセントでしょうか。それとも低い方?」

「まあ、その中間でしょうか」

 少しでも再狭窄率が低ければ、この際よしとして、12月上旬の検査まで、また日常の生活に戻ることにしよう。

 入院中に聞いた話を1つ例に挙げておきたい。心筋梗塞で亡くなった方の話しである。

 狭心症を持つその男性は、夜中に強い痛みを胸に覚えて、家族に訴えた。妻はニトログリセリン錠を、主治医の指示通り舌下した。4錠試みたが効き目がなかった。妻は、夜中なので医師を起こすのは悪いからと夫をなだめ、家族で彼の胸や背中をさすって、せめて夜が明けるまで我慢しようね、と懸命に励ました。夫は我慢して夜明けを待った。夜が明けて主治医に連絡をすると、大病院へ連れていった方がいいだろうという指示だった。病院に運ばれたその男性は、救急治療

で一命を取り留めた、と家族は思っている。その少し後で、心不全で男性は亡くなった。あんなにがんばって、病院で命を助けてもらったのに、直後に死ぬなんて運がなかったねえ、と家族たちは話し合った、という話しである。これを聞くと、やはり体のしくみを知っておいた方がいいと思う。

 

 ホームページから武田病院のページをプリントして読んだ。

「健康相談」のページには、武田病院健診センター名誉所長の北村季軒さんと田巻俊一武田病院副院長の対談がある。テーマは自覚症状のない心筋梗塞である。運動負荷心電図の調査結果から、という副題がついている。そこにも、冠動脈硬化のリスク因子を2つ以上持っている中高年者は、自覚症状がなくても検査を受けるようにという警告がある。リスク因子は7つ挙げてある。

 心筋虚血の遺伝歴、喫煙歴、肥満、高血圧、心臓肥大、高脂肪症、糖代謝異常

 わたしの場合、完全に検査を受けなければならない条件を持っていた。「社会的な啓蒙が大切であると思っています」という田巻先生のことばで、この対談は締めくくられている。

 

 

 酒とコーヒー 9月16日〜18日

 

 退院するときに帰り道で本を2冊買ったが、そのうちの1冊の本を読み始めたら、おもしろくてなかなかやめられない。高木誠著「心臓病と上手につきあう本」である。この本を読んでいて、23時すぎになってしまった。最後のところまできたら、十分な睡眠が大事だと書いてあった。

 この著者はわたしが6月に入院していて入院中の指導プログラムの中で見せてもらったビデオに登場した医師である。本には「狭心症・心筋梗塞の患者さんのために!」という帯がついているが、この著者自身がかつて患者さんであったのだ。

 この本は、患者の身になって重要なポイントが丁寧に、しかも不必要な専門的知識を持ち出さずに、説明してくれる。まず心臓をとりまく血管のトラブルに関してである。冠動脈の内壁にプラークが形成され、それが増大するアテローム硬化が、わたしの冠動脈の狭窄を起こし、結局は急性心筋梗塞を起こした。

 たいていの本には動脈硬化の予防のことと心筋梗塞の予防のことを書いてあるが、病気になった人のことがあまり書かれていない。この本には「すでに発病後の場合には、病気の進行を抑えたり、退縮といって、いったん進行した病変を軽快改善できうることもわかってきました」という。高コレステロール血症は改善しておかないと、わたしのように心筋梗塞を起こすと本当に取り返しがつかなくなる。

わたしの心筋はかなりの部分が壊死してしまったようだが、気絶心筋というのがあり、また冬眠心筋というのもあるそうだ。血行再建術を行うと救うことができる。壊死してしまうと救いようがない。だから動脈硬化を起こしている段階でも何とかして心筋梗塞を防いでほしい。

 

 最新の治療法では、「ニューデバイスとよばれる一連の方法」としてわたしが受けた治療法が紹介されている。これには大別して2つの方法があり、1つはステントである。ステントの使用によりバイパス術が必要となるケースが減り、また再狭窄率も減少したといううれしい記述もあるが、「金属ステント留置後3〜10日ごろに、血栓で内腔が閉塞されて、突然胸痛を感じるようになり、心電図をとってみると、ST上昇をきたしていることがあります」という記述もある。

 もう1つはアテレクトミーと呼ばれる、動脈硬化の粥腫(アテローム)を血管の内腔から切除する方法である。DCA(Directional coronary atherectomy)と呼ばれるものと、ロータブレーターがある。前者では切除した組織を回収して調べる。後者ではすでに述べたように石灰化した組織もこまかく砕いて血液の中に流してしまう。ロータブレーター(rotablator)

はこの治療器具の登録商品名である。

 冠動脈バイパス手術のこともくわしい。1991年から95年までの日本全国の集計(日本冠動脈外科学会)では、全国333施設、計4万8512症例で、手術死亡率は3・8パーセントだという。ただし緊急手術例を除いて待機手術例に限るとずっと死亡率は小さくなるという。

心筋梗塞の治療方法の急速の進歩をたどると、その目覚ましさがわかるが、1997年度の急性心筋梗塞の病院内(30日以内)死亡率は8・1パーセントとなっているという(日本心血管インターベンション学会)。

 

 もう1度順番にまとめれば、生活習慣を良く保って、高血圧や高脂血症にならないようにし、動脈硬化の危険因子を早期に減らしておくことが大切である。もしなってしまったら、高血圧症や高脂血症の治療を早期に初めることが重要である。拡張期血圧が6ミリメートル(水銀柱)低下すると、虚血性心疾患の危険が14パーセント減少する。血中総コレステロール値が181ミリ以下のグループに比べて、245ミリ以上のグループでは虚血性心疾患による死亡率が約4倍

になるという調査結果がある。

 中性脂肪は正常値は50〜150ミリとされているが、この値の高いことと低いHDLコレステロール値との組み合わせが危険因子として注目される。

 タバコは当然やめるべきである。吸うと自分だけでなく他人も巻き込んでしまう。心筋梗塞などで死亡する率は、1日1〜14本吸う人で吸わない人の1・4倍、15〜24本吸う人で2・4倍、35本以上吸う人で7倍となるそうだ。禁煙して数年後には非喫煙者と同じように危険性が低くなることもわかっている。

 さて、わたしにとって、もっとも重要なこの本の記述は、「再発防止のために危険因子をとり除く」である。「できる限りいきいきと元気に良好なQOL(生活の質、生きがい)を維持し、長生きを目的とします」という、ありがたい記述が、この本にはある。「いいかえれば、冠動脈の動脈硬化(アテローム硬化)がさらに進んで悪くなるのを防ぎ、できればその退縮(いったん進展した動脈硬化の程度が軽快すること)まで期待しようとするものです」という記述である。

タバコは当然やめるとして、「血中総コレステロール値を低くすることにより、冠動脈疾患の事故発生率が低下し、死亡率を下げられることがあきらかになった」ということの説明がある。治療目標として、血清総コレステロール値で180ミリグラム/デシリットル、LDLコレステロール値で100ミリ未満を目安とする。

 心臓の働きを表現するのに、駆出率を使う。左心室の拡張期の容積から収縮期の容積を引いて、拍出される血液の量である駆出量が出る。それを拡張期の容積で割ると駆出率が求まる。この値が50パーセント以上を正常とする。

 この本の最後に近く、アイゼンハワー元大統領の心臓病の主治医であった、故P・D・ホワイト博士の教えが載っている。

More walk, less eat, and sleep more 」ということばで、6月の入院中にわたしもこれを覚えた。

 48歳のとき初めての狭心症を経験した著者は、そのころこのことばを知って実践した。そして今、68歳の著者は元気に医師として働きながら、このことばを虚血性心疾患の患者に伝えている。

 

 

9月17日(木)

 入院中にお見舞い下さった方も、退院してから後でお目にかかった方も、会話の何番目かには必ずといっていいくらい「酒は飲めますか」という質問があった。男性だけの質問と思う方もあるだろうが、男女を問わずこの質問は多いようだ。女性の場合は若い人に多い。

「お菓子は食べられますか」という質問は少なく、「コーヒーは?」というのは、コーヒーの存在する場面でなければ出てこない。「お茶は大丈夫ですか?」というのがときどきあり、あとは「何か制限がありますか」という一般的な質問である。

 以下、酒とコーヒーに関するいろいろの見解である。

 太田昭夫、住田佳寿子編著「心臓が悪い人の食事」(保健同人社、1987)では、アルコールはストレスを解消し、善玉コレステロールを増やすとされている。ビールなら1本、日本酒なら1合、絶対量を過ごさないように。コーヒーは、直接虚血性心疾患につながるかどうかはまだはっきりしない。問題があるとすれば、それに入れる砂糖やクリームのほうかもしれない、という。

 渡辺孝、渡部昭著「動脈硬化・コレステロールを防ぐ食事」(保健同人社、1986)では、酒はHDLコレステロールを増やすが、中性脂肪も増やすという警告があり、カフェインは、ほとんど気にしなくてよいが、動脈硬化の人は1日に1、2杯、ミルクを入れて飲む方がいいとある。

 安藤幸夫監修「きちんとコレステロールを下げる」(大泉書店、1996)では、酒は適量であれば、善玉コレステロールを増やし、過ぎると中性脂肪を増やすとあり、コーヒーのことはまったく書いてない。

 小船井良夫監修「高血圧・心臓病、食事と最新治療」(婦人生活社、1994)では、酒は適量なら動脈硬化を防ぎ心臓を守ってくれるが、深酒は危険、カロリー以外の栄養は空っぽという。

コーヒーに関してはコメントはない。

 女子栄養大学出版部「高脂血症の人のために、コレステロールHOW TO 食品選び」では、アルコールを飲み過ぎている人には中性脂肪が高いケースが多く、高脂血症の人はアルコールは要注意と言えるという。太る太らない以前に脂肪肝などになる。嗜好品は好みのものを飲んでいいだろうが、砂糖や生クリームを入れないことが重要とある。

「NHKきょうの料理、成人病の食事シリーズ」6、広沢弘七郎、高城順子、宗像伸子「心臓病の食事」(1987)には、大変わかりやすい心臓病の説明があり、その予防策としての食事、心臓病にかかった人のための食事のことが丁寧に書かれている。それによると期外収縮が酒やコーヒーで出やすい人がいるとある。また、「穀物や甘いもの、アルコール飲料などのとりすぎが、動脈硬化をおこしやすくします」とある。この本の前身は、1979年に発行された、「別冊NHK今日の料理、成人病の食事ー予防と治療のためにー」であった。その本もいい本だったが、その内容がずいぶん詳しくなって分冊になった。

 1979年版の方には、Q&Aで、「心臓病にはアルコールやコーヒーは禁止しなくてはいけませんか?」という問いに、「両方とも、とりすぎは悪いので控えましょう。しかし、どちらも嗜好品ですから習慣となっているもので、すっかりやめると、かえってストレスを増したりすることがあります。ただし、お酒を少しでも飲むとドキドキするような人は禁物です。コーヒーは動脈硬化を促進させるカフェインが含まれているので濃いものはいけません」と書いてある。

 再狭窄の治療をして退院したとき買った新刊書である高木誠著「心臓病と上手につきあう本」には、「1部では飲酒が血管のスパズム(れん縮)に憎悪的に働くとの意見もあるようです。少なくとも重症の患者さんは、飲酒は控えるべきでしょう」と書かれている。

また同じく退院のとき買ったもう1冊、金澤武道著「コレステロールの常識が変わった」では、動脈硬化とのかかわりからみたアルコールのいい面は、1日に日本酒を1〜2合飲むと、過酸化LDLの産出をおさえる効果が期待できるという。悪い面は、3合以上飲むと肝機能が障害され、5合以上飲み続ければ肝硬変に突入する。コーヒーに関しての記述はないが、砂糖には強い血管障害作用があるという。

 

 

9月18日(金)

早く寝つくと、その分、朝早く目が覚める。昨夜読みかけた本の続きを読んだ。

 この本の趣旨は、LDLコレステロールの役割を見直し、その悪玉説を修正して、過酸化LDLコレステロールエステルと巨大化したLDLとが動脈硬化をもたらせるということにある。過酸化LDLができるのを防ぐのに大豆が貢献するという。

 中高年になると抗酸化食品に頼ることが必要である。抗酸化成分として注目されているのは、各種ビタミン、ベータカロチン、ポリフェノール類などである。ポリフェノールは、植物に含まれる色素のフラボノイドやタンニンなどである。日光の紫外線は活性酸素を発生させる。植物は自分の色素で紫外線の害を防ぐのである。

 

 

 飛騨天文台30周年 9月23日〜10月10日

 

10月2日(金)

再狭窄の治療をして退院したあと、初めて外来受診した。田巻先生の診察の日である。まず心電図を取ってもらい、自分で血圧測定を行い、順番を待つ。昼食時になっても、田巻先生は続けて診察しておられる。大変な仕事だと思う。

 体重などのグラフを持参した。また総コレステロール、中性脂肪、体重などのグラフも持ってきた。

「入院のために採血したときの値が高いのですね」

「中性脂肪が高いのは、昼食後の採血だったためという可能性もありますが、総コレステロールが高いのが納得できないのです」

「そうですね」

「近所の医院でときどき採血して検査に出してもらうことを今考えてます」

「それはいいかもしれません」

「朝、食事前に行って空腹時に採血しようかと」

「比べるためにはいいのですが、値が低いとつい安心して反動があるということもあるので」

「そうですね」

「この前、風船で3分ほど拡張しているとき、明らかに痛みを感じました」

「心筋が完全に壊死していたら痛みを感じないでしょうから、再狭窄が起こると狭心痛を感じることになるでしょう」

「まだ、狭心症でニトロを使った経験がないのです」

 しかし、ニトログリセリンを常に携帯していなければならない。

「4週間後に診察を予約しておきましょう。ただし薬の中に2週間分しか出せないものがあるのです」

 

 

10月3日(土)

朝食抜きで金久医院へ行った。葉子もわたしも、空腹時の血液検査のデータがほしいので、あらかじめお願いしてあった。浅野先生がいろいろのことを質問して手際よくカルテを書いて採血してくれた。採血だけが目的でわたしの方は来ていたので、今飲んでいる薬の名を聞かれたが完全に答えられなかった。これは反省することで、循環器関係の薬をのでいる者としては、いつでも何を飲んでいるかを説明できなければならない。

 

 

 湯島聖堂の楷樹 10月11日〜12月11日

 

10月30日(金)、

田巻先生の外来診察を受けた。心エコーの結果を見て、ひいき目にいえば少し良くなったかなという程度で、奇跡的な回復はなかったという。胸部レントゲンを撮って、身体障害者手帳の申請のための証明書を書いてくれた。血圧が上がってきたのは活動し始めた証拠だろうという。12月にカテーテル検査をしてその結果を見て1度体力テストをしてみようということになった。

 

 

11月13日(金)

NHKの生活ほっとモーニング。脳卒中がテーマである。卒は卒倒の卒。中は中毒の中。脳に突然何かがあたる。脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がある。脳塞栓症は血のかたまりが流れていって詰まる。脳血栓は血管の内壁に血栓ができてつまる。一過性脳虚血発作という現象が脳卒中の前ぶれとしてある。数秒から24時間続く。一方の目がかすむ。半身がしびれる。片側の手足がしびれる。舌が回らない。原因は高血圧、糖尿病、高脂血症、不整脈。糖尿病や高脂血症は太い血管に血栓ができる傾向がある。わたしの場合はこれかもしれない。

 

 

11月27日(金)

田巻先生の診察を受けた。12月下旬にカテーテル検査を受けることになった。血圧が変動するのが気になっている。

「高いのはいいとして、低いのが気になりますね」

 と、田巻先生も毎回気にしているようだ。

 わたしの周辺で風邪がはやって、それが気になっている。

「風邪薬を買って飲むというようなのは、いいでしょうか。それにビタミン剤とか」

「心筋梗塞の前にアレルギーを起こしたことがないものなら大丈夫です」

 このことがずっと気になっていて、いつも聞くのを忘れていたので、具体的に理解できてよかった。

 次の検査の結果を見て、体力テストをしてみようかと前回言われたので楽しみにしている。検査の準備として、胸部X線撮影と採血をした。武田病院では11月から処方箋で外部薬局で薬を購入する方式になった。初めての薬局へ行ってみたが、それぞれ店の特徴があって興味深い。

いずれにしても忙しい病院で薬をもらうのとはちがって、薬の説明が親切である。この薬は主治医に相談せずに服用をやめてはいけないとか、この薬は他の医院にかかるときに必ず服用していることを伝えるようにとか、注意事項が具体的である。

 

 以下に説明の概要を列記しておく。以前書いたわたしの記憶とややちがう部分がある。

 ジゴシン・・・  心疾患の薬。心臓の働きを回復させ、脈の乱れの予防や治療に用いる。

 レニベース・・・ 血圧を上げる物質の生産を抑えて、血圧を下げる薬。心臓の働きを回復させる。血圧低下によりめまいなどをおこすことがあるので車の運転や危険な機械操作などには十分に気をつけること。咳が出る場合は主治医または薬剤師に連絡する。

 小児用バッファリン・・・血栓ができるのを抑える薬。痛みや炎症を抑え、熱を下げる。他の医療機関で診療を受ける場合は、この薬を飲んでいることを医師または薬剤師に必ず伝えること。

セロケン・・・  狭心症の発作を予防する薬。血圧を下げる。めまい、ふらつきなどをおこすことがあるので、車の運転や危険な機械の操作などには十分に気をつける。また、主治医の指示なしに服薬を中止しないこと。

 ニチステート・・・血栓ができるのを抑える薬。痛みや冷えなどを改善する。

 メキトライド・・・脈の乱れを整える薬。車の運転や危険のともなう機械の操作などには十分に気をつける。

 ガスター・・・  胃酸の分泌を抑える薬。胃炎、消化管潰瘍の治療に用いる。主治医の指示なしに服薬を中止しないこと。

 メバロチン・・・ コレステロールを下げる薬。

 

 

12月7日(月)、

医療ジャーナリストの、みちおさむさんによると、コーヒーを毎日3杯以上飲む習慣のある人は、飲まない人に比べて胃がんにかかる危険率が半分になるという調査結果があるそうだ。名古屋市の約2万人に対して約10年にわたって食生活を調べた結果だという。

また、発がん予防にコーヒーが有効であるという研究結果もあるそうだ。全日本コーヒー協会が

「コーヒー&ヘルス」というのを作っているそうだが、それによると1988年に日本動脈硬化学会で「コーヒーは動脈硬化を予防する善玉コレステロールを増加させる」という研究結果が発表されたという。このエッセイ「コーヒーブレイク」(This is 読売、1999年1月号)を書いた、みちおさむさんは、朝起きて1番のコーヒーブレイクが日課となっているのだという。

 

 

 身体障害者手帳 12月12日〜23日

 

12月12日(土)

昨日、葉子が病院へ行って2週間分の薬をもらってくれたあと、宇治市役所へ身体障害者手帳を受け取りに行ってくれた。今日はその手帳を持って買い物に出かけた。「障害者福祉のてびき」というパンフレットをもらってきたので、それをよく読んだが、どのようにして乗り物の割引などをしてもらうのかは結局よくわからない。実践の中で会得することになるようだ。タクシーの割引は用紙に記入しておくことが必要のようで、今日はとりあえず使わないことにした。

 

まず、JR六地蔵駅に向かった。駅に近づくとともに頭の中で駅員さんに聞くときのことばを繰り返してみて、結構緊張している。

 切符売り場には、係が要求したら身体障害者手帳をいつでも見せるようにという注意だけが書いてある。駅員に聞く。

「すみません。初めてですので。この回数券で2人乗ることができますか」

 と、大人用の回数券を見せた。

「それは使えません。小児用の券を買って下さい」

 というわけで、小児用の券を2枚買って、自動改札機に入れる。「こども」という文字が点灯するのが気になる。

「あの人、子供用の切符で乗ってる、と知らない人が思うかもしれないね」

 と、人目を気にしながら葉子にいう。

 京都駅で出るときにも、駅員さんの目が気になる。

「駅員さんが確かに見ていたけど、何も言わなかった」

 

 次は地下鉄に乗る。葉子がまた小児用の切符を買おうと自動販売機の方へ行く。

「ちょっと待って。やはり駅員さんに聞いてからにしよう」

 地下鉄の改札口は3か所あって、1番遠いところに駅員がいる。そこまで行って手帳を見せながら聞いた。

「これで割引をしていただくのには、小児用の切符を買うのでしょうか」

「いや、ここで特別の切符を買って下さい。小児用だとランプがついて困るでしょう」

「はあ。JRでは小児用を買うように言われたので」

 これに対しては駅員さんは反応なしで、

「どこまでですか」

 と聞く。

「4条までです」

「これで自動改札機を通って下さい」

「出るときもですか」

 と葉子が聞いている。

「そうです」

 1人分のお金で2枚の切符を受け取って自動改札機を通る。今度はランプがつかないので、気兼ねなく入ることができた。気分的にかなりの差で地下鉄の方がいい。しかし、駅員のいるところを探して歩かないといけない。

「これ、くせになって、コーヒーを飲んでも手帳を出すようになるかもしれない」

「何を考えてるのよ。すぐ調子に乗って」

堂々と四条駅を出ることができた。

 

大丸で買い物をして、また地下鉄とJRで帰った。

「さんざん買い物をして、運賃を半分にしてもらって、何だか申し訳ないような気がする」

と言いながら、福祉制度のありがたさを実感することのできた1日だった。

 

 クオリティー・オブ・ライフを大切にして医療を行う時代になって、わたしもこれから生きていくのに、いろいろのことを考えている。積極的に出かけることが生きていくに当たって大切なことの1つであるが、そのためにも身体障害者に対する乗り物や公共施設の入場料の割引制度は、ありがたいものだ。

 

 

12月23日(水)、

NHK総合テレビの「ためしてガッテン」では「クイズ! お酒の新常識」を特集で放送した。活性酸素と酒の関係などを取り上げて、健康と酒の関係を学習した。

 放送はまず少しは酒を飲む人が長生きであるという統計から始まった。酒は体にいいのか、どう飲めばいいのか、というテーマである。「酒は命を削るカンナ」あるいは「酒は百薬の長」という。

 酒を飲み始めるとまずアセトアルデヒドが心拍数を上げて血圧が上がり、間もなく血圧が下がる。そこで外に出て体を冷やすと急に血圧が上がる。冬は特に気をつけなければならない。

 Jカーブと呼ばれる特性がある。酒を少しのむと体にいいといわれる。1日に15から30ミリグラム飲む人が、高血圧になる率が1番低い。日本酒1合くらいに相当する。ただしこれは欧米のデータであって、日本人に多い下戸の人のデータが含まれていない。下戸の人はやはり無理をして飲むといけないだろう。少量の酒を飲むと活性酸素が減少する。これもJカーブであって、酒の量が増えると活性酸素が増える。たしかにみごとなJの字の形で、急激に増える。

 

 

 再狭窄治療から3か月 12月24日〜大晦日

 

12月24日(木)

検査のために入院する。14時に病院に入るように指示されているが、これはあまり厳密に守らなくてもいいようだ。入院慣れしてくると手抜きができる。しかし手抜きのポイントを間違うと迷惑をかけることになる。

 

 中川さんが部屋に来て、明日の心臓カテーテルのための心得を説明してくれる。

「今、心臓カテーテルの担当が、何かで大変のようで連絡が取れないんで、腕から入れるか足からかわからないのです。両方説明しましょうか」

「いや、腕からだと聞いてますから」

「それなら腕からとして説明しましょう。もう4回目でしたっけ?」

「えーと」

 と考えている。

 緊急入院で治療のための1回目で、足の付け根から、その退院のときの検査が2回目で腕から、9月の検査のときに腕からが3回目、再狭窄がわかってその治療のために足から4回目、だから今度は合計して5回目である。

 16時すぎ、坪川先生が部屋に来られた。

「明日の1番に検査です。それで細くなっていたら、続けずにあらためてまた治療をするという方針で」

 足の付け根から検査して、治療が必要と判断したら、そのまま続けて治療するという方法も可能である。ただしその場合は5日以上の入院期間が必要になる。今回は3日しか入院できない日程だから、検査だけにして腕からカテーテルを入れる方針なのである。

「はい。そのつもりで予定して来てますので」

 八木さんが部屋に来て、安定剤を2錠飲んで、21時過ぎに就寝する。

 

 

12月25日(金)、

早寝早起きも過ぎるとまずい。4時過ぎに目が覚めてしまって、どうしようもない。俳句の本を読み、テレビを見る。ニュースではパリのノートルダム寺院からの中継がある。もうすぐクリスマスイブのミサが始まるそうだ。

 お茶を入れて部屋に戻ると岸本主任が来る。

「お早うございます。検温を」

「はい」

「カテーテル検査は1番目ですね」

「不安です。検査が不安ではなく、結果が不安で」

「そうでしょうね。わたしはやったことがないから。胸がドキドキするのかなあ」

「結果よければすべてよしで、検査のときに別に何か痛かったりするわけではないけど」

「安定剤を、8時に2錠、飲んで下さい」

「はい」

 下着を脱いで病衣に着替えて待つ。9時前に呼び出しがあり、2階の血管造影室に入る。幅の狭いベッドの上に寝て右腕を伸ばし、手の平を上にして細い台に乗せる。

「消毒します」

 夏の検査のときとちがって冷たい。心電図の電極と脈拍のセンサーが取り付けられる。体全体がガバガバのシートで覆われる。

 坪川先生が注射器を持つ。

「麻酔をします。ちょっと、ちくっとします」

 といい、そのあとに、

「ごめんなさいね」

 と付け加える。

「ちょっと、ぐりぐりします」

 というが、確かに腕がぐりぐりする。坪川先生は、カテーテル検査を受けた経験はないと思う

が、どうしてこんなうまい表現ができるのだろうかと感心する。

 わたしの左側にあるモニター画面に胸全体の映像が映っている。眼鏡をはずしているので残念

ながらよく見えないが、背骨が映っているところにカテーテルが通っていくのが見える。心電図のモニター音がピピッと乱れる。その都度、自分も動悸の異常を感じる。

「いつものように、体が熱くなる検査をします」

 坪川先生の声とともに胴体が熱くなる。その次の瞬間、尻が熱くなり、続いて左手が熱くなる。それを一度くり返す。パイプを抜く指示が与えられたようだ。

「今度は血管を撮します」

 X線のヘッドが近づいてくる。モニター画面を横目でにらんでいると、冠動脈に血液が流れる様子が見える。たくましく流れているように見える。調子いいのかもしれないという期待感がある。こんどはあまり熱くは感じない。

「顔を反対向けて下さい。右の血管を撮します」

 これではモニター画面が見えない。

「いいですね」

 という坪川先生のことばがうれしい。

「尾池さん。ご苦労さんでした」

 と坪川先生がいう。

「ありがとうございました」

「パイプを抜きます」

止血作業があり、右腕を伸ばしたままギブスで固定して終わる。心電図のモニター音が静かな部屋に響きわたるのをじっと聞いている。

 

 ベッドを降りて椅子に座って「お迎え」を待つ間、上田先生と話す。

「体重などはどうですか」

「毎日歩いて、カロリー計算をして、減らした体重を保ってます」

「心不全があると急に体重が変化しますから」

「急に変わるようなことがあれば、データを持ってきます」

 腎臓の機能のことを話す。

「造影剤で被爆するようなことはないでしょうか」

「とにかくお茶をたくさん飲んで、おしっこをたくさん出して

 これは大事なことだと思う。今まで認識していなかった。

9時50分に部屋に帰った。9月のときよりも簡単に終わったように思う。

 

 12時35分に中川さんが来る。

 ギブスをとって、

「静かに曲げてみて」

 曲げたあと見ていると、だんだん血がにじんでくる。ナースコールで坪川先生が来て、押さえてみる。

「あと1時間しめよう」

 やれやれである。葉子は買い物に出かけた。中川さんが1時間後に来て、

「さあ、もう1度」

 と声をかけながらギブスをはずす。今度はいいようだ。

「明日の朝、もう一度、消毒します」

 

 葉子が帰ったあと、福井主任が17時ごろ来て、

「すこぶる順調のようで、何よりです」

 という。まだ坪川先生から説明は聞いていないが、ナースステーションでの先生の説明があったのだろうと思う。

「ありがとう。まだ映像を見てないけど」

「まったく変化してないようですよ」

「処置の規模が大きいと、遅く狭窄がおこるという話しもあるので」

 と、わたしの方が慎重に構えている。

「明日の朝の薬は看護婦から渡して、そのあとの分は退院処方になります」

「退院処方というと?」

「院外処方でなく、病院で薬を渡すのです」

「その方が待たなくて、ありがたいです」

「2週間分ですね。お大事に」

 福井主任のたのもしい姿が廊下に去った。

 17時30分、坪川先生が説明してくれた。

「これは全体です。それほど良くなっていないですね」

「それはもう回復しないのでしょうから」

「そうですね」

 壊死した心筋は回復しないだろう。

「次は血管です」

 太く血が流れているように見える。

「今のところ処置は必要ないと判断しました」

「はい」

「少し凸凹していますが、左はOKですね」

「はい」

確かに凸凹しているように見える。それも数か所にわたって血管が凸凹している。それでも9月に見たときと同じように見える。要するに狭くならなければいいのだ。

「右は問題ないですね」

「この前、右も少し細くなってると言われましたが」

「これぐらいならOKです」

「右は、7月、9月、今回と、変化してないように見えます」

「いいでしょう。また3か月後に検査しましょう」

「はい。ありがとうございました」

 この状態を保つために、また万歩計をつけて歩く生活を続けることにしよう。

 

 

12月26日(土)

 7時15分、神原さんが来る。

「今日は退院ですね」

「はい」

「腕を見せて」

 血の跡はない。

「あとでガーゼの交換に来ます。朝の薬は看護婦が持ってきます。その後の分は薬局から持ってきます」

 9時10分、事務員さんが請求書を持ってくる。6万7295円である。そのうち診療負担金は4万1390円だ。

 9時30分、田代さんが来た。

「カテーテルの跡を消毒します」

「工事の音がうるさいね。年末は人が少ないからかな」

「それは、おかまいなし」

 10時20分、堀江さんが薬を持ってきた。

「薬局も大変ですね」

「ジゴシンは治療域の狭い薬だから」

「7月に退院するまでに血中濃度を測って、量を決めるのに大変だったから」

 堀江さんと話したあと、荷造りをする。

 看護婦詰め所に挨拶に立ち寄って、1階で支払いを済ました。

 

 

1999年1月8日(金)

 休んで、武田病院の外来で診察を受けた。田巻先生である。

「何とかこれで乗り切ることを期待しましょう」

と言われる。

 今は風邪を引いていて、急性心筋梗塞で入院して以来、はじめて他の病気をしていると、症状を簡単に説明しながら、体重と体脂肪率のグラフを見せた。その変化に田巻先生も興味を示した。熱が39度を超えて、発汗したあと体重が減り、体脂肪率が増えた。風邪が治ったあとそれが戻るのだろうかという興味もある。

 

 

2月5日(金)

 田巻先生の診察を受ける日である。朝になって雪が解けたので滑らずに歩けるのでほっとした。

トレッドミルによる運動負荷試験を受けた。速度を上げて、傾斜をきつくしていく。時速5・5キロで14度の勾配のときまでは、しゃべりながら軽く歩いていたが、もう1段上げたらしんどくなってきた。10分以上頑張って歩いて、脈拍が130を超えた。最高血圧も135くらいまで上がった。

 汗をかいた体が冷えないように、試験室の暖房が効いている。歩いたあとしばらく腰掛けて測定

を続ける。脈と血圧がどんどん下がってくる。タオルでしっかり体の汗を拭いて、試験を終わった。脈が乱れることはなかった。

 田巻先生に、

「最近、朝4時ごろから8時ごろにかけて、不整脈が多くなりました。1泊抜けるのが、数回に1回くらい起こることもあります」

と報告する。

「期外収縮ですね。運動負荷試験では出てないので、危険なものではないでしょう。それにしてもなんで4時なんて早い時間に起きるのですかねえ」

と不思議そうな顔をする。 しばらくデータを見ていたが、田巻先生は、

「薬は変えないでおきましょう」

という結論を出された。

 最近、血圧は最高血圧が110前後の値になっており、低くすぎて困るということもないので、しばらく今のままでいくことにした。

 

 

2月24日(水)

「ためしてガッテン」。風呂の温度と時間。42度の風呂で深部体温を測って限界まで入る。13分。1、2度上昇。44度。体温が急激に上昇、限界まで9分30秒。40度。長時間入れる。54分。2度上昇。61分の人、2,2度上昇。危ない。

 久保田1雄氏の説明。ぬるい湯にゆっくり入っていると体温が上昇するのが危ない。高齢者は血圧が上がることが危険。熱いと感じる感覚が年齢で変わることも問題。年をとると感じにくい。40度で10分以内。44度で5分以内。心臓の弱い人は肩まで浸からない。心臓の線まで。前後にコップ1杯の水分。

 風呂で死ぬのが多いのは新潟。少ないのは沖縄と宮崎、北海道。

 

 

3月5日(金)

 田巻先生の診察を受けた。X線で胸部を撮影して、心臓が肥大していないかどうかを測った。肥大とはいわないぎりぎりだという。4月にまた入院して、検査を受けることになった。

「4月になれば暇ですから」

 このことが今のわたしには一番の関心事である。

 

 

4月5日(月)

 入院書類、診察券、薬、保険証、洗面用具、時計、箸、コップ、やかん、ちり紙、つっかけ、タオル、パジャマ、ハンガー、本、ノート、白紙、ボールペン、テレビカード、テレホンカード、電灯、ラジオ、パソコン、印鑑、季語集、国語辞典が必要なものである。

 14時に入院した。今回は5階がいっぱいで、6階の2人部屋である。南に窓がある。内科病棟である。

 明日の11時に検査を受ける計画になっているそうで、朝食を食べていいという。説明を聞いておいて葉子と外出許可証をもらって出かけた。理由と行き先を書くようになっているので、散歩と書いた。ホテルでコーヒーを飲み、書店で本を買って帰った。

 大志万さんが脈をとる。ここでは皆、血圧も脈も両腕で測る。夕食は米飯200グラムを半分残した。坪川先生が部屋に来て脈を診た。

 

 

4月6日(火)

 13時15分、迎えが来て検査室へ行く。いつものように検査が始まるが、坪川先生は、わたしの腕が硬くなってなかなかパイプが入らないという。体が熱くなって映像が映される。血管を撮影する。

「いいようです」

という声がうれしい。

「右を撮します」

「終わります」

 ほっとした。

 14時15分、部屋に帰った。30分してお茶を飲むことになっている。どうもないので、サンドウィッチを食べる。

 昼寝をしている間に葉子が買い物に行く。寝ると腕が膨れてくるのだろう、しびれがきつくなる。

 17時30分、浅野さんが止血のギブスを、森山主任の指導ではずしてくれた。小さい丸印を血のにじんだ所に書き込む。

 夕食が終わってほっとしていると、若い看護婦さんが来て、

「検査が入りましたので、二階へ行きます」

 二階へ行くと、坪川先生が説明をしてくれた。

「まず心臓の動きを見ましょう」

「動いてない部分があります」

「完全には回復してませんね」

 それは仕方のないことだろう。

「血管を見ます。ここにステントが入ってます」

「でこぼこしてる」

「動脈硬化を起こした血管だから、これぐらいはしかたないです」

「右もくびれてる」

「これくらいは大丈夫。また6か月後に検査を、ということで」

 

 

4月7日(水)

 退院する日である。

 

 

4月14日(水)

 ほとんど毎日歩くのが仕事になっている。

 

 

4月20日(火)

 4月6日のカテーテル検査後はじめて田巻先生の診察を受けた。まず、最近血圧が上がってきたことを報告した。

「先日の検査では、血管の状態はいいのですが、拡張末期圧が高すぎるのです」

と検査結果を説明して下さった。

 カルテにはその項目に「43!!」と、びっくりマークが2個書いてある。

「この値は普通は16位です。20位まではあってもあまり問題にはしませんが、43は大きすぎます」

 田巻先生はカルテにバスの絵を描いて説明する。

「バスからたくさんの人を降ろすために、まずたくさんの人を乗せることによって降ろそうという場合を考えます。それがうまく降りなかったら、バスに人が溜まってきて、負担がかかる」

 その結果、心臓が弱って来るという。

「早朝の最高血圧が130から140と上がってきたのが、2月ごろで、また、そのころからよく不整脈が感じられるようになりました」

「それも関係があるかもしれません。動きすぎではないかとも考えられますが」

「歩くのは多くなりました」

「しかし、ゆっくりでしょう」

「そうです。太らないためにたくさん歩くのです」

「それはいいでしょう。脈拍を普通は120までという目安ですが、この場合は110位までとして」

「それほど速くは歩きません」

 

 薬の処方を変えて、セロケンを1日に2回飲んでいたのを1回にするのと、血管拡張剤のレニベースを半錠飲んでいたのを1錠に変更することになった。

「先日の処方では、それまでいつも就寝前に飲んでいた薬が朝になってましたが、診察を受けたわけではないので前の通り飲んでます」

「朝でもいいですが、寝る前の方がいいでしょう。先日の血液検査の結果も正常でした。コレステロールが199、HDLが60、これはいいです。中性脂肪が104、血糖値が91、これらもいいです。次は半年後にまたカテーテル検査ということになりますね」

 

 

 緊急入院から1年   1999年5月21日〜6月4日

 

6月2日(水)

 気温が上がったためか、身体の調子が変わったのか、寝ているときに汗がたくさん出て、起き抜けの体重が、昨日はついに61・0キロまで落ちた。今日も軽い。もう少し軽くなってもいいと思っているので、体重が減ること自体はうれしいが、健康に減量することが大切なことだから、自分の体調をよく観察し、体脂肪率、血圧、脈拍、歩数などとともにグラフを描いて見ている。


このホームページは、私の独断と偏見で尾池和夫さんのホームページ

「第2部 生きのびるために」から抜粋して構成しました。「第1部 急性心筋梗塞」ものぞいてみて下さい。

尾池さんの軽妙な文章のオリジナル版を楽しむには、次の、「急性心筋梗塞」に直接、接続してください。オリジナル版は、随時に更新されて内容が変わっている可能性があります。TTトムズ)

 

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