バーチャルジャンクショントムズ

VIRTUAL JUNCTION

for HEART VESSELS PROBLEM

入院記:

急性心筋梗塞で

     PCTA手術

 胸の奥がちょっと苦しく感じ、車で帰宅を急ぐ尾池さんを突如襲う

経験したことのない激痛。冷静に心筋梗塞と判断して救急入院し、

梗塞の影響度を示すCPK値が、平常値の約120倍の12,000

示すもPCTA手術を受け、一命を取り留める。

 入院3日目から始まったリハビリや負荷試験、MRI、心カテ、栄養指導、

投薬による不整脈治療などを一つ一つこなして、入院から34日目に退院。

この入院記では、看護学生・政次さんや主治医、看護婦と交わす軽妙な

会話を通して、心臓病をはじめ、心筋梗塞の予防、退院後の生活を学んで

いく様子を、原文を短縮して紹介します。(TTトムズ)

 

 

報告者: 尾池和夫(宇治市在住、手術時年齢58歳)

         (e-mail: oike@kugi.kyoto-u.ac.jp

オ ペ: 武田病院(京都市塩小路通)


       第1部 急性心筋梗塞

原文著作権者:尾池和夫さん


 

 

 救急車 1998年6月1日(月)

 この日、わたしの誕生日の翌日、58歳になったばかりの日だった。

夜になって、水割りを1杯ほど飲んだとき、ちょっと胸の奥が苦しいと感じたが、すぐに直った

この2週間ほど極端に忙しい日が続いていたので、今日は少しでも早く帰った方がいいと判断して、タクシーを拾って帰途についた。

 21時40分ごろ、タクシーの中で、胸から左肩を越えて背中にまで急にひどく痛みを感じるようになった。広い範囲で同じように、妖怪がのしかかってきたように猛烈に痛い。痛みは急激に始まり、その後は変化せずに、すごく痛い状態が同じ調子で続く

 初めは数分我慢すれば直るかと期待した。今までに狭心症は経験していないが、狭心症の痛みは数分で落ち着くと聞いたことがある。しかし痛みは全然おさまらない。

 10分ぐらいして、これは心筋梗塞だと直感的に感じた。1刻を争って病院に行かなければならないとも思ったが、家に帰って入院先を手配してから行くことに決めた。1刻を争うといっても、連絡や交渉に必要な時間、病院で準備の手配をする時間などを考えると、直接このまま病院に行って自分一人ですべてをやるより、妻の協力のもとにやるほうが効率がいいと判断した。それに、もし失神したような場合のことも考えた。

タクシーの運転手には何も言わずに、痛さをこらえて家への道を教えた。ときどき息の苦しさを感じて肩で意識して深く息をする。やっと自宅の前に着いて、家に飛びこんだ。 

 継続的な痛みがあり、同じ痛さがずっと続いていた。痛みは同じだが、額から冷や汗が出はじめて、氷のような冷たさを感じる。

 かねてより発生する可能性を考えていた病気の中で、最悪のものがいきなり来たという思いだった。

 家に入ったとき、長女の京子が1階でテレビを見ていた。

「お母さんを呼んで」

 と、ただならぬ様子でいうわたしを見て京子が2階へ葉子を呼びながら走った。すぐ降りてきた妻に、大きな声で頼んだ。

「とにかく、武田病院に電話して、心筋梗塞と言って」

 葉子が京都市伏見区石田の医仁会武田総合病院に電話した。ここまで来ると安心して妻にまかしておける。病院の持っている救急車は使えないというので、葉子が119番に電話して宇治市の救急車を呼んだ。その間、わたしは着替えて、やっと楽な服装になった。

苦しさは変化しないが、疲れてきて肩で息をしている。

 

 前兆はいろいろの形で出ていた。もちろんそれらは発症してあとに、そう言えば、という形で思い当たるものである。2週間ほど前から体重が減らずに困っていた。何とかしなければと毎日言っていた。前日は京都府北部の美山町へ氷室俳句会の仲間とマイクロバスで出かけたが、いい俳句はまったくできず、しかも帰り道では、我ながらおそろしく不機嫌で、どうしようもなく愛想が悪かった。

 直前の前兆現象は、先に述べたように、21時20分ごろに感じた痛みで、明瞭な前触れだった。痛みはすぐおさまって、そのときタクシーに乗った。また本格的な痛みを感じ始めたのは21時40分ごろで、22時には自宅で服を脱いでいた。この日の午前、京都大学では学位授与式があり、それに出席するため、いつもはブレザーで、しかもたいていはノーネクタイで通勤するわたしにとっては、かなり窮屈なスーツ姿だった。

 

 救急車の到着は早かった。夜中の住宅地にサイレンが響く。いつもこのサイレンが近づいてくると、どの家の前に停まるのだろうかと、注目して聞いているが、今日は、まちがいなくここへ来る。自分で家の前に出て、立って右手をあげて合図する。

「武田病院へ送って下さい」

「武田病院と特別の関係があるのですか」

「とにかく、もう連絡して待機してもらってますので」

 救急車は最短距離の救急病院に行くのだろうが、行き先の交渉は、同乗してくれた葉子に任せることにした。救急隊員に向かって、うまく言ってくれている。

 心電図を取りながら、救急車のスタッフが連絡を取っている。交差点でブレーキがかかるたびに頭の方向に血が集まって、痛みがひどくなるように感じる。上半身を起こして、そのことを訴える。

「頭を上げたいのです」

 病人はおとなしくしているものだと、以前から家族に言われているが、やはり注文をつけたくなる。

『安静にと言っても、とにかく病院へ急いで運ばなければ、処置ができないでしょう。安静なんて言ってたら死にます』と講演で笑わせた医師の話をふと思い出した。大脳は、こんな場合にでも、とんでもない記憶を、わたしの意志にはお構いなしに出力してくるものなのだ。

 

 石田の医仁会武田総合病院では、医師と看護婦が待ちかまえていて心電図を取るが、ここでは病床が空いていないので処置ができないという。

 医師が京都駅の近くにある武田病院へ連絡を取ってくれる。そちらで受け入れが可能だという。

「このまま運ぶよう待機しましょう」

 という救急車のメンバーの判断が、たのもしく聞こえて、うれしい。

「ぼくも行きます」

 武田総合病院の医師が救急車に同乗してくれることになった。救急車の乗車定員は何人だろうか、というようなことが気になったが、さすがにもうそれを質問する気にはならなかった。

 このころ、車の走り方に注文を付けるほどの気力も、もうなくなっていたが、京都駅の北側にある病院までの道のりは遠いと思った。途中何回も急ブレーキが踏まれて血流が加速された。

 よく知っている道を走っているのだろうが、上向きに寝ていると、まったく地理感覚がない。「まな板の上の鯉」という言葉が、このころから脳に登場した。

 

 京都駅の北西側、塩小路通にある武田病院に到着して、救急車から病院のベッドに移された。

「また、もとの病院まで送りますよ」

 と石田から同乗してくれた医師に、救急車の人が親切に言ってくれているのが聞こえた。

胸から肩と背中にかけての痛みは同じ調子で激しい。いままで58年間、経験したことのない激しい痛みである。

 

 直ちに心電図が取られ、心臓カテーテルによる検査と治療の準備が開始された。服を全部脱ぐように言われた時点で、すっかり覚悟はできている。こうなったら、何でも貴重な経験だと思って、とことん体験しようと思い始めた。

「おシモの毛を剃りますからね」

 ずいぶんやさしく感じられる看護婦さんの声のトーンと、その内容とが合わない。ずいぶん広い範囲を剃っている。だんだん寒さを感じるようになってきた。冷房がきいているのだろうと思う。

 尿を膀胱から直接、排尿管で排泄させるという。初めての経験である。なんとも苦しい。

裸の自分の位置づけができないので落ち着かなかったが、局部に布をかけてくれてから、すっかり気分が落ち着いた。現代人にとって布は大きな意味を持っていることがわかる。

「右足の付け根に痛み止めの注射をするので、少しチクッとします」

いよいよカテーテルを入れる作業が始まるのだ。カテーテルという名は聞き覚えがあるが、それがどんなものかということなど、今まで学習したこともない。

 

深夜の治療は2時間以上にわたって行われたと思う。時計を見ているわけではないので、時間の経過がわからない。

 急性心筋梗塞を起こした人の半数は、発作後48時間以内に死亡するというようなことを本で読んで、知識として記憶しているので、常に頭の中のどこかで、その知識がうろうろ出現する。その上に、医師の声が聞こえ、ときどき簡単な説明がある。

 冠動脈が3本あり、そのうちの1本が詰まっているという。詰まると、やがてその先の心筋が壊死を起こすという。

「かなりの重症です。生命にかかわる可能性も十分あります」

 医師のものだと思われるこの声の「十分」の部分に、幾分、力が入っているような気がして、それが記憶に鮮明に残る。姿が見えずに声だけの人が、何者かを名乗らずに、すごい内容のことを次つぎと告げるのだから、不安を感じない方がおかしい。状況からたぶん医師だろうと思って、わたしはこの声を聞いている。

 カテーテル造影法が、もっともよく冠動脈の血管が見える方法だそうだ。

「体の中が熱くなる検査をします」

 と予告がある。

 ヨード系の薬剤を造影剤として用いるそうだが、体の中がカッと熱くなるのがわかる。なぜか胸の部分だけではなく、尻と喉にも熱さを感じる。何回も熱くなる。

 

「治療に、ステントを入れる方法と風船を使う方法があります。この病院では、近畿のいくつかの病院と組んで、ステントを使う療法の効果を研究しています。この研究に参加していただけるでしょうか」

 風船を膨らませて冠動脈の内径を拡げるという。PTCAというのだそうだが、こんな場合には何の略語かを考える気もしない。

「3ミリでは小さい」

「3・5ミリで、やり直します」

「通りました」

「今から残っている部分を通します」

 その声とともに、それまで妖怪のように取り付いていた痛みが、すーっとなくなった。

「おんぶおばけ」とか「海坊主」とか、見えない妖怪がずっしりと体にのしかかってくることがあるが、今日のは重さと痛みの両方を激しく感じさせる妖怪であった。

 すーっと痛みが嘘のように抜けたこの時、水木しげる氏の映画で、海坊主に向かって「海へお帰り」と話しかけた老婆の声が、脳の記憶から出てきた。

 

 病室のベッドに運ばれて、上を向いたままじっとしていると、京子がわたしの誕生日に、ピカチュウの万歩計をプレゼントしてくれたのを思い出した。6月には少し休みを取って歩かなければと言っていたのが、むなしく思い出されて、わかっていて間に合わなかった悔しさが、胸にこみ上げてきた。

 わたしをのぞき込む葉子の心配する顔を見て、まだ生きている自分を確認し、大変だった数時間を乗り切ったのだという実感を持った。

 緊張がゆるんで眠気が来た。なるようになるだろうという気分が勝ってきて、看護婦さんたちのやさしさと手際のよさを感じ取るようになってきた。そのうち眠ってしまったようだ。

 

 

 集中治療室 6月2日(火)

 目が覚めて上向きに寝たまま、体の状態を手でさぐって確認する。尿の管もそのままである。ずっと残尿感が続いている。これには早く慣れないと眠ることができない。左手でそっと管に触ってみて、どのようなルートでつながっているかを確かめる。

「尿管の角度を直してほしいのです」

 集中治療室で、看護婦さんに最初に注文したことが、これであった。尿管を左脚にテープで止めてあるのだが、管をきゅっと引いて止めると、たいへん苦しい。管に余裕を持たせてテープで止めてほしい。男女で最も顕著に構造のちがう部分のことを、ちがう構造を持つ人に伝えるのだから、気は使うし言葉を選ぶし、たいへんである。

 

体を看護婦さんが拭いてくれる。背中が硬直状態で痛い。それを横向けに起こして熱いタオルで拭いてくれるのが、この上なく気持ちがいい。二人でわたしの重い体を動かしながら、シーツも上手に取り替えてくれる。

 

 上向きにじっと寝たまま、その姿勢にひたすら耐えているうちに、昼の面会時間になって葉子が来てくれた。病院の上っ張りを着ている。集中治療室の出入りが厳重に管理されているようだ。

 点滴の管が右手の手首に、心電計や脈拍、呼吸の測定のケーブルが胸からつながれている。尿管もつながっている。少し体を動かすと心電計の警報が鳴る。

 葉子に聞くと、昨夜の手術のあと、循環器内科部長の上田先生が葉子に画像を見せながら説明して下さったという。

「血管の内側がはがれて、ぱっとつまったのでしょう」

と葉子に説明したそうだ。今まで健康に気をつける食生活をしてきたから、その程度で済んだのだと、せめてもの評価として、葉子がその言葉を伝えてくれたようだ。

 

 夕方、京子が来てくれたとき咳が出た。とたんに心拍数が増え、心電図がひどく乱れた。脈が乱れて看護婦さんを呼んだ。不整脈にもいろいろあるそうだが、脳へ血液が数分も送られないと、脳細胞が死んでしまう。

 

 尿の量を一定時間ごとに量っているようだ。今日は、夜中の担当者がずいぶん丁寧な人で、パイプの途中の尿を計量升に落とそうとして、さかんにパイプを振る。彼女はパイプの中の尿を落とすことだけを考えているようだから、わたしの体に入っている方の、もう一方のパイプの端のことを認識していないようだ。わたしの体には、パイプを通してピンピンと振動が大きく伝わってきて、とても寝られるものではない。

 

 

 

 ウサギコース 6月3日(水)

 今朝もまだ、酸素を鼻から入れている。点滴を右手の手首に入れている。尿はパイプでベッドの横の袋に取っている。心電図記録などのケーブルがたくさん胸からつながっている。

 これらとうまくつき合いながら、少しずつ体を動かすことが必要である。じっとしていると、とにかく背中が痛くなる。

 看護婦さんが背中をさすってくれるのが、何よりの楽しみである。白衣の天使という言葉があるが、この部屋の天使はピンクががった制服を着ている。

 

 今日からリハビリテーションが始まるという。亀コースとか、ウサギコースとか、チータコースというのがあって、症状に合わせて段階的に進める。わたしのはウサギコースで、中程度のコースである。

 今日はベッドをギャッジアップして、つまり上半身の部分をベッドごと起こして、15分ほどそのままにしているというプログラムの内容である。

 やってみると、世の中が急によく見えるようになった感じだ。真っ先に、わたしの状態を表示しているモニター画面を見る。わたしの頭の方にあるので、振り返らないと見えないから、ずっと気になっていたのだ。

 

 18時30分、排尿管をはずしてもらった。はずしたとたんに尿道に猛烈な痛みと残尿感があって、どうなることかと心配になったが、5分ほどで完全に止まり、普通の感じになった。つまり尿を意識しなくなって、ほっとした。体につながれた管が1つ減っただけで、どれほど自由になった感じが強いことか。

 排尿管をはずした後もおむつである。以前から自分の老後のおむつ姿を想像しては、とてもいやだったが、いざとなると意外に覚悟はできていているのか、自分でも驚くほど、今は気にしていない。

 

「生活態度を変えるためにヒゲを伸ばすかな」

 というわたしに、白坂先生は、「この際、やせましょう」という。

「写真でも撮っておいて、忘れないよう記念にします」

「それに絶対に禁煙」

 わたしの主治医は白坂先生で、副院長の田巻先生も担当して下さるという。田巻先生は外来の診察をし、体力の必要な手術などは若い先生が担当するのだそうだ。田巻先生の口ひげが、よく似合っていて格好いいので、わたしも入院中はヒゲを剃らないことにした。穏地さんが、わたしのヒゲを似合うと言ってくれたのも大きな原因である。

 

 

 喫煙コーナ 6月4日(木)

 ウサギコース2日目の課題は、自分で上半身を起こして、しばらくそのまま起きていることである。もちろん、その前後の心電図などを取って比べる。午後に第2段階を実行した結果、これも合格した。よちよち歩きから人生をやり直しているようなものである。

 

看護婦の村尾さんとたばこの話になって、

「2年前に5階の一般病棟にいたの。そこに喫煙コーナーがあるの」

「誘惑される話だ。ぼくもたばこが吸いたい」

「その喫煙コーナーにいるのを、よく見かけた人は、やはりしばらくして、また入院してきて、会った」

 美人の村尾さんには、またぜひ会いたいが、この部屋では会いたくない。

 

 この日、わたしにとって最大の出来事は、ベッドの上で大便をすることであった。入院以来ずっと出ていないから、月曜日の朝からの分がすでに溜まっているはずである。点滴をしていて、あまり食べてないこともあるのだろうが、上向きに寝たままという姿勢で大便はできないと思い込んでいるせいでもあると思う。とにかく、これも経験の一つだからと思って、やってみることに決心した。葉子が来ている昼の面会時間に手を貸してもらうことにした。やってみると、案ずるより産むが易しで、うまく出てくれて、たいへん気持ちがよくなった。

 

 

 5階病棟への移動 6月5日(金)

 今日はウサギコースの「歩行負荷」である。ベッドから降りて、それを1周し、また帰ってくる。これで約10メートル歩くことになる。ベッドの周りを歩くというのは、ケーブルがつながっているので、それ以上ベッドから離れられないためである。この負荷にも合格して、いよいよ集中治療室から出て一般の病棟に移ることになった。

 

 渡邊さんに車椅子で送ってもらった。彼女は集中治療室のスタッフメンバーがいるモニターの場所に、わたしの車椅子を押していって、しばらく止めてくれる。そこでみなさんに挨拶ができた。2重のドアから廊下へ出る。5階の一般病棟へエレベータで移動する。

 右の手首にずっとつけていた点滴用のプラスティックのパイプを、ようやくはずしてもらえた。不整脈が出たとき、点滴がすぐできるように、今までつけたままになっていた。

 

 循環器内科の藤田先生が病室に入って来られて、しばらく話をされた。藤田さんは京都大学医療技術短期大学部の教授でもあり、また京都大学医学部附属病院にも務めておられるという。

「ラッキーです。3時間以内です。1か所です。元通りになります」

 患者を楽観的にさせる表現であって、ありがたいとも思うが、不安でもある。患者の心理を把握するのも難しいことだろう。

 

 副院長の田巻先生と主治医の白坂先生が部屋に来て、心筋梗塞のリスクファクター(危険因子)についていろいろの角度から話をして下さる。

「たばこは断固やめるべきです」

「たばこは百害あって一利なし、の典型ですからね」

 と頭でわかっているわたしは、人ごとのように言う。

「なかなか具体的に悪いことが認識できないのですね」

 と田巻先生が言われたが、

「わたしなんか具体的ですよ。指先の体温が、たばこを吸うと2度ほど下がるのを自分で確かめて」

 理屈を実験で確かめるくせが、わたしにはある。

「そこまでわかっていながら吸うのだったら、それは確信犯だ」

「ぜひ止めたいと、今の時点では思ってます」

 

 性格の話になって、A型の性格の人が危ないという。人にはA型の性格と非A型(B型という場合もある)の性格とがあるのだそうだ。血液型とは関係ない。A型の性格は、気性が激しく、責任感が強く、絶えず時間に追われていて、仕事熱心、活動的、リラックスするのが苦手という性格である。このような人はストレスを溜めやすい。

 藤田先生によると、ストレスは心筋梗塞の大きなリスクファクターの1つである。阪神・淡路大震災の後、心筋梗塞の発生が増加したと当該地域の医師が報告したことがあるそうだ。日常生活のストレス度の高い出来事としては、家庭内のトラブル、借金、身内の死亡、不本意な配置転換があげられるという。

 

 この病院には、CCU(Coronary Care Unit)、日本語では「冠状動脈疾患集中治療室」がある。狭心症や心筋梗塞などの心臓の病気で、死線をさまよう患者を収容し、心電図や血圧などを連続監視しながら集中的に効果的な治療を行う病棟である。その中に、ICU(Intensive Care Unit)がある。そこに5日間、わたしは入っていた。面会は家族二人までだそうだ。

 

 しばらくして白坂先生がまた部屋に来られた。

「要するに、これから心臓が肥大する可能性、いや肥大すると思いますが、それを少しでも防ぐことが大切です。これから、いろいろの検査をします」

 

 

  期外収縮 6月6日(土)

 6時過ぎには起こされて、尿を取り、採血する。

8時前に体重測定がある。入院して初めて体重を測る。68・8キロだけれども、心電計の送信機をつけているので、「この分を引いてね」と頼む。8時半ごろ薬を飲む。

 

 8時40分ごろ脈が2回ほど抜けたあと乱れる。ナースコールのボタンを押した。「心電図がうまく取れない」と看護婦さんがいう。

9時半すぎになって落ち着いた。

10時、白坂先生が来られて、

「キガイ収縮にもいろいろあって」

 と説明する。期外収縮と書くのだそうだ。

 期外収縮には心房から出るものと心室から出るものとがある。心房から出るものは放置してもよいが、心室から出るものは治療を要するという。心房細動というのがあり、脈拍の打ち方がまったく不規則なものをいう。いろいろの心疾患で出現することもあり、単独で出現することもある。

 そもそも心筋の収縮は、洞結節から刺激伝導系と呼ばれる電気回路を通じて、命令が心筋細胞に伝えられて行われるのだそうだ。心筋の収縮命令は、まず心房の心筋に伝えられ、0・12〜0・22秒遅れて心室に連絡される。

 

「今朝、体重を測定したり採尿したり、食事を取りに行ったり」

「とんでもないことです。わたしだったら今は絶対安静にしています」

「わかりました。ここの方たちにも徹底しておいてください」

「基本的には血液検査で判断しています。今はこの部屋から出るのはトイレだけです。ほんとはトイレも部屋でしてほしいくらいです」

 

 血液の中に、壊死を起こした心筋細胞から出る、クレアチン・リン酸酵素という酵素が含まれている。CPKcreatine phosphokinase)である。その濃度を測定するのだが、わたしの場合、この値は、ピークで1万1790だったという。

「この値は、普通は、死者の値です」

 そのような状態だったので、いつ何が起こるかわからないから、CPKが下がるまでは安静にして、歩いてはいけないのだという。

 

 心筋梗塞にともなう危険はいくつかある。まず「重症不整脈」、これは急性心筋梗塞の死因の40パーセントを占める。「急性心不全」、急性心筋梗塞の20〜30パーセントに左心不全が見られる。冠血流障害による心筋の壊死または虚血で起こる。「強い胸部痛不安感」、不安による頻脈が心筋の壊死を増大させる。

「心臓破裂」、急性心筋梗塞の死因の5〜15パーセントを占める。発作後1週間以内に発生することが多い。「心原性ショック」、急性心筋梗塞で左室心筋の40パーセント以上が壊死に陥るとショック状態となり、死亡率が80〜95パーセントとなる。

 

 借りている、木全心一著「狭心症・心筋梗塞が気になる人へ」(東洋出版)の心筋梗塞の合併症の説明図を見ると、心筋梗塞から分かれた3つのコースがあり、不整脈コース、心不全コース、心破裂コースの3つで、それぞれの先をたどるといずれも死亡という所に至る。不整脈コースからは心室頻拍、心室細動から、あるいは房室ブロックを経て死亡に、心不全コースからはショックを経て死亡に、心破裂コースからは、そのまま死亡に、それぞれ至る。

 

検査のために1階へ車椅子に乗せてもらって行く。心電図を取り、胸のX線写真を撮った。

とりあえず1か月の病気休暇を申請するために診断書を書いてもらった。

 

「中島です。夜勤ですのでよろしくお願いします。変わったことはないですか」

と名乗る看護婦さんが初めて現れた。このように挨拶してくれると患者は実に心強く、安心感を覚える。

 

 

  休日 6月7日(日)

 よく眠れなかった。朝食のあと、また脈が、昨日ほどではないが少し乱れる。

看護婦の田中さんが、

「薬が切れるからかも」

 という。薬で不整脈を抑えているが、1日3回の投薬が、8時、12時、18時という食事の時刻に合わせてあるから、間隔は4時間、6時間、14時間ということになって、8時間の等間隔とは、ほど遠い。

 

 大便が緩くなりすぎたので、酸化マグネシウムを飲むのを中止することにした。

 

 

  心臓のしくみ 6月8日(月)

 11時45分、2階へ腹部エコー検査を受けに行く。12時10分ほどすぎてエコーの検査が終わる。地球の中を地震波で分析して構造を求めるのと原理は同じだから、画面を見ているとおもしろい。

 検査技師が、「肝臓は、よさそうです」とコメントをつけて終わった。

 

 研究室に電話して様子を聞いた。学部長の仕事も、研究室の仕事も、自治体の仕事もすべて、わたしが入院しても順調に進んでいるようだ。いなくても大丈夫と言われると、がっくりくるという話をよく聞くが、わたしにはまだそういう気がなく、この際ゆっくり休ませてもらおうと思っている。

 

 高村さんが、患者のための参考書を4冊も持って来てくれる。今日はこれでじっくり学習することにする。まず、心臓のしくみである。心臓は1日に約10万回収縮を繰り返すという。1分に70回として計算してみると、確かに10万800回になる。わたしはたばこを吸うので脈が速い傾向があった。1分に90回くらい打っていることが多かった。そうすると心臓はそのぶん働き過ぎているわけだ。これでは当然、早く死んでしまう。

 

 中程度の労働に必要な、標準体重1キロあたりのエネルギーは31キロカロリーである。わたしの標準体重を57キロとして、摂取目標は1767キロカロリーとなる。とにかくもっと痩せなければならない。ストレスのことも本にいろいろ出てくる。管理職に多いストレスとあるが、自分の体重も管理できないような管理職ではどうしようもないと思う。

 

 今日、高村さんに借りて読んだ本は、株式会社メディカル・ジャーナル社、成人病マンガ読本シリーズである。前から借りていたのが、同じシリーズの池田正男監修「心臓病(狭心症・心筋梗塞)マンガ読本」である。

 

 

  ニトログリセリン舌下錠 6月9日(火)

 14時から20分ほど宮下さんがニトログリセリンのことを講義する。要点は、狭心症の発作のとき、座ってニトログリセリンを舌下でゆっくり融かす。融かして数分で効かなければ3錠まで使用する。1錠で約20分効果がある。この薬は開封して3か月しか効果がない。他に硝酸イソソルビドのスプレーがあるという。

「ニトロをなぜ、飲んだらいけないの?」

「飲むと胃から吸収されて効くのが遅くなるから」

こんなうるさい患者が来ると、看護婦さんも何かと大変であろうと思う。

 

 ニトログリセリンの効果は、ダイナマイト工場で働いている狭心症の患者が、週末になると発作が起こり、仕事をしているときには発作がなくなるということから見つかった。百年以上前から心臓病に使われるようになった。

 

 15時半ごろ白坂先生が来られて、薬の飲み方が話題になる。食事のあとに飲むと、時間間隔がかたよる。

「食後に飲むのには、2つの理由があります。1つは忘れないため。もう1つは

胃をこわさないため」

「8時間ごとの薬を、4時間とか、14時間おいて飲むというのは、ちょっと、ずれすぎでは?」

「不整脈を抑える薬は、もう1回分、寝る前に増やしてもいいのですが」

「いや、夜の分をなるべく遅く飲むという方法で試してみます」

 今日、夕食後の薬は、20時すぎてから飲んだ。

 

 

  負荷試験 6月10日(水)

 6時に尿を約20cc採取してナースステーションに届けた。6時半、高村さんが採血に来た。

「今日は検査項目が多いから、採血10cc。毎日かわいそう」

 今朝の朝食はお粥、味噌汁、かつお味ふりかけ、それに牛乳である。

 今日は8時半過ぎても動悸を感じない。薬が切れなかったのかどうかはわからない。

 

 11時、車椅子で1階へ行く。念願のトレッドミルの第1段階を実行することになったのだ。入院してから今までのデータを含む分厚いカルテをリハビリの部屋へ持参するよう持たされたので、それを見ながら乗せてもらう。

 胸に電極をたくさん張り付けてモニターする。まず椅子に腰掛けて血圧を測り心電図を記録紙に描かせる。

「胸に異常ありませんか」

「はい」

「今日は50メートル歩きます」

「はい」

 トレッドミルがスタートする。歩くのは久しぶりだという気がする。丁寧に歩く。

「このお仕事は何というのですか」

「臨床検査技師といいます」

 何度も血圧を測る。それが画面に入力され心電図とともに記録されていく。

 あっという間に歩くのを終わって、腰掛けて血圧を測り心電図を記録する。

 収縮時血圧が100、拡張時血圧が65である。脈拍は90からすぐ75に下がった。心筋が弱って血圧が下がるのではなく、薬で上がらないようにしているのだと思う。

 

 血圧とは、動脈壁にかかる内側からの圧力をいう。心臓が収縮して血液を送り出したときの血圧を収縮期血圧または最高(最大)血圧、心臓が拡張して血液を心臓に取り込んだときの血圧を拡張期血圧または最小(最低)血圧という。

 

 たった50メートルのゆっくりした歩行でも疲れた。部屋で休んでいると田巻先生が来られて様子を聞いて下さる。

「心臓はエンジンのようなものとして、ガスを送る3本のパイプのうち1本が詰まった。2本でも動くけれども、詰まった1本がどれだけ使えるか」

 このように言われると、生きていけるような気がするから不思議だ。

「患者を見ながら、言うことを選び、言葉を変えて話すのです。警告したり、励ましたり」

 

 昼食には6月の行事食と書いたカードがついていた。カニ雑炊であるが、何が行事食かはよくわからなかった。チャンネル10のテレビを見ていると、日本のワサビには血栓を融かす効能があるという。毎日10グラムを摂取するといいそうだ。10グラムというとかなりの量ではあるが、食後のお茶に入れてワサビ茶としての取り方もあるそうだ。

 

 14時半、白坂先生が手術衣姿で部屋に来られた。

「50メートル歩いてどうでした」

「いや、なかなか気分がいいです」

「腹部エコーの結果、いろいろの所にチーズを切ったときの泡のようなものが入っていました」

「えっ?」

「心配ないものだと思います」

「肝臓に脂肪があります。内臓脂肪を減らす必要があります」

 白坂先生の単刀直入の話し方が、わかりやすくていい。

 健康な肝臓にも約3〜5パーセントの脂肪が含まれている。それ以上に脂肪(とくに中性脂肪)が蓄積されている状態を脂肪肝という。血中のGOT、GPT、ガンマGTPなどが高くなる。大酒家、肥満、糖尿病に多い。原因を除くとすみやかに改善される。

「今後は、運動して、と単純には言えないですね。やはり体重が一番わかりやすい指標ですね」

 今までは運動しさえすればいいと思っていたが、これからは運動のしかたが大切なのだろうと思う。しかしどちらにしても、わたしの運動のしかたならたいしたことはない。

「内臓脂肪は、皮下脂肪より、とりやすいと言われています」

 と白坂先生の励ましが加えられる。

「昨日、ニトログリセリンの話で、舌下に入れるとどこへ行くかというのが、わからなかったのですが」

「静脈へ入ります。胃や腸から吸収されると門脈へ入り肝臓に行ってから静脈に行き、時間がかかります。また肝臓で薬が分解されます」

「そうですか、なるほど。看護婦さんも大変だ」

「どんどん質問してやって下さい」

 

 上野さんが現れて、

「今日はリスクファクターについて勉強してもらいます」

危険因子を並べてある。

「これらをリスクファクターといいます。これらを今後避けるようにしてください」

「これらを避けると言っても、この老齢というのは避けようがないですが」

「そうですね」

 老齢は心筋梗塞の大きな危険因子であるが、コントロールができない。同じ年齢でも、白髪の人は危険率が1・7、禿の人は1・9になるという。入院してから、一段と老眼が進んだように思う。

 

 喫煙、高血圧、肥満、高脂血症、ストレス、糖尿病、運動不足、老齢などが危険因子である。標準体重は57キロで、現状には、ほど遠い値である。総コレステロール値は130から220が正常として、わたしの値は現在、216である。

 日本人の死因の第1位は癌、次に狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患、その次に脳卒中と続く。癌による死亡が17万人、動脈硬化が関係する心疾患と脳卒中での死亡が28万人である。

 

 虚血性心疾患とは、冠動脈の一部が狭くなって心臓の筋肉に血液が十分流れなくなるもので、主なものに狭心症と心筋梗塞がある。狭心症では一時的に血液が足りなくなるので、安静にして薬を飲むと発作は治るが、心筋梗塞では血液が完全に止まるので心筋が死んでしまう。

 狭心症には労作狭心症と安静狭心症とがある。労作狭心症は一定の運動をしたときや興奮したときに発作が起こる。満腹したときに発作が起こるのは重症である。

安静狭心症は夜から明け方にかけて、睡眠中に発作が起こる。疲れているとき、酒を遅くまで飲みすぎたときなどに多い。

 

 狭心症の症状は痛みである。ことばでは「しめつけられる」とか「押さえつけられる」と表現されるのが多い。痛む所は訴えの多い順に、胸全体、左胸、のどや下あご、左肩、心窩部、右胸などである。痛みの大きな特徴は、1分〜5分続いて終わるということである。長くて15分である。痛みに冷や汗をともなうのは重症である。

 わたしのは、急性心筋梗塞である。

 急性心筋梗塞の痛みを10とすると、労作狭心症の痛みは1〜3、安静狭心症の痛みは2〜4、不安定狭心症の痛みは3〜6だという。

 発作は長く続き、短くても30分、長いと6〜8時間、激痛が続いて、そのまま死亡することも多い。

 

 脈が止まったら心臓マッサージと人工呼吸で2時間はもたせることができる。

 心筋細胞が死ぬと、そこが破れやすくなる。これが急速に進むと心破裂を起こす。心筋細胞は新しくできることはない。死んだ心筋を補うため繊維ができる。

 リスクファクターに出てきた高血圧は動脈硬化が大きく関係する。動脈硬化は何らかの理由で動脈の血管が硬くなることをいう。粥状硬化、細動脈硬化、中膜硬化に分類される。脳卒中や心臓病には主に比較的太い動脈に起こる粥状硬化が関係する。

 粥状硬化というのは、動脈の内膜に主に脂肪からなる粥のようなドロドロしたアテローム(粥状物質)が沈着する状態である。動脈の内腔がだんだん狭くなり、血液の流れが悪くなる。

 血中脂質が大切である。コレステロールとリン脂質は体内組織の代謝の働きを、遊離脂肪酸と中性脂肪(トリグリセリド)はエネルギー代謝の働きをする。遊離脂肪酸は日常の活動でも消費されるが、絶食時や飢餓状態で非常用エネルギーとして使われ、また心臓の拍動のエネルギー源でもある。中性脂肪は遊離脂肪酸の運搬の役目を果たす。

 高脂血症は、血液中の脂肪(血中脂肪)のどれかの値が正常値より高い場合をいう。高脂血症の判定基準は、LDLコレステロール値が170以上、HDLコレステロール値が40以上、中性脂肪150以上(単位はミリグラム/デシリットル)である。

 

 今日学習した病院のプリントには、リスクファクターに、家族歴が書いてない。

もちろん避けることはできないファクターではあるけれども。本によって、心筋梗塞の危険因子として家族歴があげてある本もある。とくに50歳以下というような若年で発症した心筋梗塞の患者が血縁者にいる場合があげられる。

 

 

  降圧剤 6月11日(木)

 10時40分、地下の検査室へ行く。

 RI検査室の入り口で待っていると、わたしと同じように、もう一人、おじいさんが車椅子に乗せられて来る。RIはいろいろの検査に使うので、注射する内容も待ち時間もそれぞれちがっている。わたしの受ける検査は、心筋脂肪酸代謝シンチ安静時心筋血流シンチである。シンチとはシンチグラフィーの略のようだ。前者のための注射は20分おいて有効になり、後者はタリウムを注射して10分経って測定する。

 タリウムは心筋に非常によくとりこまれるという。血液が心筋に行かなくなっていると、カメラにタリウムの放射線が映らない。

 

 看護婦さんが現れて、わたしの腕に注射をする。東芝製の機械の中に、両手をあげたまま胸を入れてじっとしていると、120度おきに3個取り付けられたデテクターが少しずつ廻って、データを取っていく。約20分、そのままの姿勢である。

 

11時50分、自分の部屋に連れて帰ってもらった。すぐ昼食である。

 

 ビデオ学習を始める。20分ほどビデオを見る。五島雄一郎監修「循環器病のリスクファクター」というビデオである。

心筋梗塞の危険因子のうち、まず第1のグループが、喫煙、高血圧症、高脂血症。第2のグループが、ストレス、肥満、糖尿病、そして残りの因子が運動不足と老齢であるという。血圧、総コレステロール、血糖値は、わたしの場合、一応標準値にぎりぎり入る値ではあるが、すべて高い。肥満は完全に肥満である。

 

 たばこを1日20本吸う人が心筋梗塞になる率は、たばこを吸わない人に対して7倍である。わたしの身近で、最近心筋梗塞になった人も、よくたばこを吸う。

 ビデオに京都の高木循環器診療所の高木氏が登場する。彼は心臓のバイパス手術をアメリカ合衆国で受けて、今の仕事をしている。ホワイト先生の言葉を大切にしているという。それは、「More walk, less eat, sleep more.」

 このビデオでは標準体重を、身長(メートル単位)の2乗に22を掛けて求める。わたしの場合は59・4キロほどになる。空腹時血糖値が110以上だと糖尿病の疑いがある。ストレスは測りようがない。

 

 

 一服して 6月12日(金)

 7時前に採血して血圧を測る。102と60である。

「もうちょっと上がってほしいな」

 いくらがいいのかはわからないが、110くらいの方が元気があるように感じる。 例によってお迎えが来て、

「リハビリに行きます」

「おはようございます。昨日は休んだのですが、この日程は続かなくてもいいのでしょうか」

「いいですよ。今日は100メートル。最初時速1キロで、すぐ1・5キロに上げます」

 前後の測定を含めて20分ほどの間、この、もの静かで知的な美しさを持つ技師と話していると、ストレスがなくなる。

 

10時からビデオを見た。「高血圧 − ゆっくりのんびりお付き合い」というタイトルである。高血圧になると「直す」ではなく「一生、うまく付き合う」ことが大事だという。合併症に、心筋梗塞、腎不全、脳梗塞などが起こる。

ビデオでは食事の減塩に関してずいぶん時間をとっている。わたしは冷や奴でも醤油をかけずに食べる方だから問題はない。酒は日本酒1日2合、わたしは酒はそれほど強くないから、晩酌もしないし、日本酒2合は飲めないから、これも問題ない。熱い風呂はだめというが、わたしは風呂はぬるいのしか入れないから、これも合格。適度の運動、これも自家用車を持たずに歩いてきた。急な寒さ、便秘もない。でも高血圧症とまでいかなくても、150と90くらいに上がるときも多かった。

 

 看護婦さんがコピーした紙を渡してくれる。

「これを、また読んでおいて」

 喫煙は百害あって一利なし、というコピーである。

「でも、完全とは言わない。せめて今までより5本でも10本でも減らすくらいでどう?」

「いや、完全にやめたいと今は思ってる」

 でも彼女の言う通りになるかもしれないと、自信がなくなる。こういうとき、看護婦さんが言うのだから、と理由づけて自分の都合のいい方をとるという行動が人にはよくある。震災対策でも、それをいやというほど見てきた。それにこの看護婦さんが、この階でわたしが一番気に入っている人の一人だから余計に困る。

 わたしの喫煙歴は、早くから始まり、長い間、切れ目なく続いているから、ますます良くない。害をよく理解していて、今まで止められなかった。

 

 ニコチンと一酸化炭素による血圧の上昇、脈拍数の増加が、わたしの場合とくに顕著である。「頻脈」と京大の定期健康診断で書き込まれたことが何回かある。そのときの医師の言葉を覚えている。今にして思うと、ずいぶん無責任なコメントではないかと思う。「優秀な人は、体もどこかちがうものですね」というコメントだった。

 善玉コレステロールの減少による動脈壁の変化と損傷。血液中の一酸化炭素量の増加による酸素不足。これらがもたらす心筋梗塞。学習すればするほど恐ろしくなってくるものだが、現実に心筋梗塞で入院していると、自分にも起こることなのだと、ようやく実感として納得する。

 

 12時前に白坂先生が来られた。朝の8時半ぐらいに動悸を感じることがある。血圧が110くらいになって元気が出た、というようなことを報告した。

「24時間、心電図を記録してみましょう」

「お通じは良好なので、便秘の薬は止めましょう」

 力んで血圧を上げないために飲むそうだが、お通じだけは自信がある。

「歩くのはどうでしょう」と聞くと、

「予定表のP−4、来週の火曜日ぐらい」

なかなかお許しが出ない。

 

 苦情を言うわけではないが、経験した事実を、つまりトイレ以外に歩かされた例などを、いくつか報告した。

「集中治療室とちがって、重症の心臓病を知らない看護婦さんが、この病棟には多いのです。結果良ければすべて良しで、たいていは無事に退院するのです。事故があると大変ですが。経験豊かなベテランばかりだと高齢化してしまうし、痛しかゆしですね」

 

 14時、検査部の上野さんが、心電図の連続記録を取るデータレコーダを持ってきた。ホルター心電計という。

「これから24時間、これをつけてもらいます」

「しまった」と思わず口に出して言ったのは、見たところ、いかにも24時間身につけるには重そうな機械だったからである。つけると言わなければよかったという気持ちが、つい言葉になった。

「テープ交換の必要はありません。ゆっくり廻ってますから」

 

 藤田先生が回診の途中に来室された。

「本を出すので、その原稿をお持ちしました。ぜひ読んで下さい」

 藤田正俊先生の著書、「心臓との上手なつきあい」が出版されるそうで、目次を拝見すると、まさにわたしにもぴったりの解説書のようだ。

「ありがとうございます。ぜひ読ませていただきます」

 しばらくいろいろのことを話してもらった。

 

 京子が来て花のアレンジをしてくれる。見ている間に生き生きした花籠が出来上がる。わたしの入院以来、その前から続いている葉子の疲労の積み重ねを心配する。病室に来て、ぐっすり寝ていることもある。

 

 

 白坂先生 6月13日(土)

 このところ毎日、朝の採血である。左腕の採血跡が直径2センチにわたって変色していて痛々しい。

 8時35分から45分頃、少しだけ脈が乱れた感じがした。9時20分、トイレに行く。

 NHKの番組では、ゴムひもで腕を鍛錬すること、首や腕をストレッチする方法を教えている。弱い力で鍛えることが大事だという。昔、中国の雲南省の田舎で、早朝に走って腱を痛めたことを思い出す。そのとき、中国人の友人が、「脚の筋肉を痛める人は、心臓病にかかると中国では言う」と、わたしに言った。

 

 11時すぎ、准看護婦の藤田さんが車椅子でリハビリに連れていってくれる。

 

 13時、白坂先生が来る。

「6月1日の入院だからわかりやすいですが、1か月後、3か月後、6か月後、1年後のカテーテル検査を受けてもらいます。つまり次は7月1日ごろということになります。この検査は2、3日以内でできます。拡げた血管が細くなったら手直しをします。手直しをする場合は、程度によりますが、3、4日以内です」

「通院していただきますが、薬を受け取るのが2週間ごと、受診が4週間ごと」

「パソコンを持ち込んでもいいでしょうか?」

「いいですよ」

 というわけで、さっそく葉子にノートパソコンを持ってきてくれるよう頼んだ。この前にも同じ質問を白坂先生にいたのだが、その時は、ちょっと考えて、まだだめという返事だった。今回は即決の許可が出た。患者は主治医の言動をじっと観察している。このような主治医の明瞭な変化は、患者にとってうれしい変化である。

 

 

 棟内自由 6月15日(月)

「主治医の先生から、棟内自由とのことです。自由と言っても、歩く程度の」

と、わたしという患者が少しわかってきたと思われる。この看護婦さんのコメントが付け加えられた。

 栄養指導があるという。

「奥さんと一緒に指導を受けて下さい」

 というので18日か19日を希望した。食事を用意するのは奥さんだからという理由であるが、そうするとわたしが急性心筋梗塞で入院したのも奥さんに責任があるということになりかねない。葉子の名誉のためにも、それを認めることはできない。

 

 白坂先生が来室して、

「大丈夫です。心房からの信号が心室の筋肉を動かすのですが、尾池さんの不整脈は上室性の期外収縮です。心室性の期外収縮だと治療の必要があります。どっちも脈が乱れます。心室性のものは、どこで発生するかわからないのですが、血流を拍出しないことが多いのです」

「尾池さんの連続記録には8万個の脈があり、その中に34個の上室性のものがありました。心室性のものはゼロでした」

「約20時間の分を全部見るのですか?」

「ええ、全部見ました。それで34個見つけました」

 この話は、見ていただいたわたしには感動的な話であった。8万個の記録というのは決して少なくない。

 葉子が自分のことを質問する。

「低気圧が来ると頭が痛いのです。娘もですが。ふわんと」

「頭の後ろの血管の壁に気圧を感じるレセプタがあるので、それで低気圧を感じるのかもしれませんね」

 

 夕食前に白坂先生が来て、

「総コレステロール値が高すぎます。240あります。薬を使って下げることにします。寝る前に投薬します」

「私たちの最新の知識では、140以下の方がいいのです。下げると自殺が増えるとか癌の発生が多くなるとか言われていました。大規模試験でその恐れはないことが明らかになりました」

「血圧は、収縮期血圧が90〜140がよいと言えます。それ以上のことはわかりません。どれくらいの値がいいかは、まだわかりません。低いとまた別の問題があります」

「どうでしょうか。仕事の仕方を変えるというようなことは無理でしょうか」

 とあらためてわたしに聞く。

「いや、私の歳になると、変えることは可能でしょう。理学の分野は、自分の城を守るというような必要もないし」

「今回の経験を話して、ほかの人のために教育をぜひ」

「それは大切でしょうね」

 葉子もいろいろのことを考えているようだ。悔しい思いも多いだろう。

「旅行のことを、わたしは考えています。今までのような旅は、できなくなるでしょうね。今年はインドと南京へ招待されていますが、無理でしょうね?」

 と葉子が聞く。

「今年はともかく、そのうちにできます」

「でも病院がない所へは」

「例えばアメリカ合衆国だと、広くて病院の密度が低いのです。大都市だけが条件がよいのです」

 

 薬局の堀江さんが来た。パンフレットをいろいろ渡してくれて、

「ワーファリンは飲んでますか?」

「ワーファリンを飲んでいると、納豆を食べたら効果がなくなるのです」

なんと複雑な関係を学習しなければならないことか。堀江さんが明日、資料を持ってきてくれるという。

 

 田中智子さんが、

「今日から始まるお薬です」

 と持ってきてくれた薬を、さっそく書き留めておくことにした。三共のメバロチン、10ミリグラム1錠である。総コレステロール値を下げるために使用する薬である。

 ワーファリンという薬は、そういえば5階の病棟へ来たときに、最初にもらったパンフレットの最後の部分に出てきた。そのパンフレットは「心臓との正しいおつきあい − 安心のために」というタイトルのパンフレットで、表紙をめくると裏表紙に「はじめに」というのがあり、「ご退院おめでとうございます。」という言葉から始まっていた。それを見て、ばかばかしくなって、そのままにしたものである。

 ワーファリンは抗血液凝固薬で、血液の凝固を抑制して、血栓のできるのを予防する。副作用として歯ぐきからの出血や、打撲であざができやすくなることなどがある。鼻血や血尿もある。納豆やキャベツを食べると、この薬の効果が下がるというのが堀江さんの話であったのだ。

 血栓の原因となる血小板の凝固を抑制する目的では、血小板凝固抑制剤として、バッファリンを飲んでいる。わたしのは今は小児用バッファリンである。

 

 

 向日葵 6月16日(火)

 8時20分、政次さんが来る。

「わかりましたよ。PQRSTUと、単にPから順に名を付けたのです。PはペースメーカーのPだったかな」

 昨日話題になった心電図の見方である。

「なんだ。単純だったね」

「もう1つ。カテーテルを右足の付け根から入れるのは、動脈が大きいから。でもそれだと手術のあと動けないので、右腕から入れる方法も最近はあるそうです」

と調べてきたことを報告してくれる。

 

 トレッドミルは、時速2・7キロで300メートル、5パーセントの勾配をつけて登る。血圧が110と70になる。少しは歩いたという実感がある。

 

今、薬を8種類飲んでいる。ガスターという薬は急に止めるとリバウンドがあるという。バイミカードは降圧剤で、血圧が今日は下がりすぎてしんどい。

 

 

 MRI 6月17日(水)

 6時に採血がある。尿も詰め所へ届ける。ついでに体重を測ると、66・6キロになっていた。土曜日の測定はがたがたしていたので、あらためて確かめた。70キロで悩んでいたから、こんな体重の値はずいぶん久しぶりである。

 早朝2時ごろトイレへ行った。500ccのカップでは入らないほどの尿が出た。最初に心配したとおり、やはり足りないことがあるのだ。普通の成人の1日の尿は、約2000ccだそうだ。

 8時半、薬を飲む。バイミカードは抜きである。

 カルシウム拮抗剤は、新型の血管拡張剤で狭心症の治療にも使われる。例えば薬品名ニソルジピン(商品名、バイミカード)。主な副作用は、顔面紅潮、頭痛、まめいである。

 

 9時、脈が乱れ始める。今度はすぐには収まらず、ずっと続いている。10時に頭部MR検査が予約されている。田巻先生が部屋に見えた。

「体重はどうですか」

「66・6キロになりました」

「それを保って下さい。食欲はどうです」

「ちょうどよい食欲です。病院食に合っていて。それよりたばこは吸いたいですね」

「禁煙すると、そのために食べ過ぎるということも」

「朝の脈の乱れが気になります」

「不整脈は、多い人は慣れてしまうが、少ない人は気になるということも」

「連続記録を取ったときには34個。その日は少なかったですが」

「朝は、薬が切れるということもありますが、もともと朝はいろいろ出やすい」

 

 地下のMR検査室へ行ってしばらく待った。

 眼鏡をはずして寝ると頭をテープで固定される。

「目を閉じて、頭を動かさないように、楽にして」

 検査を受けるのにもコツがあるようだ。途中で咳が出そうになって困った。

 やがてヘリコプターに乗ったときのエンジン音のような音が聞こえ、柱時計の鐘が繰り返し時を打っているような、カーン、カーンという音が続く。15分ほどでやっと終わった。

「なかなかにぎやかですね。はじめてなんですが」

「これで0・35テスラです。1・5テスラまで上げると音が大きいですよ」

 

 中川さんが来る。

「調子はどうですか?」

「今朝は、脈が乱れてる」

「えっ? どれどれ。ほんとに乱れてる」

 聴診器を当てて、しばらく聞き惚れている。

「心電図を取らせてもらっていいですか?」

 つないだとたんに、

「あ、すぐキャッチできた。2段脈。よかった、よかった」

 この場合、記録できたのが「よかった」ので、まさか不整脈が出たことがよかったのではないだろう。

 

 14時20分、中川さんが、

「田巻先生の指示で薬を1つ追加することになった」

「何という薬ですか」

「ジゴキシン」

 白い粉である。

「朝の薬だけど、今日の分は今飲んで。23日まで続けてみる」

「今はすっかり安定している」

 と胸をたたくと、聴診器を当ててみて、

「どれどれ。ほんと、まったくない」

「白衣高血圧というのと同じで、美人不整脈かな」

「だったら今は、なぜ出ないのよ?」

こういう話を続けていると、だんだんわからなくなる。

 

 15時30分、リハビリに行く。今日は時速3・2キロ、7・5パーセントの坂で400メートルである。血圧は最初117と68だったのが、坂を上っていると120と78に、脈拍は68から最高時で100になった。終わるとすぐもとに戻った。

「心電図、血圧ともに異常はないですな」

 

 

 栄養指導 6月18日(木)

 8時50分、政次さんが挨拶に来る。

「今日はリハビリのシャワーが予定に入ってます」

 予約を入れてきて、シャワーの準備をしてくれる。シャワーといっても、ただ体を洗うだけではなく、その負荷に対しての心臓の反応を見ながら、リハビリのプログラムの一環として行うことが目的である。シャワー室へ行く前にまず血圧を測り、心電図を記録する。

 血圧を測定する。結果を聞く前に自分の勘を試す。

「104と65」

「ブー。102と70」

 体温は36・2度である。

 シャワーは、わたしは温めがいいので、39度くらいで使うことにした。

「ちょうど15分で入って下さい」

 政次さんが時計を持って測ってくれている。

 

 部屋で心電図を取り、血圧を測る。勘をまた確かめる。

「108の68」

体温は37・5度である。

 

 14時、葉子が来た。今日は栄養士の講義を二人で聴くことになっている。栄養科科長の水野さんが部屋に来てくれて、約1時間にわたって説明をしてくださった。

 最初に食習慣を初めとする質問があった。その結果にもとづいて指導がある。

「総コレステロール値は入院したとき240、17日現在219です」

「コレステロール値はもっと低い方がいいと白坂先生が言われて、1昨日から薬を飲んでます」

 葉子が質問する。

「毎日お粥が出てますが、硬い食べ物がよくないということがありますか?」

「それは別に何の問題もありません」

 わたしも普通のご飯や、硬いフランスパンが懐かしくなってきている。

「高血圧は直すのではなく、長く付き合うという態度でとビデオでも言ってた。奥様も換えるのではなく、長くお付き合いを」

 そろそろ水野さんのご指導も終わりに近づいたと見て、無駄口が出てきた。

 

 約1時間の講義を、政次さんも聞いて学習した。それが終わってまた血圧を測った。15時40分、102と70である。

「ついでにわたしも」

 と葉子が測ってもらうと、110と74である。わたしより葉子の方が高い血圧である。こんなことは今までなかった。

「今朝のテレビで、家森さんが、大豆を摂る人には心筋梗塞が明らかに少ないと言ってた」

「また。ぼくなんて、自分でいつも大豆をわざわざ調理して常食しているし、豆腐や納豆を好んで毎日食ってるのに」

「ほんとね」

「そんな話を聞くたびに、だんだんばかばかしくなってくる」

 この気分の反動を、どのようにコントロールするかが、今後のわたしの最大のテーマになるだろうと思っている。

 

 就寝までの時間、堀江さんと水野さんにもらったパンフレットを、もう一度整理しながら読んでみる。

 1日に摂る総コレステロールの総量の目安を、300ミリグラムとして、自分で積算しながら食べることが必要である。昔の表は食べ物の体積がわかりにくくて、換算できなかったが、手元にもらった表では、一人が1回に食べる量を基準として、それに含まれるコレステロール量を表示してあるから便利でわかりやすい。それに、このたぐいの知識は、昔のデータが脳に残っていて、最近改訂されたデータに、なかなか記憶が更新されないので困る。やはりよく食べるものに関して自分用の表を作っておいた方がいいかもしれない。

 

 コレステロール量に関して、少し例をあげてみよう。

菓子類では、

   プリンは非常に多く128r、

   カステラは多く、一切れに95r、

   ドーナツ1個に55r、

   アイスクリーム1個に32r、

   ヨーグルト1本に11rである。

   パンは1個に6r、

 肉類では、

   牛肉しもふり100gに90r、

   ヒレ60r、

   豚肉ロース60gに33r、

   ささみ2切れ60gに33r、

   鶏卵1個には234r、

   ウズラの卵6個に235r。

魚の場合、1回70グラムを食べるとして、

   ワカサギ133r、

   キス70r、

   イワシ53r、

   アジでは49r、

   サバ39r、

 1回分50グラムとして、

   すじこ255r。

   いか150r、

   たこ45r、

   かに40r、

   かき25r、

 

塩分は1日7グラムを上限とする。これはわたしの場合、若いときから冷や奴でも醤油をかけずに食べるくらいだから問題はない。ただし、外食が多いと塩分を摂りすぎてしまう。昼食の外食1回で、だいたい4〜6グラムの塩分を摂ると思えばいい。もちろんコレステロールも塩分も、ある程度は体に必要である。

 

食事のエネルギー量は、1日1700キロカロリーを目標として、タンパク質65〜70グラム、脂質35〜40グラムを含むように摂る。

 

 堀江さんが持ってきてくれた読売新聞社編集のパンフレットに、小林亜星さんの替え歌が載っていた。

「カロリー・イズ・オーバー、寂しいけれど、これでおしまい、きりがないから」

 そのままでは21世紀まで生きられませんよ、と言われて痩せることにしたというが、昔115キロ、今では80キロだという。

 

 

 わたしの心臓 6月19日(金)

 9時40分、血圧は108と66、体温は36・6度、脈拍71である。わたしの勘では血圧が105と70であった。

看護婦さんはそれぞれ自分流のやり方が身についてしまっているようだが、実習生は習った通りに測定する。脈を測るときには、胸に聴診器を当て、左手の脈を取って、看護婦さんよりも長い間、じっと時計をにらんで測っている。

 

 1階のリハビリの部屋へ行く。今日も、政次さんがカメラを持って一緒に行く。リハビリの担当は、今日は山本さんだった。

「今日は時速3・2キロ、10パーセントの勾配の坂道を含めて、500メートルです」

 モニター画面を見ていると、やはり10パーセントの勾配をつけたとたんに、脈拍が増える。

「これ、しゃべりながらやっても、いいんでしょうか?」

「いいですよ。にこにこリハビリ」

「汗をかきました」

止まると、どんどん脈拍と血圧が下がる。

 

 15時40分、葉子と政次さんと一緒に2階へ行って、白坂先生の説明をパソコンの画面を見ながら聞いた。

 まず心臓の構造である。

「左前下行枝が詰まっていました。心臓の左下の部分が動いていません

「血管を見てみましょう。右冠状動脈は、きれいです」

「左を見ると映っていません。まったく見えないのです」

「次、細い針金で詰まった血管を探します。針金だけが見えてます」

「次に、風船を入れて血管を膨らませて」

「今、通りました」

 まさに、この時、激痛がなくなったのを思い出す。

「人によって血管の大小や位置がちがうのですが、尾池さんの場合は、この詰まっていた血管が1番長くて大きい血管です」

「これがステントの実物です。数種類あります。風船の場合、3分の1くらいの人が、また血管が小さくなります。ステントを入れると、小さくなる人は少ないと思います」

ステントを入れた人は、この7、8年で、それ以上になる人はまだいません」

「金属アレルギーの人もいますが、人と金属とは、わりあい合ってるようです」

 ステントを風船の周りにつけて入れ、ステントを膨らませたあと、風船だけを抜き取るという。

「大動脈は、どれくらいの大きさなんですか?」

「お腹で、内径が30ミリぐらい。足でも10ミリ」

「そんなに大きいのですか」

 処置が終わって最後の画像を見る。

「1番長い血管の先がダメッジが大きい。長いでしょう。この辺で終わっている人が多いのですが」

「尾池さんの1番の、主流の血管が、その根元で、やられたのです」

「心筋梗塞の定義ですが、CPKの値が、正常の上限の2〜3倍以上に上がっていると心筋梗塞と呼ぶ、というのが普通です」

「正常値の2〜3倍というと、300から400です。それ以下だと不安定狭心症といいます」

「細い血管が詰まると、700から800に上がる。主流の血管だと、5000ぐらいまで行く」

「尾池さんの場合、1万2000ぐらいになりました。普通、この値なら生きている人はいません」

 

 普段は血液が流れないが、血管と血管をつなぐ、コラテラールと呼ばれる内径0・2ミリというような細い血管があり、冠動脈が根本で詰まると、それが少しでも血液をバイパスで送ろうとする。わたしの映像には、そのコラテラールの効果がまったく見られない。

 コラテラールは日本語では側副血行路という。狭心症を繰り返すと、この側副血行路が発達することもあるそうだ。心筋梗塞を起こすと、心筋は島状に死んで、その間に生き残っている所がある。そこへ細い血管がのびて側副血行路ができることになる。

「ぼくの心臓は、できが悪いのかな」

「たまたま、そうだったとしかいいようがありません」

「とにかく、命を救っていただいたのだから」

「この写真を子孫に残して、言い伝えにするか」

 葉子は、6月1日の深夜に、編集前のこれらの映像を、手術直後に見たのである。

「あのとき、通ったのを見たときには、感動しました」

 と葉子が思い出す。

「そのとき、胸の痛みが、すーっとなくなりました」

 わたしも、この記憶は鮮明である。

「痛むのは関連痛で、広い範囲が痛いのです」

 葉子が、さらに質問する。

「醍醐の病院の先生が心電図を見て、左の上の方が詰まっている、と言われました」

「100人のうち95人は、心電図から詰まった場所がわかります」

「次に別の血管が詰まると、それは命取りです」

「コラテラールが、できるかな」

「それが藤田先生の研究です。ヘパリン運動療法といいます」

「豆腐のような心筋が、繊維状になるのは?」

「2、3か月です。心筋は多少は改善するでしょう。もうだいぶん固まっています。

繊維細胞の間に筋肉が、所どころにあるという状態になります」

 

 

 グラフ 6月20日(土)

 昨夜からエクセルを使って健康診断のデータを入力している。以前描いていたグラフを、この際完成しようと思う。本当は健康管理のために、グラフを仕上げてから医師の所へ持って相談に行こうと思っていたのだが、間に合わなかったというもので、悔やんでも悔やみきれないほど残念である。

 朝食後、グラフを描くところまでできた。パソコンの画面のグラフは、みごとに重病の前兆を示している。グラフを描くだけでなく、それをもとに、もっと早く対策を実行したらよかったと、悔しいけれども後悔している。

 

 グラフを眺めていると、看護婦さんが、

「トレッドミルを今日やることになりました。入浴のリハビリが来週の火曜日、それでリハビリが終了」

 

1階へ降りて行った。

「今日は、がんばってくださいよ」

 と技師さんが心電図の電極をつけながらいうが、どこまで何をがんばるのか、説明がないのでわからない。技師さんは電極などのセットが終わると電話をかけている。いつものようにすぐ始めない。医師が部屋に入ってきて開始である。 どんどん速度を上げて、勾配も上げていく。

「今は?」

「時速4キロ、勾配が10パーセント」

 さらに時速5・5キロまで速度を上げて、勾配も12パーセントに上げている。最高血圧が148になり、脈拍も120を超えた。

「しんどくないですか」

「はい、目の前に山の風景でもあるといいのに」

 最初はそういう無駄口をたたいていたが、だんだん息がしんどくなってきた。

「大丈夫ですか」

「いや、息が苦しい」

 大きく息をしてお腹が膨れると、端子ボックスをつけたベルトが締まりすぎていて、それで苦しい。最初にベルトがきついと言っておけばよかったと後悔している。心電図記録は乱れている様子はない。かなり坂を早足で上った末、ようやく止まった。

「座ってください」

 座って肩で息をしていると、脈が乱れてくる。数日前にあったと同じように2拍続けて打つのがある。

「今ので600メートルぐらいの距離になりますか」

 と聞くと、上野さんが確かめて、

「よくわかりましたね」

「自宅への帰り道が坂道で、距離がその倍くらいという感じですから」

「脈は乱れていても、悪いものではありませんから」

「ありがとうございます」

これでこの部屋に来るのは終わりになるのかもしれないと思うと、ちょっと寂しい。

 

 運動による負荷を心臓にかけて試験する方法にいくつかある。ここでわたしが行った、ベルトコンベアの上を歩くのが、トレッドミル運動負荷試験で、自転車のペダルをこぐのが、エルゴメータ運動負荷試験、2段の階段を登ったり降りたり往復するのが、マスター2段階試験である。

負荷をかけると心拍数が上がるが、220から年齢を引いた数に0・80〜0・85をかけて求めた値までを目安に実行する。わたしの場合なら、心拍数が129から137程度までを目安にする。また、血圧の上昇はいいのだが、下がると運動を中止する。

 

 白坂先生が話しに来られたので、昨日から作っていたグラフを見せた。

「なかなか面白いグラフですね」

 と言いながら見て下さったが、結局、喫煙とストレスが心筋梗塞を起こした1番の原因であろうということになった。

 

 

 地震の話 6月22日(月)

 「冠動脈造影検査」のビデオを見る。大腿動脈から大動脈へ、カテーテルを通していく場面を見る。心臓は1分間に5リットルの血液を拍出する。1日では8000から1万リットルの血液である。

 その心臓に栄養を送る動脈が冠動脈で、左冠動脈に回旋枝と前下行枝がある。それと右冠動脈の3本が大きな動脈である。造影剤を入れてそれらの血流を見る検査が冠動脈造影検査である。冠動脈とも、冠状動脈ともいう。

 手持ちの本の記事と合わせてまとめると、心筋に栄養とエネルギーを与えるのが、冠動脈を通して行われる冠循環である。右と左の冠動脈は、大動脈の根本から分岐して心臓の表面を走っている。左冠動脈は、主幹部からすぐ前下行枝と回旋枝に分岐している。

 前下行枝は心臓の前壁、心室中隔の前3分の2に、回旋枝は前側壁に、それぞれ栄養を供給する。右冠動脈は右心室壁と中隔の後ろ3分の1、および左心室の後壁に栄養を与える。

 

 もう1つ、「風船療法を受ける方へ」というビデオを見る。冠動脈が詰まった例が出てくる。

「あ、ぼくのと同じ所だ」

「7番です」と政次さんが言う。

 詰まった冠動脈の治療に3つの方法が紹介される。1つは、風船を膨らませて血管を拡張させる方法、もう1つはステントを入れて血管を突っ張っておく方法、DCAという方法では、詰まったところを削るのだという。

 わたしが受けた風船を膨らませる治療法について、ここで本の記事と総合してまとめると、この方法は経皮経管冠動脈形成術と呼ばれ、特殊な細い管である、カテーテルを血管から導入して冠動脈の狭窄部分に入れ、圧力をかけて風船を膨らませて冠動脈の内径を拡大させる方法である。

 PTCA(Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty)という。

 1976年、イギリスの医学雑誌に最初の治療成功例が報告された。冠状動脈造影法の応用である。血流を保ちながら風船を膨らませる方法もある。成功率は90パーセントで、20〜30パーセントの場合に再狭窄が起こる。

 心臓カテーテルはノーベル賞の対象となった。今回、わたしはいくつものノーベル賞のお世話になっている。

 胸部レントゲン写真の技術は、ドイツの物理学者、ウィルヘルム・コンラッド・レンチェン(レントゲン)である。1895年の発見である。心電図は、20世紀初頭に、オランダのアイントーフェンによって実用化された。心臓カテーテルは、ドイツのフォルマンとフランスのクールナンドによる発明である。これらの3つは、いずれもノーベル賞を受けた業績である。

 

 昼食が来る。政次さんが見て、

「わたしも、こんなには食べてない」

 という。量が多い。

 食事中に薬局から薬が届く。

「これはクキに当たる分です」

「は?」

「コエダの分は看護婦さんが持ってきます」

「はあ」

 基本の分と変化分というのを、茎と小枝とわかりやすく例えてくれたのだ。いろんな工夫をしているのだろう。

 

 昼のテレビを見ると、オランダでは心臓疾患が少ないという。オランダの人たちは紅茶をよく飲み、リンゴとタマネギをよく食べる。それらにポリフェノールが多いのだという。フランスの赤ワインやチョコレートも同じだそうだ。

 藤田先生の本によると、赤ワインのフラボノイドは、赤みを出す色素で、赤ワインの渋みのもとである。これには、血中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の酸化を防ぐ作用がある。先進国での心臓病による死亡率のランキングで、日本は35位、フランスが34位だった。他の欧米諸国に比べてフランスは低い。これは、フレンチ・パラドックスと呼ばれた。

 

 昼食後、もらった薬を整理した。袋に日付を書いて、飲んだら斜線で消していくことにした。工夫しないと飲み忘れたり、余分に飲んだりする。朝の分に、毎日飲んでいる白い粉薬が入っていない。メモを見ると、ジコキシンという薬である。これはきっと小枝なのだろう。

 

 政次さんがいろいろ調べて教えてくれる。安静時の坐位での酸素消費量を1としたときの、相対的運動量を表す単位が、メッツ(METs)である。日常生活の食事が1・0、シャワーが3・5、階段下降が4・5。このような量を用いて心臓の負荷を計算したりする。水泳などは数10メッツになる。

 

「カテーテル検査を来週の月曜日に行うそうです」

「それまで暇だね」

「それから、ジゴキシンはずっと続けるのですが、検査結果に応じて量を変えるので、看護婦の監督で渡します」

 その他、わたしの質問の答えが、まだいろいろある。

「咳が出ると血圧を上げたりして、よくない影響があります。でも出たらしかたがない」

「咳き込まないように、ゆっくり食べるとか」

「香辛料は、白坂先生はわからないということで、栄養科で聞きました」

「ちょっとワサビを効かして、というような程度はOKです。キムチは塩分が多いのでだめ。香辛料で塩分が減るなら歓迎です。カレーライスを食べると汗をかくような体質があり、そのような体質の場合は要注意です」

 

 看護専門学校の実習は、1年生の時には、コミニュケーションの実習から始まり、簡単な手伝い、2年で援助に関わる。3年の5月から12月までが「看護展開」だという。観察して看護計画を立てて実行し、評価する。その間に、さまざまの施設を訪問したり在宅看護を実習したり。

「ところで、ポリフェノールって何?」

 わたしも、何でも彼女に聞くくせがついてしまった。

「調べておきます」

 

 政次さんが帰り、葉子が入れ替わりに来たあと、白坂先生が来られて、しばらく話す。

 葉子が質問する。

「彼は、肩胛骨の所が凝るというのがずっと続いてました」

「肩は関係するのですが肩胛骨はわかりません。わたしたちは患者さんが寝ているので、背中までは見ることがないのです」

「左の血管に故障があると左半身に、右の血管に故障があると右にも左にも影響が現れると言われています」

「去年から指先が冷たかったんですよ」

 気になっていたことがいろいろ思い出される。

「指尖脈波を測って動脈硬化がわかるという人もいます」

「まちがいなく入院してから、手が温かくなりました」

「その分、心が冷たくなりました」

 こういうことを言うのは、わたしである。

「前兆がいろいろの形で、今にして思えばあったのです」

「地震と同じですか」

 話は、すっかり地震のことに移った。阪神・淡路大震災のとき、大津の日赤病院にいた白坂先生は神戸にも応援に行ったという。

 京都の医療機関の震災対策は、震災前に調べたときには、あまりよくなかった。

「ここでも非常灯がなくなっているので、自分で懐中電灯を買ってきて置いてあります。それに靴も」

「次の南海地震は2040年に起こるという予測です。その前に京阪神や名古屋の活断層が動くのが数回。どこまで自分で見られるか」

「そんなことを言いながら、今、死んでどうするのよ、とわたしはつぶやきながら手術の最中に、廊下を歩き回ってました」

 葉子の顔が、またけわしくなる。救急車で入院した夜の記憶がよみがえるのだろう。

 

 

 入浴 6月23日(火)

 CPKの値の変化をグラフに描いてみようと思って、デザインだけはできている。政次さんのメモをもとに描いてみることにした。

「CPKの標準値は49から159です」

「6月2日の朝2時の値が、1万1790。これを見たとき、ほんとにびっくりしましたよ」

 彼女は、この値が死者の示す値だということを知っているのだ。

 2日には4回の測定値がメモにあった。3日の朝には2792になった。4日朝、1059、5日朝、620、すこし飛んで、11日朝、85。「他の日の値も、また調べておいてね」

 その他にも健康診断で長期間のグラフができている、血糖値、中性脂肪、総コレステロール値なども調べておいてほしいと頼んだ。

 

 10時15分、岸本主任が来て、

「お風呂の用意ができました」

 この場面だけを取り出すと、なんと優雅な生活をしているかと思われるような場面であるが、ここでの「お風呂」は心臓リハビリのプログラムに沿った、重要なステップである。わたしにとってはこれを無事パスすれば、リハビリのコースが終了することになっている。

 入浴の注意を復習する。風呂は、ぬるめの湯で、首までつからないように、長湯をしないで、食事の前後は避ける。わたしの、もともとの習慣と変わらないので、まったく問題はない。

「露天風呂はどうかな?」

「だめでしょう。温度変化が激しいから」

 

 心電図の器械が入ってきた。まず血圧と体温を測り、心電図をとる。原さんが見学に来る。岸本主任が指導する。今日は政次さんの手首に電極の色が書いてないが、自分の体の向きを変えてみたりして、記憶をたどりながら電極をつけていく。

「セイショクを使った?」

「テイモウの人が今入ってる」

 岸本さんの言うことが、なんのことかわたしにはわからないが、政次さんと原さんにはわかっている。

 解説すると、心電図を取るために電極を体につけていくのだが、その電極をセイショク、つまり生理食塩水で拭いたかという確認である。岸本さんが風呂場を見てきて、テイモウ、つまり剃毛の人が入っていると言ったのである。

「手術前に全身の毛を剃る場合があるのよ。脱毛クリームを塗るから、人によってはかぶれることもあって、早く風呂に入らなければいけないの。だからもう少し待って」

 と、岸本さんがわたしに説明してくれる。

「心電図を取ったから、状態が変わらないように、静かにして待っていてね」

 

 しばらく待って風呂に入った。15分間にすべて終わるように入る。15分は長い。胸の下まで湯につかって、しばらく味わうことにした。風呂から出て、そのあとがいそがしい。髪を乾かす前に、とりあえずベッドに寝て、また心電図である。

 政次さんが心電計などを片づけに行っている間に昼食の用意ができた。入浴さわぎでお腹がすいているので、取りに行ってさっそく食べ始めた。しばらくして政次さんが来て、

「胸は、大丈夫ですか?」

「はい」

「脈は?」

 と質問しながら、すごく心配そうな顔をするので、

「どうしたの?」

 と聞くと、

「看護婦さんに、食べてるけど、それでいいのかと聞かれて」

 それで気がついたのだ。

「わたしは入浴に関する注意を読んでなかったので」

 わたしのファイルからプリントを探し出して、もう一度読むと、入浴の前後1時間は食事をしないと書いてある。看護婦さんは入院患者の行動を見ていて、抜かっていることを注意する必要があると指導された。

 入浴前に血圧は94と62だったが、昼休みのあとで測っても、98と62で、風呂に入って食事したぐらいでは、あまり上がっていない。検温のとき、最後に足に触ってみる。最近気がついたが、彼女の手の温かさが左右でちがっている。

「左手が冷たい」

「右足が冷たいのよ」

 と手を入れ替えてみると、たしかにわたしの足の方に原因がある。

 

 14時すぎ、初めてこの病院の屋上へ連れていってもらった。ビルの工事現場が見える。部屋から工事の音を聞いていた。屋上の直線に沿ってまっすぐ歩く練習をする。

 

 

 プラモデル 6月24日(水)

 朝1番の尿を採って、詰め所まで届ける日である。6時すぎには看護婦さんが採血に来る。これで今日の行事は終わりだ。

 10時40分、八木さん、

「血圧を測ります」

「114の68です」

体温は36・8度である。

 

 11時半、白坂先生が回診に来られた。雑誌「ニュートン」の心臓のページを見せる。

「このステントは、まだ心臓に使われてないのです」

 ニュートンの絵に出ているステントは、心臓以外で使われることはあるらしい。心臓に使うのは保険で認められていないという。

「ステントは途中で落としたときのことも考えながら、使わなければなりません」

「落としたら、どうするのですか?」

「体中を探して、その場で対策を考え、道具を工夫して引っかけて回収するのです。見つからないこともありますね」

「まだまだ改良されるでしょうね」

「いずれ、例えば一定期間で融けてなくなるようなステントもできるでしょう」

「尾池さんの画像を、CD−Rでお渡しできますよ」

「それはありがたい。ぜひみなに見せましょう」

「インターネット上で、オシリスというソフトがあるそうで、それで見えるということです。ここで使っているソフトは、医療機関にしか提供しないものだそうで」

 先日のMRIの結果を話してくれる。

「要するに脳には何の問題もないのです」

 これは、生理的に見た脳の血管のことで、血栓などの障害がないという意味である。わたしの脳には記憶力が悪いことなどを初めとして、その性能にかなり大きな問題があることは、MRIではわからないが、本人によって十分自覚されている。

 

 しばらくして田巻先生が来られた。

「社会復帰はまだとして、院内は歩けるようになりましたね」

「これから何が可能か、心配です」

「何でもできますよ」

「外国旅行のことも、白坂先生と話しました」

「ヨーロッパやアメリカは問題ないでしょう」

「病院で説明ができる言葉を、英語で用意しておかないと困りますね」

「普通に、ここで日本語で話している程度の言葉ができれば、何とかなるでしょう」

 そう言われれば、ここでも循環器内科の専門用語を知っていて話しているわけではない。しかし、日本語は、知らない専門用語でも漢字を見れば理解できるという優秀さを持っているからわかるので、英語だとそういうわけにはいかない。

「外国では入院日数を減らす方向で努力がなされています」

「保険制度のちがいや、失業しやすい社会状況や、いろんなことがあるでしょうね」

「日本は入院が長くてもやっていけるのです」

 

 

 早寝早起き 6月25日(木)

 早寝早起きはいいのだが、目が覚めるのが早すぎるのも困る。しかも、覚めるときには、いきなりぱちっと覚めるので、すぐ行動しようとするくせがある。心筋梗塞を起こした人は、朝はぐずぐずと起きるのがいいという。ぐずぐずしているにはどうしたらいいかと、またこれでストレスがたまるのではないかと、余計な心配が増える。

 

 6時になってトイレに行った。昨日と同じように順調に出た。昨夜の下痢の原因は何だったのかわからない。排便のときに力むと、血圧が上がるために心臓に負荷をかけてよくないと、何度もご注意があったが、便秘はしないし、力まなくても出てくれる。肛門の筋肉を収縮させる運動をしていると、大腸の運動が活発になり、力まずに自然に排便されるようになる。便秘の予防には、就寝前に肛門の運動をするとよい。

 

 ビデオを見る。「たばこと成人病」という題のビデオが置いてあるのを、この前から見つけていて是非見たいと思っていた。

 たばこは有害であり、吸えば人の体は拒絶反応を示すが、吸い続けていると耐性ができる。タールには43種類の発ガン物質が見つかっている。肺ガンになった人の中で喫煙者は80パーセントにのぼる。いろいろのデータが出てきたが、あとはあまり興味を持たなかった。

 

 政次さんがいろいろの測定値を調べてきてくれた。CPKは6月10日以後は100を切って、24日の値は60である。総コレステロール値は24日に187、血糖値は6月5日に102、中性脂肪は1日の値しかなくて151である。

 

 

 心カテ検査の説明 6月26日(金)

 政次さんが検温に来る。月曜日に予定されているわたしの心臓カテーテル検査のことを話す。わたしはその検査の結果で退院することになり、彼女はそのとき心臓カテーテル検査を初めて見学することができる。

「心カテのときの実習生のチェック項目というのがあって」

 と説明する。

 前後の血圧、脈拍、造影剤による症状、熱感、吐き気、頭痛、それに心電図のモニター、

「それからソクハイ動脈」

「何? それ」

 足背動脈だそうだ。わたしの足の甲を押さえて脈を診る。わたしもそれを自分の手で感知しようと試みるが脈が見つからない。そこへ岸本主任が現れて、「脚を伸ばして。反対の手でここを」と教えてくれる。

 

 白坂先生が診察に来る。

「ジゴキシンの効力がないので増量します」

 という。不整脈の薬のことである。

 心臓カテーテルのことを話す。右足の付け根からカテーテルを入れるのは、動脈が大きいからだという。カテーテルにはいろんな大きさのがある。小さいものなら腕から入れてもいいそうだ。

井上式人工血管というのがあります。TEGPとも言います。この病院の井上先生の工夫で、ステントの代わりのようなものです。新聞の表現によれば、この病院が世界一であると書いてありました。これは大きなカテーテルを使って入れます。尾池さんに使うことはないと思いますが」

 カテーテル検査の安全性について説明があった。4000〜5000件に1件程度のトラブルがあるという。

 動脈硬化がひどいとカテーテルが使えないこともあるそうだ。

「老化して身長が縮むこともあるのですが、大動脈が曲がりくねって、しかも血管が硬化していることがあって、そんな場合にはカテーテルは入らないのです」

 

 白坂先生が去って、政次さんがカテーテル検査を見学する場合の実習心得を続ける。

「呼吸、チアノーゼ、術後の出血、切開部位の止血の確認。それに患者の不安感や表情を見る。結構、看護婦さんが話しかけるでしょう?」

「そうだね」

 心臓に異常があると以下のような症状の自覚がある。胸が痛い、息切れ、息苦しい、むくみ、疲れやすい、だるい、動悸、血圧が高い、あるいは低い、めまい、失神などである。しかし、自覚症状がないこともある。

 

 白坂先生が来られて、検査のことを説明する。

「検査のとき、まず痛み止めの注射を局部にします」

「ばあいによっては全麻でやることもあります」

 たまに患者がパニックになる場合や子供の場合には全身麻酔をするそうだ。

「動悸や気分が悪いときには知らせて下さい。顔がかゆいというようなことでも言って下さい」

「問題があった場合には普通は後日治療をします。場合によってはそのとき説明して続けます」

「1か月後の検査で問題のある人は少ないです。ここ1年で、ぼくが診ている人で1人です」

「再狭窄の傾向は、1か月後の検査でもわかりますか」

「傾向はわかります。弾性による再狭窄は短時間に起こります」

「それで長い時間、風船を入れるのですか」

「以前は30分ほど入れたこともありましたが、そんな必要はないということになって、最近はせいぜい5分ぐらいです」

「風船で拡げたことによる反応として狭窄が進行するという仕組みです。普通はそんなに早くは進みません。直径で4分の3以上細くなったら拡げます。円形としてですが」

 一応、説明が終わって、承諾書を書いた。説明を聞いたこと、予測できないことがあった場合にはそれに応じた処置に同意することなどである。あとは葉子のサインをもらう必要がある。

 

 中島さんが薬を持ってきた。

「ジゴシンを毎朝、7月3日までです」

「今までのとちがいますね」

 今朝のは粉で「ジゴキシン」、今度のは錠剤で「ジゴシン」である。

「たしかめて来ます」

 すぐ帰ってきて、

「判明しました。粉が、錠剤になりました。ジゴシンとジゴキシンは同じものです。4分の3錠分が1・5錠になりました」

 

 

 体重測定 6月27日(土)

 7時半、

「本日は体重測定の日です。歩ける方は詰め所の前まで来て下さい」

 放送があり、ぞろぞろとみな集まっていく。

 わたしの体重は66・2キロ、昨日は65・8キロだったが、パジャマを着てだから、要するに66キロ前後の攻防である。この場合の6と5の数字の印象はかなりちがう。

 1キロの体脂肪を減らすためには、ほぼ7000キロカロリーのエネルギー消費が必要である。体重60キロの成人男子で、硬式テニスなら13時間、自転車なら24時間、徒歩なら37時間の運動量が必要ということになるそうだ。

 運動と食事の内容を継続的に調整しないと減量は無理だろう。せっかく入院中に4キロほど減ったのだから、これを守ってさらにスリム化をはからなければと思っている。

 1日のうち運動の時間帯はいつがいいのだろうか。よく朝早めに出勤するとき犬を連れて散歩する人やジョギングの人に出会う。朝、起床直後は交感神経の働きが高まっていて、低血圧型の人でなければ、1日の中で1番血圧も高く脈拍も早い。このとき、心筋へ血流を送る冠動脈が緊張していて、冠血流が低下している。血液も固まりやすくなっている。だから運動は昼食後か夕方がよいのだといわれる。

 通勤の帰り道に、せいぜい歩いて帰ることをこれから考えようと思う。ただし荷物を持たないようにしなければならない。

 また、心臓病の人は力の強い大型犬を連れて散歩するのはよくないそうだ。急に犬が走り出したときには綱を離すしか方法がない。

 

 心臓病の重症度分類というのが本に出ていた。ニューヨーク心臓協会の心機能分類が、自覚症状から見たときの重症度の目安としてよく使われるという。分類は1度から4度までの4段階である。

 1度は、心臓病を持っているが、健康な人と変わらない。プロのスポーツ選手は別として、激しい運動を含む普通の生活ができる。

 2度は、安静時には症状がなく、階段を急いで上がったりすると息切れ、動悸、狭心痛などの症状が出る。重労働はできない。

 3度は、安静時には症状がないが、日常の軽い労作ができない。

 4度は、安静にしていても自覚症状がある。心臓移植手術を考える場合もある。 

わたしの場合は、薬を飲んで1度の状態になっているのだが、薬を止めたらどうなるかはわからないし、自分の心臓を使って、これを確かめる実験をしようとも思わない。

 

 

 キリンの血圧 6月28日(日)

 月曜日に入院して丸4週間たった。 

 本を見ると動物の血圧の例が出ていた。Lindsay 他(1973)の報告によると、チンパンジーの血圧はヒトに近く、収縮期血圧が136、拡張期血圧が80である。キリンは160と107で、やはり高い。ネコは血圧が高いので有名だが、171と123である。冷血動物のトカゲは14と10、魚のデータもあって、ニジマスが40と32だという。

 

 

 心臓カテーテル検査 6月29日(月)

 ぐっすり寝て5時に目が覚めた。安定剤のセルシンは結局飲まなかった。テレビをつけると、今日の予想最高気温は30度だと言っている。

 6時10分、朝の薬を飲む。今日は午前9時から心臓カテーテル検査の予定が決まっており、どうせ朝食は検査の後になるから、朝の薬は早めに飲むようにという指示があった。

 7時20分、血圧は94と68である。ぼーっとしている。

「セルシンを検査の1時間前に飲んで下さいね」

 8時にセルシンを2錠飲んだ。

 8時30分、病衣が届いた。病衣とパンツに着替えるように指示が書いてある。

「パンツは?」

「パンツは自分のを」

 着替えて衛星放送のクラシック音楽を聞きながら呼び出しを待つ。

 

 2階の心臓カテーテルの部屋に入る。6月1日の夜もここに来たはずであるが、内部の様子は今日初めて見るものである。この前、1日の夜は天井だけしか見ていなかった。

「眼鏡はどうしましょう」

「かけたままでいいですよ。この上に上がって下さい」

 ざっと1メートルほどの高さのベッドだ。踏み台を使って上がる。

「お腰を置いてから上がった方が」

 と、下手な上がり方のわたしを、看護婦さんが指導してくれる。

 部屋が明るくて周囲がよく見える。カテーテルの袋がたくさん、ぶら下がっている。

 腕を乗せる板がベッドの横に斜めに出されて、そこへ右腕を乗せる。

「少し外に向けるようにして下さい」

 

 上腕動脈に中関節からカテーテルを入れる。

 スタッフのみなさんは被爆防止のためにプロテクタを着ている。準備が終わったらすぐ、白坂先生が完全武装で現れた。今日の音楽は大黒摩季の曲である。

「痛み止めの注射をしますので、すこし痛いですよ」

 ちくっと痛みを感じたら、その直後にすぐ仕事が始まったようだ。わたしの胸の上に「X-ray Grid」と書いたヘッドが迫ってくる。東芝製のX線装置である。横目でわたしの左側にあるモニター画面を見ていると、腕から鎖骨、肋骨、胸骨と移動しながら映る。針金がどんどん進んでいく。モニターを見ている別の医師からの声も聞こ

える。

 

 パイプを入れ、針金を抜く。しばらくして、

「体が熱くなる検査をします」

 と声がかかる。造影剤が注入され、胸が熱く感じるが、直後に尻や喉も熱くなる。モニターを見ていると、素人目には血がよく流れているように見える。

 画面では、心臓の輪郭をトレースしている。拡張したときの輪郭と収縮したときの輪郭を描いているようだ。面積か体積を測定するのだろう。心臓の性能を測っているように見える。何か測定をするときには、画面が固定され、「FREEZE」という文字が画面に現れる。そのたびに、わたしの心臓が凍りつくような気がする。

 

 心臓に針金やパイプが入ると、ときどき、ズンと胸に衝撃を感じることがあり、その都度、心電図が乱れる。

 

 およそ1時間の過程であった。止血の手当をして右腕を曲げないように台から降りる。

 CCU部長の岩瀬先生が、

「まずいところがあるので、投薬を調整する必要があります」

 という。

 とにかく、自分に対しても、ご苦労様という気持ちで車椅子で部屋に帰る。止血のため右手の指先がしびれてきて、少しゆるめてもらう。葉子には一度家に帰ってもらった。

 30分ほどしてお茶を飲んでみて、気持ちが悪くないことを確かめて、朝食を政次さんに持ってきてもらった。血圧は92と62である。おしっこをしてきたら、98と68で少し高くなる。排尿のあとにも測ることになっているのだそうだ。

 

 昼食は左手で食べた。ゆっくりと噛んで食べるのには、左手で食べるといいということを発見した。

 13時10分になって、止血のための圧迫を取った。長方形の白いガーゼに丸く直径10ミリほどの血の跡がある。その外周に青いフェルトペンで田中さんが丸を描く。

「さらに血が出るかどうかを見るの」

 だそうだ。

「はずしてもらって、楽になった」

「脚よりかなり、ましでしょう」

 

 看護婦さんが薬を届ける。

「レニベース、2分の1錠を毎朝です」

「何ですか」

「降圧剤です」

「さらに、まだ血圧を下げるの?」

 白坂先生が来て、

「要するに、良くないのです」

 と説明が始まる。

 血圧が低いのだが、心臓の中の圧が高い。収縮と拡張の差が少ない。心筋のテンションが高くなる。薬を増やしたいのだが、血圧が低くなるので増やせない。レニベースを2分の1錠投与するのは、降圧剤ではあるが、心筋の保護の効果があるので使う。セロケンをやめるかもしれない。アーティストという薬もある。

 

 白坂先生が考えながら、説明を続ける。

息の切れるようなことをしない、体重を減らす、この2つが重要です」

運動しても、脈は120以下にしておく」

「とくに、あと2か月は慎重に」

「心機能の指標に心拍出率があります。拡張したときの容量と収縮したときの容量の比で表されます。今日の値が、42パーセントで悪くはない。正常の人で80パーセントほど。3か月後に50パーセント台に回復するといいのですが」

 30パーセント台になると自覚症状が出て、一般に20パーセント台では寝たきりになるという。

 心臓が肥大しないために、薬を続ける必要がある。セロケンはベータ・ブロッカーであり、心拍数を減らす作用がある。長期的には良いというデータがある。

「がんばって元気にするより、細く長くの方がいいという考えです」

「薬の調子を見るため、今週いっぱい入院を続けましょう」

というのが結論である。

 

「抗菌剤です」

 明日から飲む薬が大量に届いた。しばらく時間をかけて整理して表を作って、やっとわかった。

 

 

 平均寿命 6月30日(火)

 政次さんが血圧を測ると、94の58である。

「屋上へ行ってみましょう」

 とさかんに誘う。きっと白坂先生のアドバイスがあったのだろうと思う。

 10時半から屋上に上がる。実習生と患者さんとの組が数組、屋上で過ごしている

。准看護婦さんもいるし、政次さんの仲間もいる。

「日陰に入って。腰掛けて」

 ときびしい。上がってくるときには、エレベータを使った。帰りは階段を下りたいというが認めてくれない。

 

 午後、今度は5階から下へ降りてみることにした。1階の入り口まで行った。病院のスタッフメンバーの名札を初めて見た。週間の診察予定表も初めて見た。1分90段の階段の登りが8メッツ、下りが4メッツだそうだ。10パーセントの坂道を登る散歩が5メッツ。

 

19時前、白坂先生が2階へ来るようにと言って階段を下りるので、

「ぼくも階段で」

 というと、白坂先生は、だまってエレベータを指さして笑う。

 

心拍出率が、昨日も話したように、42パーセントです。最初の段階では38パーセントでした。経過のいい人の場合では、48パーセントくらいになってもいいと思いますが。やはりコラテラールが、ほとんどなかったのが響いたと思います。一般の人で80パーセントから50パーセントです」

 画面を見ていると、うすく陰のように心臓の動いてない部分が見える。右下の方の輪郭が動かない。

「42パーセントという値は、いいではないかと言われるかもしれません。しかし、拡張したとき心臓内の血圧が低くなるはずですが、そのときの血圧が高いのです。それだけ心臓にテンションが働くことになります。これをできるだけ低くしたいのです」

「要するに心拍出率がそんなに悪くないのに、血圧が高いというのを改善したいのです」

「詰まっていた所は、完全に通っています」

 と血流の画像を見せる。

「なんだか、その根本の部分が細いように見えますが」

「このくらいは大丈夫。この半分以下になると心配します」

 6月1日の画像で、まったく血の流れが映っていなかった左前下行枝に血が流れているのである。

「結局、心筋がやられたのですね」

 と葉子が、あらためてつぶやくようにいう。

「血流があるのは、いいことですよ」

「心筋に劇的な改善は望めないでしょうが、血流があれば、コラテラールができて、他の血管が詰まったときのために役立つ可能性があります」

「尾池さんの心筋には多少元気が残っているようです。じっくり待ってみましょう。

3か月後の検査で、心臓内の血圧が下がって、心筋が少しでも改善されているといいのですが」

「安静にするのと、運動するのとのバランスがむつかしいです」

「慢性心不全の人が、息切れをします。安静にしていても酸素がたりなくなります。そんな生活にならないよう、とくに3か月までは無理をしないように」

「体重を目安にします。体に水分を溜めすぎないように」

「今の尾池さんの状態は、役所に出す書類の表現でいうと、きわめて穏和な日常生活が可能と書くのです。わかるかどうか」

「悪いのは悪いのです。しかし、人間の体は、急変には弱いのですが、徐々に変わるのには順応できるのです。心拍出率が20パーセントだと、しんどいですが、10パーセントでも、珍しいが普通に生活している人もいる。30パーセントでも悪い人は悪い。それで生命にかかわる人もいる」

「悪くなると雪だるま式に、肝臓の機能が落ち、腎臓が悪くなり、という例もあります」

 

 これらの説明の後、ちょっと間を置いて、

「どれぐらい生きていようと思っておられましたか?」

 と白坂先生は、今までに考えたことがない内容の質問をわたしにする。答えにとまどっていると、

「ご両親やご家族の寿命などから、ご自分の寿命を考えたことがありませんか」「長生きの系統ではないと思っています。せめて孫の顔は見たいと子どもたちには、いうのですが」

「平均寿命までは生きていてほしいと思って、わたしたちは話しています。あと20年、この機能で行けるかどうか。あと10年は30パーセントを保ちたい。まあ、孫はそれまでに見られるでしょう」

 と笑う。

「6月1日に尾池さんが入院された後、わたしが担当した患者さんで、もっと重い人も入ってきました。生命を落とされた人もいました」

 毎日、救急車のサイレンが聞こえない日はない。

「結局、ストレスを測る方法がないのですね。妻に観察してもらって、今日のストレスという目盛りを示してもらうのが、1番いい方法のような気がします」

 生き方を変えようとは思うが、周りの人の理解が得られるかどうかも、重要な要素だと思う。

「心臓病の特徴は、見たところ元気に見えることです」

「主治医に止められている、ということをせいぜい使わせていただきますので、よろしくお願いします」

 

 

 一病息災 7月1日(水)

 6月いっぱい病院暮らしをした。今日から7月に入った。

 豊岡さんが採血に来た。

「このカテーテルの跡はいつ取るのでしょうか」

「いいでしょう」

 ぱっと取れば、きれいに固まっている。はずしたら小さい穴の跡が残っている。

 

 中島さんが持ってきてくれた薬は血管拡張剤のレニベース半錠である。今朝飲む薬を列挙すると、強心剤あるいは不整脈を防ぐ薬のジキタリス薬であるジゴシンが1錠、血栓の原因となる血小板の凝固を抑制する小児用バッファリン1錠、ニチステート(パナルジン)1錠、胃酸の分泌を押さえる胃の薬ガスターを1錠、不整脈を防ぐベータ・ブロッカー(ベータ遮断薬)のセロケン1錠、不整脈を防ぐI群抗不整脈薬のメキトライド(メキシチール)1カプセル、それに抗菌剤のクラビット100ミリグラム1錠である。ジゴシンは日毎に量が変わる。

 

昼はセロケンとメキトライド、および抗菌剤を飲む。

夕食後には、ニチステート、ガスター、セロケン、メキトライドおよび抗菌剤を飲む。

寝る前には高脂血症治療薬のメバロチン10ミリグラムを1錠飲み、血管拡張剤のフランドル・テープを胸に貼る。

 以上を間違いないように飲んだり貼ったりして、血圧を測り、血中濃度を調べるのが、現在のわたしの日課である。

 最初飲んでいたバイミカードは血圧降下剤であり、アイトロールは冠血管拡張剤である。血管を拡げたいが、血圧が下がりすぎて困るのである。

 

「今日は検査がある」

「エコーは、外来の合間にやるから、気長に待っていてね」

 13時30分、検査に呼ばれて1階に行った。まず、心臓のエコーを記録する。北見さんに抱きかかえられるようにして、じっとしている。その次が胸部のX線である。こちらはすぐに終わる。それから心電図の部屋である。これもすぐに終わった。

 

 田巻先生が様子を見に来て下さった。

「そろそろ退院ですか」

「まだ、はっきりはしませんが、土日あたりということです。今は薬と血圧や血中濃度との関係を見ているようで。いろんな薬があって、飲み方が複雑で、かなり難しい作業ですよ。たぶん忘れることがあると思います」

「1日1回の薬は、いつ飲んでもいいのです。最近の薬品は、さじ加減がかなり楽になりました」

「これはジキタリスですね」

「昔から有名な薬です。尾池さんの場合は、不整脈の予防に使います」

「薬も、心臓のしくみも、いろいろ学習しました」

「尾池さんのは、詰まったところがもう少し上だったら、だめだったという場所です。前兆なしの急性で、死亡率は30パーセント以上でしょう。それを乗り切ったのだから、これからは、昔からいうように、一病息災で」

 アメリカ合衆国では、心筋梗塞が増えて、たばこの害とコレステロールと血圧の大キャンペーンをした。生命力を自覚して、わたしもこれらを意識していかなければならない。

 

 NHK総合テレビの「ためしてガッテン、撃退!活性酸素」を見る。赤ワインの健康への効用がテーマである。赤ワインを作るときにつぶして入れるブドウの皮に、紫外線に対してポリフェノールが多くできる。このポリフェノールが、活性酸素を抑える作用をする「抗酸化物質」である。活性酸素は、たばこ、大気汚染、強い紫外線、ストレスなどで発生する。

 赤ワインを飲むと、たしかにコレステロールの酸化が遅くなるが、たばこを吸うとその効果は、元も子もなく、うち消されるという実験結果が示される。

 

 

 血圧計 7月2日(木)

 今日はジゴシンを1・5錠飲む日である。抗菌剤は今日の昼で終了する。9時40分、政次さんが来て血圧を測ると、94と62である。

「朝は1日に1回の薬もあって、ちょうどそれらが効いてきたころなのかもしれない」

 

 血圧を測ると102と64である。昨日の測定では、総コレステロール値(TCHO)が174、中性脂肪(TG)が125、CPKは57であった。

 

 今日1日、万歩計をつけてみたら、病院内の生活だとはいえ、2700歩になっていた。血圧が低くて寝不足だと、何をするにもしんどくて気力もなくなってしまうということがよくわかる。

 

 

 低い血圧 7月3日(金)

 昨日、葉子が指で測る血圧計を持ってきてくれたので、早朝から自分で測ってみる。5時前には、89と59で、脈拍が64であった。今日は頻繁に血圧を測ってみようと思う。高血圧型であったわたしは、朝は高い血圧で、すっきりと目が覚め、夜に向かってどんどん下がって寝てしまうような毎日だった。葉子は低血圧型で、朝は低く、夜にはどんどん血圧が上がって、寝付きが悪い。

 

 レニベースは半錠を看護婦さんが持ってくる。ジゴシンは今朝は1錠である。

 政次さんが来て血圧を測った。98の62である。わたしの血圧計による測定値は97の61であり、まずは優秀な比較結果であった。

 

 11時40分、白坂先生が来られて、

「今朝の血液検査の結果で、退院できるか、もう少し延ばすかを決めます。もし退院となると、すぐ退院しますか?」

「もちろん、すぐ退院します」

 

 昼食を受け取ってきて食べていると、政次さんが部屋に来て、

「おめでとうございます。退院です」と知らせてくれた。

 

 白坂先生が心臓カテーテルの画像を持ってきてくれる。またMRIの写真を見せてくれる。それもコピーがほしいと思っている。

「プリントしますが、判読がむつかしいと思います。何か本でも探して」

「ハーバード大学のホームページに、いい写真があります」

 白坂先生は、わたしの血圧計を試してみている。階段の上り下りをしてきて、120と70くらいだという。

 

 政次さんから退院指導を受ける。政次さんの先生が横に立って聞いている。

 彼女の作ってくれたパンフレットを見て、わたしは感激した。わたしが毎日もらしていた不安や疑問も内容に取り入れながら、一般的な注意点も抜けないように詳しく丁寧に書かれている。それに加えて挿し絵やカットが上手だ。豊かな趣味を持つ人で、絵も描くというのは話からわかっていたが、その才能が具体的に現れている。

 

 

 退院 7月4日(土)

 部屋のすみに葉子が持ってきたアストロメリアが、たくさんの花を付けて元気に咲きそろっている。武田病院のこの狭い部屋とも明日はお別れである。

 4時に目が覚めて、昨日政次さんにもらったパンフレットを丁寧に読んだ。心筋梗塞に関して、あるいは心臓について、いろんな本を読んできたが、彼女のパンフレットが最もよくできている。表現のしかたが具体的でしかも詳しい。わたしにとって最も説得力のある内容である。

 有能な看護婦さんとして、彼女はきっと活躍するようになるだろう。そのための実習の相手として、わたしは少し特殊な患者であったかもしれないが、少しでも役に立つことができたらうれしい。

 

 葉子が来て荷造りをしてくれる。かがみこむ仕事も、重い物を持つ仕事も、わたしには、できなくなっている。妻に荷物を持たせて手ぶらで並んで歩くことが、わたしにできるだろうかと不安になる。

 政次さんが休日にもかかわらず制服に着替えて、わたしの退院を見届けに来てくれた。

 

 葉子が事務へ支払いに行ってくれた後に、白坂先生がMRのフィルムを持って来て下さった。いくつかの点に関して補足説明をして下さる。

「身体障害者手帳が、交付されるかどうかですが、急性の疾患は直る場合があり、すぐには認定しないというのが役所の立場です。3か月後の検査で、証明が書ける可能性があります。市役所から書類をもらってきて申請します」

「退院して最初の外来受診は、いつ来てもいいので、予約はなしです。今持っている薬があるうちに一度来て下さい。最初の受診のあと、次を決めます。また、具合の悪いときには24時間体制ですから、いつでも来て下さい」

「3か月後の検査は、9月の初めごろ、仕事の都合などを考えて、予定して下さい」

 

 ナースステーションに入って婦長さんと居合わせた看護婦さんたちに挨拶する。

 2階の集中治療室の入り口で、インターフォンを押して、

「6月1日からお世話になった尾池です。今、退院するので、そのご挨拶に来ました」

 二人の看護婦さんが出てきて、わたしのヒゲを伸ばした顔を見る。

「尾池さんだ。おめでとうございます」

 

 京都の街をタクシーが走る。いつもの光景を見ているはずだが、目に入ってくる物が、すべて珍しい。

「外国の街を走っているみたいだ」

と、葉子に向かって、つぶやいた。

 

 家に到着して、1階で血圧を測った。103と66、脈拍は60だった。しばらく休んで2階へゆっくり上がって血圧を測ると、104と62、脈拍は67だった。葉子と京子が味付けした祖谷そーめんを食べ、寝室のベッドで昼寝をした。静かだ。多くの患者が命を預けて寝ている病院の喧噪が、うそのようだ。

 2時間ほど寝て、すっきりと目が覚めた。やはり生きていてよかった。葉子たちの手料理を食べて、体に慣れたベッドに、また寝ることができてよかった。

 多くの人々のおかげで、生きているのだという実感がまた湧いてきた。お世話になった方々に感謝しながら、今、この日記を仕上げている。

 

 

 あとがき

 この本は、わたしの初めての入院を記録したものであり、もちろん初めての心筋梗塞の記録である。救急車で運ばれ、集中治療室にいた間のことは、あとで思い出しながら書いたから忘れてしまったことも多いが、一般病棟に移ってからは、見聞きしたことをノートに書いていた。入院の後半は病室でノートパソコンに毎日入力していた。

 わたしにとって病院の生活は何ごとも珍しく、暇にまかせて何でもどんどん書いた。珍しいとはいえ、心筋梗塞そのものは、もう2度と経験したくないと思うものだった。この記録を読んで下さる皆さんには、今すぐ危険因子を少しでも減らして、わたしのような経験をしないようにしてほしいと願って、この記録を書いた。

 入院した武田病院の副院長である田巻俊一先生と主治医の白坂明広先生には、忙しい中を時間をさいていただいて、いろいろのことを教えていただいた。同時に、ほかの人にもわたしの経験を話して、同じような目に会わないように、あるいは万一心筋梗塞になったときには適切な処置ができるように、伝えることも心がけるようにと言われた。

 入院中に、たくさんの方々のお世話になった。白坂先生や田巻先生をはじめとして、それ以外の医師の方々、多くの看護婦さんたち、看護助手の方たち、学生さんたち、薬剤師、臨床検査技師、栄養士、各種のセラピスト、事務のメンバー、設備の点検や保守をする技術者、わたしが職業の名を知らない仕事が病院にはほかにもあるようだが、それらの方々にも当然お世話になっている。

 実習でわたしを担当した京都中央看護専門学校の学生である政次美千代さんには、いろいろ質問しては調べていただいた。原稿を書いてからもその内容に意見をいただいた。

 仕事のことをすっかり忘れて療養に専念できるように配慮して下さった、京大理学部や大学本部の事務関係者のみなさん、地球物理学教室や地震学研究室のみなさん、そのほかいろいろの所でご迷惑をかけた方々にも深く感謝している。また、わざわざ見舞って下さり、わたしを励まし、勇気づけて下さった方々に深く感謝している。

 家族には心身ともに苦労をかけた。葉子は、入院と救急車の手配に始まって、わたしが病院にいるあいだの毎日、面会時間のほとんど100パーセント、病室で付き合ってくれた。もともと低血圧の葉子が、血圧が高くなったと言いながら看病してくれた。

 急性心筋梗塞にかかると、その時点で死亡率30〜50パーセントとも言われている。みなさんのおかげで、生きていることをありがたいと思う。命をますます大切にしながら今後の自分を見守っていきたいと思っている。

 

 1998年7月4日(土曜日)、久しぶりの自宅にて       尾池和夫

 

 

 参考文献

木全心一著          「狭心症・心筋梗塞が気になる人へ」(東洋出版)

池田正男監修         「心臓病(狭心症・心筋梗塞)マンガ読本」

                    (株式会社メディカル・ジャーナル社)

藤田正俊著          「心臓との上手なつきあい」

ニュートン(1998年6月号)「完全理解体のしくみと病気」

                        (株式会社ニュートンプレス)

半田俊之介著         「心臓病を治す生活読本」   (主婦と生活社)

松浦雄一郎著         「心臓病ーリハビリのための運動療法のすすめかた」

                              (メディカ出版)


このホームページは、私の独断と偏見で尾池和夫さんの平成10年12月の

ホームページ「急性心筋梗塞」から抜粋して構成しました。続編の「第2部 

生きのびるために」ものぞいてみて下さい。

 尾池さんの軽妙な文章のオリジナル版を楽しむには、リンクの「急性心筋梗塞」

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