
1997年 4月 大学入学
高校時代の姑息な成績ゲットの甲斐あって
学校推薦により入学(裏口ではないですよー)
入ってまず思ったこと
「男子校って こういう雰囲気なんだろうなぁ」
入った学部が理工学部 電子系の学科だったので
キャンパスは当然のごとく文系とは隔離された丘の上
かつ 学科では140人中 女性は5人という
今までの僕には考えられない世界であった
ちなみにその5人のうち1人は いつの間にか
消えていた よって更に深刻な4人に・・・
(おいおい 何が深刻なんだ)
最初サークルは 吹奏楽かオーケストラ(以下オケ)のどちらかに入ろうと考えた
ただ この大学の吹奏楽部は応援団に属していて メインはスポーツの応援
しかもいわゆる応援団スタイル 毎日服装は学ラン
先輩に会ったときの挨拶もまさに硬派!
こりゃだめだと思い オケの説明会へ
オケは 全キャンパスを対象とする 大きなサークルだった(部ではなかった)
4学年合わせて180人近くいた
その日は説明会の後 新歓コンパもあった
僕は 文化系のサークルだから大した事ないだろう なんて高をくくってた
それはそれはとんでもない思い込みをしていたものである
コンパ会場(狭い飲み屋でしたが)は まさに戦場
言葉では言い表せない場の雰囲気に 本気で死ぬかと思った
入団を決意するのは かなりの覚悟が必要だった
しかしコンパの恐怖より オケをやりたい気持ちがわずかに勝って入団を決めた
(そんなに悩ませるここのオケのコンパって、、、)
しかし やはりこのオケの酒の勢いは衰えず この後も毎回の合宿や演奏会後
僕は死にそうになるのであった
そんな僕が3年になった時 金管・打楽器セクションのリーダーになった
しかも立候補
セクションのリーダーは 合宿や行事などで コンパを仕切る役も仕事である
おいおい な 何が起こったのだ! あんなに死にそうになってた俺が!!
まさに 酒に飲まれたのか!!
しかしこの1年間は 大変勉強になり 成長した1年でもあった
まさか思い出や成長したのは酒のことばかりなんて事は、、、、、(爆)
4年間 いろんな経験をしました
初めてプロの先生にレッスンもしていただきました
あるときは 某TV局の 24時間テレビ にも出演しました
(TOKIOや あの宮崎駿映画の音楽担当 久石譲との共演です!!)
危うく 合宿でQQ車を呼びそうにもなりました(わ 笑えない、、、)
ちなみに勉強の方はと言うと 結構まじめにやってました
ほとんどサボったりもせず テストもしっかり点数取ってました
成績も1桁順位に入ってたし(ちょっと自慢)
4年生になって 迷いに迷ったこと
就職 or 進学
最後まで迷ったけど 第一志望の企業から内定を頂いた事で決断
社会人の道を選びました
4年間 本当に充実したキャンパスライフでした
今でもサークル仲間や クラスメイトとの交流は続いています
これをもって 僕の学生という身分は終了しました